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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第5章:世界地図を塗り替えた日

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第89話:逃亡の果ての浜辺 〜未開なき新大陸〜

一四九二年十月十二日、早朝。


朝靄がゆっくりと晴れていく中、サンタ・マリア号の甲板は、待ちに待った「陸地」の発見に沸き返っていた。


「さあ、皆の者! 未開の土人どもに、我らが文明の光と神の教えをもたらしてやろうではないか!」


コロンブスは、甲板の先頭で大仰に両手を広げ、水夫たちへ向けて声高らかに宣言した。



彼の足元には、原住民から黄金を巻き上げるためのガラス玉や鈴を詰めた木箱が置かれている。


船は、微かな風を受けながら、ゆっくりと陸地へと近づいていく。


「提督、上陸にふさわしい浅瀬を探しましょう」


「うむ。私が直々に見てやろう」


コロンブスは懐から粗末な単眼鏡を取り出し、上陸地点を定めるために、靄が晴れつつある海岸線へとレンズを向けた。


だが。

単眼鏡を覗き込んだ彼の口元から、歓喜の笑みがスッと消え去った。


「……な……?」


遠く離れた入り江の奥。

そこに見えたのは、緑豊かな未開の浜辺ではなかった。


海面から垂直に切り立った、石積みと思しき不自然なほど真っ直ぐな防波堤の輪郭。


そして、その奥から立ち上る、幾筋もの黒い煙。


この距離からでもはっきりと分かる。あれは、自然の地形でも、素朴な原住民の村でもない。



高度な技術を持つ何者かによって開発された、巨大な港湾施設のシルエットだ。


「……ッ!! 取り舵いっぱい!! 帆を張れ! あの入り江に近づくではない!」


コロンブスは単眼鏡を乱暴に下ろすなり、一流の航海士としての危機察知能力を全開にし、絶叫で回頭を命じた。


「て、提督!? なぜですか、黄金の国は目の前に……!」


「馬鹿者、あそこは未開の集落などではない! どこかの国の前哨基地だ! 見つかれば厄介なことになるぞ、海岸線に沿って逃げろ!」


彼の怒声に水夫たちは慌てて帆を操作し、船は巨大な港の視界から逃れるように、大きく進路を南へと変えた。


『くそっ……! 運が悪い。偶然、ヤツらの関所の近くに辿り着いてしまったというわけか!』


コロンブスは、冷や汗を拭いながら奥歯を噛み締めた。

しかし、彼はまだ諦めていなかった。


『海は広い! いくらヤツらでも、この広大な新大陸の海岸線すべてを石垣で覆い尽くすことなど不可能だ。少し離れれば、必ずヤツらの手が及んでいない「未開の穴」があるはずだ!』


サンタ・マリア号は、港湾の視界から完全に外れるまで数時間にわたって海岸線を南下し続けた。


やがて、彼らの目の前に、人工物の影が一切ない、美しい白砂の浜辺が現れた。


「よし……あそこだ。錨を下ろせ。小舟を出して上陸するぞ」


飢えと渇き、そして黄金への欲望に目を血走らせた数十名の水夫たちが、マスケット銃と剣を手に、ボートで浜辺へと上陸した。


「静かに進め。近くに土人どもの集落があるはずだ」


コロンブスたちは、熱帯の植物を掻き分け、警戒しながら内陸へと進んでいった。



やがて、木々の隙間から開けた場所が見え、いくつかの家屋が立ち並ぶ集落が姿を現した。


「……見つけましたぜ、提督。土人の村です!」


水夫の一人が興奮した声で囁く。

だが、木陰から村の様子を観察していたコロンブスの顔色は、見る見るうちに蒼白になっていった。


「……ば、馬鹿な……」


そこにあったのは、彼らが想像していたような「裸の未開人が暮らす、木の葉の小屋」などではなかった。


家屋の屋根には、綺麗に焼き上げられた「瓦」のようなものが整然と葺かれている。



畑を耕している村人たちは、粗末な獣の皮ではなく、美しい藍色に染められた丈夫な「織物(綿の着物)」を身に纏っていた。


さらに彼らが手にしている農具は、太陽の光を受けて鋭い光を放っている。


石や木ではない。


間違いなく、高度に精錬された「鉄のくわ」であった。


『な……なんだこれは……! 未開の土人ではないのか!? なぜこんな辺境の村にまで、これほど高度な品々が溢れているのだ!』


コロンブスの脳裏に、最悪の推論が浮かび上がった。



この村は、日本と継続的かつ大規模な交易を行っている。


いや、交易どころか、完全に彼らの経済圏に組み込まれ、その恩恵を受けて豊かに暮らしているのだ。


「提督……あいつら、土人のくせに随分と良い服を着てやがりますね。それにあの鉄の道具……」


水夫たちが、困惑しながらも、次第にその目に野蛮な略奪者の光を宿し始めた。


「……提督。俺たちはもう限界です。食い物もねえ。あいつらが誰と取引していようが関係ねえ。銃で脅して、食い物と金目のものを全部奪っちまいましょうぜ」


飢えた水夫たちが、カチャリとマスケット銃の火縄に手をかける。


コロンブスもまた、その提案を制止しなかった。



関税網の穴など存在しなかった。


だとしたら、ここで力ずくで奪い取って逃げるしか、彼らに生き残る道はないのだから。


「……よし。一斉に飛び出し、空へ向けて威嚇射撃を――」


コロンブスが剣を抜こうとした、まさにその時である。


ザッ、ザッ、ザッ。


村の奥へと続く整地された街道から、一糸乱れぬ足音が響いてきた。


「……っ!?」


慌てて身を潜めたコロンブスたちの目に飛び込んできたのは、村を見回りに来た十数名の『巡回兵』の姿であった。


彼らは、統一された動きやすい軽鎧(日本の足軽具足の改良版)を身に纏い、その背中には例の「日章二引両旗」の紋章が誇らしく染め抜かれている。



手には、水夫たちの持つ粗末なマスケット銃とは比べ物にならないほど洗練された、最新式の火縄銃が握られていた。


村人たちは兵士たちを恐れるどころか、親しげに手を振り、収穫したばかりの果実を差し出している。


「……あ、あぁ……」


コロンブスは、木陰で完全に凍りついた。


こんな何もない辺境の浜辺の村にすら、見回りの正規兵が定期的に巡回してくる。



それはつまり、この広大な陸地全体が、隅々まで完璧な管理下に置かれているという、何よりも残酷な証明であった。


略奪の意志を完全にへし折られたコロンブスは、ただ震える手で自らの口を覆い、息を潜めることしかできなかった。

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