美琴の答え
雨はいつの間にか止んでいた。
店の窓から差し込む薄い夕日が、
静かに店内を照らしている。
美琴は手の中の髪飾りを見つめていた。
胸の奥が落ち着かない
すごく懐かしいけれど
思い出せない。
そんな感覚だけが残っていた。
---
「無理に思い出そうとしなくていいですよ」
店主が紅茶を差し出す。
美琴は小さく頭を下げた。
「でも……」
「気になるんでしょう?」
「……はい」
店主は微笑む
まるで最初から分かっていたかのように。
---
蓮命は少し離れた場所に立っていた。
先ほどまでの勢いはなく
ただ静かに美琴を見ている。
それだけだった。
---
「蓮命さん」
美琴が初めて名前を呼ぶ。
その瞬間…
蓮命の肩が小さく震えた。
---
「なに?」
---
「本当に……待っていたんですか?」
---
蓮命は答えなかった。
代わりに窓の外を見る。
夕暮れの空
長い沈黙のあと…
やがて彼はぽつりと呟いた。
---
「待っていたよ」
---
「どれくらい?」
---
「忘れた」
小さく笑う。
「最初は数えてたんだ」
「一年
十年
五十年
百年」
---
蓮命は目を閉じた。
---
「でも途中で分からなくなっちゃった…
待つことが当たり前になってたから」
---
美琴は言葉を失う。
その時間の重さを想像できなかった。
---
「どうしてそこまで……」
---
蓮命は少し困ったように笑った。
---
「好きだったから」
---
あまりにも単純な答えだった。
けれど
数百年という時間が乗るだけで、
それは狂気にも似た重さになる。
---
「変だよね」
---
蓮命が笑う。
---
「自分でもそう思う
君はもう別人かもしれないのに
それでも会いたかった」
---
その言葉に
美琴の胸が痛んだ。
---
その日の帰り道
蓮命は何も言わなかった。
無理に近付くこともなかった。
一定の距離を保ちながら
ただ後ろから歩いてくるだけだった
---
駅へ向かう途中
美琴は何度も振り返った。
そのたびに
蓮命はそこにいた。
---
まるで
何百年も同じ場所で待ち続けていた人みたいに。
---
その夜
美琴は夢を見た。
---
古い神社に
満開の藤
そして夕暮れ
---
『蓮命さま!』
---
少女が笑っている。
楽しそうに
幸せそうに
---
『また来るね!』
---
『約束だよ』
---
『うん!』
---
目が覚めた時
美琴の頬は涙で濡れていた。
---
それから数日
夢は何度も続いた。
---
笑った日や
祭りの日
それに喧嘩した日も
特別な藤の花を一緒に見た日も
---
どれも断片的な記憶だけれど
確かに存在した時間だったんだ…
---
そして気付く
怖かったはずなのに
毎日のように
自分は蓮命のことを考えている。
---
「あの神社……」
美琴は呟く。
---
行かなきゃ。
---
理由は分からないけれど
会わなければいけない気がした。
---
そして数日後
再びあの店の扉を開く。
---
――カラン。
---
店主が微笑む。
---
「来ると思っていましたよ」
---
そして店の奥から、
聞き慣れた声がした。
---
「……美琴」
---
振り返ると
そこには蓮命が立っていた。
---
相変わらず人ならざる美しさを纏った神がいる
けれど前回とは違う。
無理に近付いてこないし
無理に触れようともしない。
ただそこに立っていたのだ。
美琴の答えを待つように。
---
「神社……案内してくれるんでしょ?」
---
蓮命は一瞬だけ目を見開いた。
そして
本当に少しだけ笑った。
---
「うん」
---




