玲司の本音
頭痛はすぐに収まった
けれど胸の奥のざわつきだけは消えないまま
私は懐中時計を握り締めたまま息を整える。
玲司はそんな私の前で膝をついていた。
まるで壊れ物を扱うように
心配そうに
苦しそうに
私を見つめている。
「大丈夫?」
その声は震えていて
さっきまでの余裕はどこにもない。
私は少し戸惑った。
あれだけ不気味だった男が
今は本気で私を心配しているように見えたからだ。
「……大丈夫ですよ…」
「本当に?」
「はい」
玲司はほっと息を吐く。
その姿はまるで人間だった。
いや
人間以上に感情が剥き出しだった。
「良かった……」
と彼が小さく呟く。
その声が妙に切実で
私は思わず玲司を見た。
「そんなに心配することですか?」
玲司は一瞬黙って
それから苦笑する。
「するよ…」
「え?」
「だって」
玲司は困ったように笑って
「また君を失うかもしれないと思ったから…」
私は言葉に詰まるが
玲司は話続ける。
「やっぱり…変だよね…」
「俺さ、自分が壊れることは全然怖くないんだ…」
「腕が千切れても
身体が壊れても
何十年眠ったままでも」
「そんなの平気なのにね…」
玲司は私を見る。
真っ直ぐ
真っ直ぐすぎるほどに。
「だけど…君がいなくなるのだけはすごく怖い…」
その言葉は静かだったけれど
すごく重かった。
何百年分もの想いが詰まっているようで。
店主が小さくため息を吐く。
「玲司さん…」
「なんだい?」
「貴方かなり重いですよ…」
「知ってるよ…店主」
即答だった。
「自覚はあるんだ…」
「あるよ?」
玲司はあっさり頷く。
「でも仕方ないだろ?」
その顔は少し寂しそうだった。
「俺は…普通じゃないから!」
「何百年も同じ人を探して
何百年も忘れられなくて
何百年も諦められなかった」
「そんな奴がまともなわけないだろ?」
それを聞いて
私は何も言えなかった。
その様子を見て
どこか自嘲するように
玲司は笑う
「昔はね」
「結月…前世で君が死んだ後も探したんだ
生まれ変わるって信じてさ…」
「ほんと…馬鹿みたいだろ?」
無理して笑う
その笑顔が少し痛々しかった。
「十年探して
五十年探して
百年探して」
「途中で何度も諦めようと思った」
「でも駄目だった
できなかった」
そう言って
玲司は目を伏せる。
「忘れられなかったんだ…」
「どうしてもね…」
私はそう言われて胸が苦しくなった。
なぜか分からない
知らない話のはずなのに。
玲司は再び私を見る。
「だから…
ごめんね?」
「え……?」
「たぶん俺…」
玲司は少し笑った。
「君を見つけた以上…」
「もう手放せないかも…」
その言葉に
店内の空気が止まった気がした。
「もちろん無理やり連れて行ったりはしない…」
店主が怪しいものを見る目になる。
「本当ですか?」
「……たぶんな」
「たぶんですか…」
玲司は真面目な顔で考える。
「頑張るが…」
「頑張るんですね…」
「結月が嫌がることはしたくないからな…」
そこまでは良かったが
次の言葉で台無しになる。
「でも他の男のところへ行くなら話は別かな?」
「玲司さん!」
「冗談だよ…」
そう言いながらも
全然冗談に聞こえない。
怖くて
私は思わず一歩下がった。
「怖がらないで?」
察した玲司は
慌てたように言う。
「本当に傷付けたりしないから!」
「俺はただ…」
そこで言葉を止める。
「ただ何?」
玲司は少しだけ視線を逸らした。
何百年も生きた人形だけど
そのくせ
恋愛だけは不器用な少年みたいな顔だった。
「……君と話したいだけなんだ」
「話して」
「笑って」
「できれば隣にいて」
「たまに名前を呼んでくれたら嬉しい」
そこまで言ってから
玲司はぽつりと付け足した。
「それだけで何百年でも生きられる気がする」
その言葉に
私は初めて思った。
この人は怖い
でも
きっとずっと寂しかったんだ。
雨音は静かに続いていた。
そして店主はそんな二人を見ながら、
意味深な笑みを浮かべる。
「さて
どうやら次の物語も面白くなりそうですね…」
その言葉に気付く者は、
まだ誰もいなかった。




