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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第5章:世界地図を塗り替えた日

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第82話:刀を持たない戦 〜『筆頭頭取』争奪戦〜

大商館体制という地球規模の巨大な再編が行われてから、さらに数年。


かつて応仁の乱という未曾有の大戦を引き起こすはずだった第一世代の猛将たちも、いまや老境に差し掛かっていた。


京都・室町本社の大広間では、本日も熱気にあふれた御前会議が開かれていたが、そこにはかつてとは少し違う光景が広がっていた。


細川勝元や山名宗全といった歴戦の「大社長」たちは後列に下がり、その代わりに、彼らの嫡男や若き幹部たちが額に汗を浮かべながら、中央で激しい弁舌を振るっていたのである。


第一世代から第二世代への事業引き継ぎ、そして幕府内での優位性シェアを示す「筆頭頭取」の座を巡る、年に一度のプレゼン合戦(事業計画発表会)であった。


かつては広大な領地と兵の数を誇示し、刀を抜いて睨み合っていた武家たち。


しかし今、彼らが手にしているのは、緻密な数字が書き込まれた分厚い帳簿と、世界中の市場を分析した絵図面である。


「……以上の通り! 我ら細川大商館は、極寒の平原において新たな鉄の道を敷き、既存の三倍の毛皮と鉱物を幕府へ還元することをお約束いたしまする!」


勝元の嫡男であり、次期頭取の細川政元が、声を張り上げてプレゼンを締めくくった。


史実においては奇行を繰り返し、幕府を混乱に陥れたとされる政元だが、この世界においては、幼い頃から薫子の編纂した『かわら版(経済白書)』を読み込んで育った、ゴリゴリのエリート経営者であった。


大広間に感嘆のどよめきが起きる。


しかし、上座から放たれた若く冷徹な声が、その空気を一刀両断した。


「政元。そなたの描く絵図面は雄大であるが、数字が少々甘いのではないか?」


声を上げたのは、総裁・日野富子と、実務責任者・薫子の間に座する、一人の威風堂々たる青年であった。


彼こそが、次期将軍にして「室町ふぁんど」の次期CEO(最高経営責任者)、足利義材あしかがよしきである。


二十代後半を迎えた義材は、かつて薫子の下で『かわら版の編集長見習い』として徹底的な帝王学と経済学を叩き込まれ、今や多言語を操り、世界の相場を完全に頭に入れている超エリートへと成長していた。


「あ、甘い……と仰いますと?」


政元が、冷や汗を流しながら問い返す。


「現地の凍てつく大地で、新たな労働力の確保と食料の補給にいかほどの費用がかかるか。試算には、大東大陸アメリカ巴奈馬パナマ経由で運ばれてくる、足利拓殖座の鯨油の輸送費と関税が抜け落ちておるぞ」


義材は手元の書類をパラリと捲りながら、一切の容赦なく論理の穴を突いた。


「なっ……し、しかし、それは現地の狩猟で賄う予定で……」


「不確実な狩猟を巨大な兵站の前提にするなど、三流の商人がすることだ。我らが室町の看板を背負い、世界を相手に商いをする以上、一厘の誤差も許されぬと知れ。やり直しだ」


義材の鋭すぎる指摘に、大広間は水を打ったように静まり返った。


政元は顔を真っ赤にして平伏し、後列の勝元も「ふうむ、さすがは次期上様。付け入る隙が全くないわい」と、息子の不甲斐なさに苦笑しつつも、幕府の盤石なトップの姿に深く感服していた。


