表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異類婚姻譚 愛執堂  作者: 黒薔薇
大切な人を失うことを許せない人形師
16/48

結月と店主

雨が降っていた。


路地裏を濡らす静かな雨音。


傘を差しながら歩いていた私は、ふと足を止めた。


私の名前は――


**天音あまね 結月ゆづき。**


今日は休日だった。


特に行く場所もなく、

気分転換に知らない街を歩いていた。


それだけだったはずなのに

気付けば見知らぬ路地に迷い込んでいた。


「……こんな場所あったっけ?」


周囲を見回すと


古い石畳に

薄暗い空


それに人の気配はなく

雨音だけが静かに響いていた。


その時

路地の奥に小さな灯りが見えた。


まるで誘われるように歩いていくと

そこには一軒の古びた店があった。


木製の看板に

曇ったショーウィンドウ

人形や時計、古書や装飾品が並んでいた。


どれもどこか懐かしくて

どこか不気味だった。


「不思議なお店だな……」


そう呟いた瞬間


――カラン…と

ひとりでに扉が開いた。


私は思わず肩を震わせる。


すると店の奥から声が聞こえた。


「いらっしゃいませ」


柔らかな男性の声だった。


覗いたら

店の奥には一人の男が立っていた。


整った顔立ちに

年齢の分からない穏やかな笑顔をしていたけれど、

その瞳だけは妙に深かった。


まるで長い年月を見てきたような。


「雨宿りでもどうぞ」


そう言われると不思議と断れなかった私は

店の中へ足を踏み入れる。


すると

背後で扉が閉まった。


――カラン


その音が妙に大きく響く。


「ありがとうございます……」


「お気になさらず」


店主は優しく微笑んだ。


私は棚を見て回る。


すると。

店の一番奥の

ガラスケースの中にある古いオルゴールが

目に入った。


銀色の装飾が施された美しい品だった。


なぜだろう

目が離せないし

凄い胸がざわつく

まるで昔から知っているものを

見るような感覚になる。


結月はそっとケースへ手を伸ばした。


その瞬間…

店主の目が僅かに細められた。


「それが気になりますか?」


「はい……なんだかすごく気になります…」


「そうですか…」


店主は静かにケースを開け

そしてオルゴールを取り出す。


「触ってみますか?」


結月は頷き

オルゴールを受け取る。


冷たいはずなのに

不思議と温かかった。


まるで誰かの手の温もりが残っているみたいに。


その時だった。


――カチ…と


オルゴールがひとりでに鳴り始めた。


優しい旋律が奏でられる


聞いたことがないはずなのに

懐かしく感じて

なぜか涙が出そうになる。


「……綺麗」


結月が呟く。


店主はそんな彼女を静かに見つめていた。

まるで何かを確かめるように。


「その品にまつわる恋物語を知っていますか?」


私が分からずに首を横に振ると

店主は小さく微笑んだ。


「これは、とある人形師の物語です」


店内の時計が時を刻み

雨音が静かに窓を叩く。


「彼は大切な人を失いました」


「……」


「誰よりも愛していた女性をね…」


結月は黙って耳を傾ける。


不思議だった

初めて聞く話なのに

胸の奥が苦しくなる。


「彼女は病弱でね」


店主は続ける。


「彼は何度も救おうとしました…

ですが救えなかった」


「そして彼女は亡くなってしまった」


オルゴールの音が続くたび

私の指先が震える。


なぜだろう

知らないはずなのに


悲しい

苦しい

それに涙が出そうになる。


店主はそんな私を見て

静かに言った。


「彼はそれから何十年も人形を作り続けました

たった一人の女性を再現するために」


「何度も忘れないうちに

何度も時間をかけて

何度も試しました」


店主の声は穏やかだった。

だがその内容はどこか狂気じみていた。


「失敗しては壊し

失敗しては作り直し」


「気付けば部屋は彼女の人形だらけになった」


結月は息を呑む。


「怖い……ですね…」


怖くて思わず漏れた言葉を

店主は否定しなかった。


「ええ…

人によってはとても怖い話です」


そして

彼は意味深に微笑んだ。


「ですが彼は諦めなかった」


「それはなぜだと思いますか?」


答えられない私を見て

店主は静かに目を細めた。


「彼は信じていたんです

いつか彼女が帰ってくると」


店内が静まり返る。


オルゴールだけが鳴っている。


そして店主は

まるで独り言のように呟いた。


「――そうですよね、結月さん?」


そう言われて私はっと顔を上げた。


「え……?

どうして私の名前を……?」


店主は微笑むだけだった。


その笑顔は優しいけれど

なぜか背筋が冷えた。


まるで

この店に入る前から

彼女のことを知っていたかのように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