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異類婚姻譚 愛執堂  作者: 黒薔薇
大切な人を失うことを許せない人形師
18/46

玲司の狂気



「私は……貴方に会ったことなんて、ありません」


私はそう言った。


けれど

その言葉に自信が持てなかった。


玲司の瞳があまりにも真っ直ぐだったからだ。


まるで嘘をついているのが

私の方だと言わんばかりに。


---


「そうだよね」


玲司は静かに頷く。


怒ることもなく

悲しむこともなく

ただ当然のことのように。


---


「確かに君は覚えていない

覚えているのは俺だけだ」


---


店内の時計が鳴る。


――コォン。


低い音が響いた。


その瞬間…

玲司の表情が少しだけ柔らかくなった。


---


「結月…

君は昔からそうだった」


---


「……何を言ってるんですか?」


---


「すぐ困った顔をして

知らない人を見るみたいな目をするが

それでも最後には笑ってくれた」


---


私は言葉を失った。


知らないはずなのに

その言葉を聞くたび胸の奥が妙にざわつく。


---


「玲司さん」


---


そこで初めて店主が口を開いた。

穏やかな声だった。


---


「少し落ち着いてください」


---


玲司はちらりと店主を見るが

その視線は冷たいが

敵意はない。


長い付き合いの相手を見るような目だった。


---


「落ち着いているさ」


---


「そうは見えませんよ?」


---


店主は苦笑した。


---


「あなたは毎回そうです

見つけた瞬間に周りが見えなくなる」


---


玲司は少しだけ眉をひそめる。


---


「仕方ないだろう?」


---


「数百年だぞ…」


---


その声には

静かな熱が滲んでいた。


---


「数百年探したんだ

何度生まれ変わっても

何度見失っても

何度死に別れても」


---


玲司の視線が再び私へ戻る。


---


「やっと会えたんだから…」


---


私は思わず後退るけれど

背中が棚にぶつかり

逃げ場がなくなってしまった。


---


「待ってください……

本当に

私はあなたを知りません!」


---


「うん」


---


玲司は頷く。


---


「今はね…」


---


その笑顔は優しい

けれど

優しいからこそ怖かった。


---


「思い出さなくてもいい…」


---


玲司は静かに言う。


---


「君が忘れていても…

俺は全部覚えてるから」


---


「君が好きだった花も


好きだった色も


泣き虫だったことも


嘘をつくが下手だったことも」


---


私は息を呑む。


知らない

知らないはずなのに

なぜか胸が苦しくなった。


---


店主はそんな私を見て小さくため息を吐く。


---


「結月さん」


---


「はい……?」


---


「この店にはね…

迷い込むべくして迷い込む人しか来ません」


---


私は思わず店主を見る。


---


「それって……?」


---


店主は微笑んだ。


---


「さて…

どうでしょう?」


---


その時だった。


玲司の視線が私の手元へ向く。


---


「それ」


---


「え?」


---


私が無意識に持っていた

銀色の懐中時計を指差す。


いつの間にか

私はそれを握りしめていた。


---


玲司の表情が変わり

初めて感情が揺れた気がした。


驚きと

喜びと

どうしようもない執着が混ざった顔をしていた。


---


「まだ持ってたんだね…」


---


「え……?」


---


「それは俺が君に贈った物だ」


---


懐中時計が

かちり、と音を立てた。


---


その瞬間…

私の脳裏に一瞬だけ光景がよぎる。


古い屋敷の窓辺に

誰かの手


そして

優しく笑う青年の姿


---


「っ……!」


---


頭が痛む

私は思わず額を押さえた。


---


「結月!」


---


玲司が反射的に駆け寄る。


その声は

先ほどまでの穏やかなものではなかった。


---


焦り

心配


そして

失うことへの恐怖


---


何百年も抱え続けた執着が

ほんの少しだけ覗いたのだった。


---


店主は静かに二人を見つめながら呟く。


---


「さて

今度の恋物語は

どんな結末になるのでしょうね?」


---


雨はまだ

止む気配がなかった。


---


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