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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第4章:南蛮逆上陸 〜大西洋横断と「ルネサンス」の買収〜

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第74話:決戦前夜 〜合理的兵站と、加里武からの増援〜

「何故だ……! 何故、船を動かすための金が集まらぬのだ!」


スペイン王国の宮廷。


イサベル女王の怒声が、ステンドグラスを震わせていた。


彼女の足元には、真っ青な顔をした財務卿がひざまずき、ガタガタと震えながら報告書を差し出している。


「へ、陛下……。出資を約束していた貴族や商人たちが、次々と破産を申し立てております。ジパングの者どもが、市場にあり得ない量の銀と毛皮をばら撒いたせいで……担保となる資産の価値が、完全に消し飛びましてございます……」


イサベルは強く唇を噛み締め、玉座の肘掛けに爪を立てた。


異教徒どもめ。


神聖なる戦いの前に、かような卑劣な商いで我らの足を引っ張るとは。


大艦隊はすでに八割方完成しているというのに、これでは水夫に払う給金も、積載する食糧すらも満足に調達できない。


『否。ここで立ち止まれば、我らスペインは永遠にあの猿どもの関税に首を絞められ続けることになる!』


イサベルはバッと立ち上がり、血走った目で将軍たちを睨みつけた。


「金などなくともよい! 我らには神の加護がある! このままでは国が内側から腐り落ちるぞ!」


将軍たちは息を呑んだ。


十分な補給なき艦隊の出撃は、自殺行為に等しい。


しかし、女王の狂信的な瞳を前に、異を唱えることなど誰にもできなかった。


「今すぐに出撃せよ! 西の海を渡るあの異教徒の船どもを沈めて、その積荷を奪い取るのだ! 勝利こそが、すべての借金を帳消しにする唯一の道である!」


かくして、経済的にすでに破綻しかかっていた「無敵艦隊」は、女王の狂信的な命令により、半ばヤケクソのようにイベリア半島の港を出撃していった。


***


一方その頃。欧州近海、カナリア諸島沖。


波一つない穏やかな海に、日本の誇る巨大なガレオン船団が、静かにその威容を並べて停泊していた。


旗艦の甲板で、細川勝元は遠眼鏡(望遠鏡)を下ろし、ふうっと息を吐いた。


「出おったわ。腹を空かせた南蛮の狼どもが、フラフラとこちらへ向かってきとるで」


隣に立つ山名宗全が、自身の白髪交じりの顎髭を撫でながら、ニヤリと凄絶な笑みを浮かべた。


「哀れなものじゃ。わしらも昔は、あないして借金取りに怯えながら、飢えた腹を抱えて刀を振り回そうとしたもんじゃがな」


「全うじゃ。だが、今の我らには『室町』という最強の後ろ盾がある」


勝元がそう言った直後。


見張り台から、甲高い声が響き渡った。


「西の水平線に船影! ……味方です! 畠山様の旗印が揚がっておりまする!」


勝元と宗全は弾かれたように振り返った。


広大な西の海――加里武かりぶの海の方角から、太陽の光を背に受けて、真新しい最新鋭のガレオン船団が波を割って進んでくる。


やがて横付けされた旗艦から、荒々しい足取りで畠山義就が単独で乗り移ってくる。


史実においては大和国などで暴れ回った、無類の戦好きとして知られる猛将である。


「遅うなったな、勝元殿! 宗全殿!」


義就が、日に焼けた顔をほころばせながら大声で笑った。


「待ちくたびれたぞ、義就。……して、斯波の姿が見えぬが?」


宗全が尋ねると、義就は背後の西の海を親指で指し示した。


「義廉の奴なら、加里武の要塞『新羅府』に残っておるわ。あの巨大な兵站の心臓部を空っぽにするわけにはいかんからな。あやつが後ろで血反吐を吐きながら物資を回してくれとるおかげで、わしらはこうして存分に暴れられるというわけじゃ」


勝元と宗全は顔を見合わせ、深く頷いた。


「重畳。背後が盤石ならば、憂いはない。……して、手土産は持ってきたのであろうな?」


勝元の問いに、義就は誇らしげに胸を張り、船倉を指し示した。


「おうさ。巴奈馬ぱなまの密林に敷いた石畳を、馬車が昼夜問わず駆け抜けて運び込んできた極上の代物よ。……東国の足利成氏や上杉の連中が、極寒の海で絞り出した『鯨の油(鯨油)』じゃ!」


勝元と宗全は、そのスケールの大きさに思わず身震いした。


北の果てで東国勢が獲った鯨の油が、太平洋を南下し、巴奈馬の陸路を馬車で越え、加里武海で船に積まれ、海を横断して、今ここ欧州近海の前線へと届けられたのだ。


大名たちがそれぞれの大陸で役割を担う「完璧な物流網ロジスティクス」が、この海の上で一つの形となって結実したのである。


「東国の連中も、ええ仕事をしおるわ……。この油があれば、南蛮の船どもを燻し上げて、一気に視界を奪えるぞ」


勝元は、力強く刀の柄を握りしめた。


「思えば……かつては京の都で、我ら四人が真っ二つに分かれて血みどろの斬り合いをするはずじゃったな」


宗全の言葉に、武将たちは静かに頷いた。


応仁元年。もしもあの時、日野富子と薫子の「算盤」による制圧がなければ、彼らは狭い盆地の中で、泥沼の戦を百年も続けるはずであった。


それが今や、互いの背中を預け合い、それぞれの役割を全うしながら未知の軍勢を迎え撃つために集結している。


「日の本の力……室町の兵站の恐ろしさを、南蛮の狂王にとくと見せてやろうぞ!」


勝元の号令とともに、集結した巨大艦隊の帆が一斉に風をはらんだ。


太陽が西へ傾く中、いよいよ東西の命運を分ける決戦の幕が切って落とされようとしていた。

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