第88話:陸地発見 〜栄光のインディアス〜
一四九二年十月十二日、早朝。
大西洋の暗黒を切り裂くように、マストの上の見張り台から、待ちに待った歓喜の絶叫が響き渡った。
「陸地だぁぁぁぁぁっ!! 前方に陸地が見えるぞぉぉぉぉっ!!」
前夜、海面に漂う削られた木片や、暗闇の彼方で明滅する光の群れを見た時から、船内はすでに異様な熱気に包まれていたが、今、決定的な光景が彼らの眼前に広がったのだ。
朝靄がゆっくりと晴れていく中、どこまでも続く緑豊かな島の海岸線が、朝日に照らされてくっきりと姿を現していた。
「おお……おおおお……っ!!」
「神よ! 感謝いたします!」
つい昨日まで反乱を企て、飢えと恐怖で死に体となっていた水夫たちは、嘘のように跳ね起き、甲板にひざまずいて十字を切った。
「見ろ! あの緑の豊かさを! 間違いない、黄金のインディアスだ!」
「これで……これで借金取りに追われる生活とおさらばだ! 故郷に錦を飾れるぞ!」
「ああ、現地の土人どもから黄金を山ほど巻き上げて、帰ったら貴族の娘を金で買ってやるんだ!」
水夫たちは互いに抱き合い、涎を垂らさんばかりの下世話な欲望を爆発させ、ある者は狂乱してコロンブスにすがりついた。
「提督! あなたは正しかった! あなたは我々の救世主だ!」
コロンブスは船首に立ち、ゆっくりと近づいてくる陸地を感慨深げに、そして傲慢に満ちた目で見つめていた。
『やった……。ついに、ついにやったぞ!』
彼の胸中には、言葉にできないほどの達成感と、世界を支配したかのような全能感が漂っていた。
『忌まわしき悪魔どもめ、ざまあみろ! 貴様らが欧州の近海で関税の小銭を数え、我が物顔でふんぞり返っている間に、私はこの広大な西の海に隠された「未開の宝物庫」を、見事に見つけ出してみせたのだ!』
しかし、相手がすでに日本の恩恵を受けている国であれば、こんな三隻のボロ船で乗り込んだところで、鼻であしらわれるのがオチである。彼もそこまで馬鹿ではない。
彼の真の狙いは、「日本の管理が一切及んでいない、手付かずの未開の島々」を独占することにあった。
『ヤツらは、この海の向こうにこれほどの豊かな島々が連なっていることすら気づいていないのだ。なんという愚か者どもか』
コロンブスは、前夜に見えた光や木片を思い返し、口元を歪めて邪悪に笑った。
『あの焚き火の光や、素朴な木の道具……。間違いなく、文明を知らぬ無知な原住民が住んでいる証拠だ。ガラス玉や鈴、色鮮やかな布切れといった取るに足らないガラクタを見せてやれば、ヤツらは喜んで己の持つ莫大な黄金や香辛料を差し出すに違いない。いや、場合によっては力ずくで奪い取り、ヤツら自身を奴隷として売り飛ばしてもいいのだ』
そう、これこそが彼らヨーロッパの探検家たちが持つ、無自覚で暴力的な「発見」の論理であった。
関所の役人に一滴の血も銭も搾取されることなく、未開の土人から直接、無尽蔵の富を吸い上げる。
『この三隻の船が沈むほどの黄金を独占してスペインへ持ち帰ってやる! そうすれば、スペインはヤツらの関税など痛くも痒くもなくなる。歴史に名を刻み、大公の地位を得るのは、この私、クリストファー・コロンブスなのだ!』
コロンブスは、高鳴る鼓動を抑えきれないまま、水夫たちへ向かって剣を振りかざした。
「全艦、あの陸地へ向けて進路を取れ! 浅瀬を探し、錨を下ろす準備をせよ! 我らの栄光は、もう目の前だ!」
「おおぉぉぉぉっ!!」
水夫たちの雄叫びが、エメラルドグリーンの海に響き渡る。
太陽が完全に昇りきり、彼らの船は陸地へ向けてゆっくりと進んでいった。
だが、近づくにつれて、朝靄の向こうに見え隠れするその「陸地」の輪郭が、何か奇妙なものであることに、水夫の一人が首を傾げた。
「……ん? 提督。あの海岸線にある、四角くそびえ立つ岩山のようなものは、なんでしょうか? まるで、巨大な壁のように見えますが……」
「馬鹿者、あれはただの奇岩か、あるいは未開の土人どもが築いた素朴な神殿だろう。黄金が眠っている証拠だ!」
コロンブスは一切疑うことなく、それを「未開の証」として一蹴した。
彼らは歓喜に沸き立ち、己の欲望の炎で目を完全に曇らせていた。
自分の見つけたこの陸地が、ただの未開の島などではなく、すでに日本の「斯波大商館」によって徹底的に開発され尽くした、世界最大級のメガロポリスの玄関口であることなど、まだ知る由もない。
黄金の略奪を夢見る三隻のボロ船は、無謀にも、世界最強の防衛網の中心部へと、自ら嬉々として近づいていった。




