何かを隠し続ける彼
店主の言葉に私は首を傾げた。
「次の物語……?」
けれど店主は答えずに
ただ穏やかに微笑んでいるだけだった。
その笑顔が妙に意味深で
私は少し居心地の悪さを覚えた。
玲司はそんな店主をじろりと睨む。
「店主は相変わらず趣味が悪いな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてないぞ?」
店主は肩を竦めた。
玲司は小さくため息を吐き
そして再び私を見る。
その瞬間だけ…
さっきまでの険しさが消えた。
「結月」
また名前を呼ばれる。
優しく
大事な宝物を扱うみたいに。
「……なんですか?」
「お腹空いてない?」
「え?」
予想外すぎて間抜けな声が出た。
「いや、だって」
玲司は真面目な顔だった。
「結構顔色悪いし…
それにさっきから何も飲んでないだろ?」
私は一瞬言葉に詰まる。
確かに…
この店に入ってから
色々ありすぎて忘れていた。
「……少しだけ」
そう答えると
玲司の顔が少し明るくなった。
「良かった」
「良かった?」
「うん」
玲司は安心したように笑う。
「ちゃんと食べる気があるなら安心だ」
「安心って……」
「結月」
玲司は真顔になった。
「前にあったも無茶して倒れたからさ…
だから心配なんだ」
私は困惑する。
「だから前って何?……」
「覚えてないよね…」
玲司は苦笑した。
「ごめん」
その顔は少し寂しそうだった。
「俺だけなんだな…」
「昔のことを覚えてるのは…」
店内が静かになり
雨音だけが聞こえる。
玲司は窓の外を見る。
「本当はね…」
ぽつりと呟く。
「もっと格好良く会いたかったんだ」
「え?」
「何百年も待ったんだから」
玲司は笑って
「もっと余裕のある感じでさ
偶然ですねって…」
「そういう感じ?」
私は少しだけ吹き出しそうになる。
「無理だったな…」
玲司は即答した。
「店に入ってきた瞬間見つけたからさ…」
「見てすぐ…頭真っ白になった」
店主が頷く。
「見ていて分かりましたよ?」
「うるさい」
玲司は珍しく少しだけ照れたような顔をした。
「だって仕方ないだろ?」
「結月だぞ!」
その言い方があまりにも自然で
まるで何百年もずっとそう呼んできたみたいで
私は少しだけ胸がざわついた。
その時だった。
ちりん…と
私が持っていた髪飾りの鈴が鳴る。
私は思わずそちらを見た。
すると
一瞬だけ見えた。
満開の桜に
古い神社があり
石段が連なってる
そして
誰かの背中。
「……っ!」
頭が揺れる。
様子を見た
玲司がすぐに支えてくれた。
「結月!」
肩を抱かれるが
驚くほど自然だった。
「大丈夫!?」
「だ……大丈夫です……」
慌てた玲司は
本気で心配していた。
その顔を見て
なぜだろう
いきなり胸が痛くなった。
まるで
その表情を知っている気がした。
玲司は私の顔を覗き込む。
「何が見えた?」
「え?……」
「何か思い出したのか?」
その声は必死で
期待と不安が入り混じっている。
私はゆっくり首を横に振る。
「分からない」
「そうか……」
玲司は落胆したように笑う
けれどすぐに首を縦に振った。
「いや」
「いいんだ」
「思い出さなくても」
そう言いながら
その指先は微かに震えていた。
本当は思い出してほしいのがわかる。
本当は
忘れられたままなのが怖いのだ。
何百年も探した相手に
「あなた誰?」
と言われ続けることが
どれほど苦しいのか
私は想像できなかった。
玲司は笑う。
「焦らないよ…」
「俺は待つの得意だから」-
その言葉が出た直後
店主がぼそりと呟いた。
「数百年単位ですからね」
「そうだ」
玲司は当然のように頷く。
「だから大丈夫」
そして
彼は私だけを見つめる。
「何年かかっても
何十年かかっても
俺は結月を待ってる」
優しい声だったけれど
その瞳だけは違った。
-
何があっても離さない
何度生まれ変わっても見つけ出す
そんな狂気じみた執着が
静かに宿っていた。
そして私はまだ知らない。
玲司が探していたのは
前世の恋人だけではなかったことを
彼が何百年も抱え続けている秘密と後悔
そして
結月の"死"に隠された真実をね…
その全てが明らかになる時
二人の運命は大きく動き始めることになるのだった。




