玲司の狂気
「私は……貴方に会ったことなんて、ありません」
私はそう言った。
けれど
その言葉に自信が持てなかった。
玲司の瞳があまりにも真っ直ぐだったからだ。
まるで嘘をついているのが
私の方だと言わんばかりに。
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「そうだよね」
玲司は静かに頷く。
怒ることもなく
悲しむこともなく
ただ当然のことのように。
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「確かに君は覚えていない
覚えているのは俺だけだ」
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店内の時計が鳴る。
――コォン。
低い音が響いた。
その瞬間…
玲司の表情が少しだけ柔らかくなった。
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「結月…
君は昔からそうだった」
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「……何を言ってるんですか?」
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「すぐ困った顔をして
知らない人を見るみたいな目をするが
それでも最後には笑ってくれた」
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私は言葉を失った。
知らないはずなのに
その言葉を聞くたび胸の奥が妙にざわつく。
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「玲司さん」
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そこで初めて店主が口を開いた。
穏やかな声だった。
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「少し落ち着いてください」
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玲司はちらりと店主を見るが
その視線は冷たいが
敵意はない。
長い付き合いの相手を見るような目だった。
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「落ち着いているさ」
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「そうは見えませんよ?」
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店主は苦笑した。
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「あなたは毎回そうです
見つけた瞬間に周りが見えなくなる」
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玲司は少しだけ眉をひそめる。
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「仕方ないだろう?」
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「数百年だぞ…」
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その声には
静かな熱が滲んでいた。
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「数百年探したんだ
何度生まれ変わっても
何度見失っても
何度死に別れても」
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玲司の視線が再び私へ戻る。
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「やっと会えたんだから…」
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私は思わず後退るけれど
背中が棚にぶつかり
逃げ場がなくなってしまった。
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「待ってください……
本当に
私はあなたを知りません!」
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「うん」
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玲司は頷く。
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「今はね…」
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その笑顔は優しい
けれど
優しいからこそ怖かった。
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「思い出さなくてもいい…」
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玲司は静かに言う。
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「君が忘れていても…
俺は全部覚えてるから」
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「君が好きだった花も
好きだった色も
泣き虫だったことも
嘘をつくが下手だったことも」
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私は息を呑む。
知らない
知らないはずなのに
なぜか胸が苦しくなった。
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店主はそんな私を見て小さくため息を吐く。
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「結月さん」
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「はい……?」
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「この店にはね…
迷い込むべくして迷い込む人しか来ません」
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私は思わず店主を見る。
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「それって……?」
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店主は微笑んだ。
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「さて…
どうでしょう?」
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その時だった。
玲司の視線が私の手元へ向く。
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「それ」
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「え?」
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私が無意識に持っていた
銀色の懐中時計を指差す。
いつの間にか
私はそれを握りしめていた。
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玲司の表情が変わり
初めて感情が揺れた気がした。
驚きと
喜びと
どうしようもない執着が混ざった顔をしていた。
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「まだ持ってたんだね…」
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「え……?」
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「それは俺が君に贈った物だ」
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懐中時計が
かちり、と音を立てた。
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その瞬間…
私の脳裏に一瞬だけ光景がよぎる。
古い屋敷の窓辺に
誰かの手
そして
優しく笑う青年の姿
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「っ……!」
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頭が痛む
私は思わず額を押さえた。
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「結月!」
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玲司が反射的に駆け寄る。
その声は
先ほどまでの穏やかなものではなかった。
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焦り
心配
そして
失うことへの恐怖
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何百年も抱え続けた執着が
ほんの少しだけ覗いたのだった。
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店主は静かに二人を見つめながら呟く。
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「さて
今度の恋物語は
どんな結末になるのでしょうね?」
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雨はまだ
止む気配がなかった。
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