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異類婚姻譚 愛執堂  作者: 黒薔薇
大切な人を失うことを許せない人形師
22/48

店を出た二人

雨は相変わらず降り続いており

石畳を叩く雨音だけが、

静かな路地に響いている。


私は玲司に手を引かれながら

必死について行った。


「ま、待ってください……!」


玲司は振り返らず

ただ私の手を握ったまま歩き続ける。


まるで

離したら消えてしまうものを

掴んでいるみたいに。


「玲司さん!」


思わず強い声を出した。


すると

玲司の足が止まり

ゆっくりと雨の中で振り返る。


濡れた前髪の隙間から見える瞳は

静かだったけれど

その奥にある感情だけは異様なほど重かった。


「どうした?」


「どうしたじゃありません!」


私は思わず叫んだ。


「いきなり連れて行くなんておかしいですよね!?」


玲司は数秒黙り

少し経ってから小さく笑う。


「うん」


あまりにも素直な返事だった。


「おかしいと思う」


「なら――」


「でも仕方ないだろ?」


言葉を遮られ

玲司は困ったように眉を下げた。


「俺、今かなり頑張って我慢してるんだ…」


「……え?」


「本当なら

今すぐ抱えて連れて帰りたいくらいだから…」


ぞくりとした。


冗談を言っている顔じゃなかった。


玲司自身もそれを自覚しているのか、

小さくため息を吐く。


「駄目だな

何百年も探してたせいで加減が分からない」


雨が強くなると

玲司は空を見上げた。


「結月」


静かな声だった。


「怖いか?」


私は答えられなかった。


玲司は苦笑する。


「そうだよな…」


そして

ぽつりと言った。


「前も同じ顔してた」


その言葉に胸がざわつく。


「前って……」


「君とあった最後の日…」


玲司の目が遠くを見る。


「前世の結月が死んだ日さ…」


心臓が跳ね

雨音が急に遠く聞こえる。


玲司は続けた。


「俺が少し目を離しただけだった…」


「少しだけだったんだ…」


その声はどこか壊れていた。


「帰ってきたら全部終わってた」


玲司の握る手に力が入る。


痛いほどではない

けれど

二度と離すまいとする力だった。


「だから今度は間違えない」


「玲司さん……」


「今度はちゃんと守る」


玲司は笑っているけれど

その笑顔は酷く寂しかった。


「もう失くしたくないんだ」


その時


ちりん――


私の持つ髪飾りの鈴が鳴った。


突然

頭の奥に何かが流れ込んでくる。


赤い鳥居に

あの石段

夕暮れの時間帯に

誰かの声


『待ってて

必ず迎えに行くから…』


「――っ!」


激しい頭痛が走り

私はその場によろめいた。


それを見て

玲司が慌てて支える。


「結月!」


その顔を見た瞬間…

胸が締め付けられた。


知らないはずなのに

懐かしい

悲しい

会いたかった


そんな感情が溢れてくる。


玲司は息を呑んだ。


「思い出したのか?」


期待するように

祈るように


だけど私は首を横に振る。


「わからない……」


玲司の表情が揺れるけれど

すぐに笑った。


「そうか」


優しい声だった。


「大丈夫」


本当に大丈夫だと言い聞かせるみたいに

何度も頷く。


「急がなくていい

思い出せなくてもいい」


そう言うくせに

その瞳だけは泣きそうだった。


「俺が覚えてるから」


雨の中。


玲司は私の手を握り直し

そして静かに言う。


「帰ろう」


その言葉は優しかったけれど

何百年もの執着と後悔が滲んでいた。


私はまだ知らない

玲司が人形になった理由も

何百年も終われなかった後悔も


そして

私の前世に隠された真実も


雨の向こうで

運命はゆっくりと動き始めていた。


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