『くぅ〜! 痺れる! 私が手塩にかけて育てた次期CEO、最高にキレッキレじゃないの!』


薫子は、神妙な表情を完璧に維持しながらも、内心でガッツポーズをキメていた。


「義材様の仰る通りでおじゃりまするな。細川様、ここは一つ、上杉様との兵站の連携も含め、その絵図面を再度練り直していただきとうおじゃりまする」


薫子が、身分をわきまえた丁寧な口調で、しかし絶対的な実務トップとしての重圧をかけて追撃する。


「はっ! 承知仕りました……!」


政元が深々と頭を下げ、プレゼン合戦はさらに白熱していった。


もはや、刀や暴力の入る余地などどこにもない。


いかにして効率よく富を生み出し、無駄な血とカネを流さずに世界を支配するか。


日本の若きエリートたちは、世界最高峰の資本主義の論理で、互いの頭脳をぶつけ合っていた。


***


その頃、血気盛んな若者たちが数字の戦争を繰り広げている室町本社から少し離れた、東山の風雅な別邸。


現将軍である足利義政は、静寂に包まれた茶室で、一人の職人が持ち込んだ曜変天目の茶碗をうっとりと眺めていた。


「素晴らしい……この宇宙を閉じ込めたかのような妖しい光彩。これこそが、我が日の本の至高の美よ」


義政は、政治や泥臭い商売には一切口を出さない。


それは彼が無能だからではなく、すでに幕府内での「完璧な役割分担」が完了しているからであった。


軍事と外交、そして経済の采配は、富子と薫子、そして頼もしい義材が完璧に回している。


だからこそ義政は、自身の天才的な審美眼を全開にし、『東山文化』という世界最高峰の「日本ブランド」のプロデュースに完全特化していたのである。


「上様。この茶碗を南蛮へ持ち込めば、向こうの王侯貴族どもが、どれほどの金貨を積むか分かりませぬな」


傍らに控える側近が、ゴクリと唾を飲み込みながら言った。


「金貨の数などどうでもよい。これは売らぬ」


義政は、ふっと優雅に微笑んだ。


「売らぬ、のですか?」


「左様。これは、教皇や大国の王など、余が認めた相手にのみ『贈る』のだ。もちろん、天皇家の菊花紋と、我が足利の御印を添えてな。金で買えぬ至高の芸術こそが、野蛮な武力よりも遙かに強固な、我らを守る最強の盾となるのよ」


世界中の富裕層が、喉から手が出るほど欲しがる「室町の美」。


それを意図的に出し惜しみし、非売品のプレミアムブランドとして価値を限界まで吊り上げる。


政治や経済の最前線から退いたように見える義政もまた、文化と芸術という名の強烈な武器を用いて、見えない「世界戦」を戦う立派な一員であった。


***


夕刻。


白熱のプレゼン合戦を終えた室町本社の奥の院で、富子、薫子、そして義材の三人が、茶を飲みながら労をねぎらっていた。


「見事な采配やったえ、義材。あの勝元や宗全の倅どもが、手も足も出ずに平伏しとったわ」


富子が、目を細めて頼もしい養子を見つめる。


「母上と薫子に叩き込まれた算盤の力です。刀を振り回すしか能のなかった武家どもを、こうして数字一つで競い合わせる。これほど合理的で、血の流れない美しいまつりごとはありません」


義材が、清々しい笑顔で答えた。


「義材様のそのお姿を拝見でき、私めも感無量におじゃりまする。これで、現社長たちがいつ隠居しても、室町ふぁんどはびくともしませぬな」


薫子が、丁寧にお茶を差し出しながら微笑む。


『本当に、完璧な世代交代よ。戦国時代なら、親が死んだ途端にお家騒動で殺し合いが始まるのが常だけど、この世界では「誰が一番株主(幕府)に利益をもたらすか」という、平和で強欲なルールの下でしか争えない』


薫子は、自らが創り上げたシステムの完成度の高さに、深い安堵を覚えていた。


「これで内側の地盤は完全に固まりました。あとは、我々が切り分けたこの世界地図の『外側』……すなわち、未知の海からやってくるかもしれぬ新たな脅威に備えるだけです」


義材が、卓上の世界全図に視線を落とし、引き締まった表情で言った。


「その通りや。どれだけ関税の網を張ろうと、必ず抜け道を、裏口を探そうとする強欲なネズミは現れる。油断は禁物え」


富子が、扇子をパチンと鳴らして応じる。


「はい。そのネズミを確実に絡め捕るための『罠』は、大東大陸の加里武カリブの海に、すでに大きく仕掛けておじゃりまする。お二人は、ただ果報をお待ちたも……いえ、お待ちいただきとうおじゃりまする」


薫子は、数年後に西の海からやってくるであろう「あの男」の顔を思い浮かべながら、不敵な笑みを深く刻んだ。


世界最速で大航海時代を制覇し、次世代へと盤石のバトンを引き継いだ超大国・日本。


その鉄壁の経済網に向かって、史実通りの野望を抱いた一隻の船が、遙か遠きスペインの港を出発する日は、もう目前に迫っていた。

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― 新着の感想 ―
薫子が監督してる間は商館体制も安泰だろうが 数字に感けて売り家と唐様で書く三代目と唄われんよう後継選びと教育を徹底して相続体制固めねば 資本主義の暴走で社稷の安寧が脅かしては元も子もないし 儒者の商業…
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