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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第4章:南蛮逆上陸 〜大西洋横断と「ルネサンス」の買収〜

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第62話:大西洋の逆横断と、次代への布石

一方その頃、はるか東の極東。京都・室町第。


活版印刷の普及や欧州進出の報告を受け、執務室で莫大な帳簿と格闘していた日野富子(30代後半)と薫子は、ふと一息ついていた。


「思えば、薫子と出会うてから、カネ稼ぎと国造りに夢中になりすぎたわ」


富子が、広げられた世界地図を見つめながら、どこか晴れやかな顔で笑いかけた。


「御台所やというのに、上様(足利義政)とねやを共にする暇ものうて……結局、うちはこの腹を痛めることはおまへんやったなぁ」


その言葉に、薫子は少し責任を感じたように目を伏せた。

自分の現代知識と事業計画に御台様を巻き込みすぎたのではないか、と。


しかし、富子はカラリと笑って手で制した。


「謝らんでええ。代わりにうちは、この『日の本』という途方もなくデカい宝を手に入れたんや。せやから……次はその宝を任せられる『最高の跡取り』を、うちと薫子で一から育て上げたいんや」


「跡取り……と申されますと、どなたのことでおじゃりますか?」


薫子が恭しく首を傾げると、富子は扇子で地図の一点をトントンと叩いた。


義視よしみ殿のところに、今年で十二になる『義材よしき』という賢いぼんがおりますやろ。あの子、近いうちにうちの養子としてもらい受けようと思てな」


富子の瞳に、底知れぬ野心が宿る。


「あの子に最高の帝王学を叩き込んで、この世界のすべてを継がせる器にするんが、これからのうちの楽しみなんや」


「なるほど、これから養子にお迎えになられるのですね……! ふふっ、ならば私も微力ながら、若君が世界に通用する立派な大元締(CEO)となられますよう、今からスパルタで世界経済のカラクリを仕込むカリキュラムをご用意させていただくでおじゃるよ!」


「頼んだで、薫子! さて、勝元たちは今頃、未知の海でどうしとるやろなぁ」


二人の強いシスターフッドが、史実の「応仁の乱の火種」を完全に消し去り、室町ファンドの次なる覇者を生み出す決断を下した瞬間であった。


***


その日、大西洋の波は穏やかだった。


スペイン王国を出港し、ヨーロッパの玄関口であるカナリア諸島周辺で交易を行っていた小型の武装商船「サンタ・マリア号」の船員たちは、いつものように退屈な見張り番をこなしていた。


「おい……あれを見ろ。なんだ、あれは……?」


マストの上で見張りをしていた若い船員が、震える指で水平線の彼方を指差した。


最初は、ただの小さな黒い点だった。

だが、それは異常な速度で近づいてきている。


「……島か? いや、動いているぞ!?」


船長が慌てて甲板に飛び出し、望遠鏡を覗き込んだ。

その瞬間、船長は息を呑み、顔面から血の気を失った。


「神よ……お救いください……!」


望遠鏡のレンズ越しに見えたのは、彼らの常識を根底から覆す絶望的な光景だった。


山のように巨大な船影。それも一隻ではない。

幾重にも連なる帆が、海面を覆い尽くさんばかりの大船団を形成している。


船体には室町幕府を象徴する『日章二引両旗にっしょうふたつひきりょうき』がはためき、陽光を反射して不気味に輝いている。


「砲の準備を急げ! 未知の国の艦隊だ! 撃ち込まれる前に防御陣形をとれ!」


恐怖に駆られた船長は、絶叫しながら砲手たちに命じた。


武装商船である彼らには、小型の大砲が数門備えられていた。

自衛のための唯一の手段にすがるように、船員たちは火薬と砲弾を装填しようとパニックに陥りながら走り回る。


***


「提督。前方の小舟が、砲門を開こうとしておりますぞ」


見張りからの報告を受け、日本艦隊の旗艦に座乗する細川勝元は、甲板の最前列へと進み出た。

勝元の目には、見知らぬ武装商船が右往左往しているのが見て取れた。


「ふん。あれが未知なる海の民の船か。我が軍の小早こばやよりも小さいではないか」


傍らに立つ山名宗全が、呆れたように鼻で笑った。


「あのような豆鉄砲、当たったところで致命傷にはならんじゃろうが……」


「いや、油断は禁物じゃ」


勝元は宗全の言葉を遮り、冷静に状況を分析した。


二人はかつて、日本の覇権を懸けて血みどろの争いを繰り広げるはずだった歴戦の猛将である。

だが今は、室町商事という巨大な資本の元で、利益と損失を天秤にかける冷徹な指揮官となっていた。


「大軍で取り囲めば、相手は恐怖のあまり自暴自棄になる。一か八かで至近距離から撃ち込まれれば、船体に傷がつき、無駄な修繕費がかかってしまうわ」


勝元は航海長の景高へ視線を向けた。


「景高。主力艦隊は敵の豆鉄砲が届かぬ距離で停船し、横陣を敷け。大砲の射線を確保し、いつでも沈められるよう狙いだけは定めておけ」


「ははっ!」


「我らが乗るこの旗艦一隻のみ、砲門を固く閉じたまま、ゆっくりと近づく。……敵意がないことを、教えてやらねばな」


勝元の合理的かつ慎重な指示により、日本艦隊は瞬時に動いた。


大船団はスペイン船の射程外で美しく隊列を組み、圧倒的な威圧感を放ちながら海上に停滞した。

そして、巨大な旗艦が一隻だけ、帆を半分に絞り、ゆっくりと、警戒を解いた状態でスペイン船へと接近していく。


***


「……なぜだ。なぜ撃ってこない?」


スペインの船長は、大砲の導火線に火をつけるのをためらい、呆然と海を見つめていた。


水平線の彼方には、無数の巨大船が横一列に並び、こちらへ砲門を向けているのが望遠鏡越しに見える。

もしこちらが発砲すれば、次の瞬間には一斉射撃を浴びて木っ端微塵になるだろう。


しかし、目の前へゆっくりと近づいてくる一隻の巨大船は、砲門を閉ざし、まったく攻撃の意思を見せていない。


『我々に敵意はない。だが、妙な真似をすればいつでも彼方の艦隊が貴様らを沈める』


言葉を発することなく、陣形と動きだけで、そんな絶対的なメッセージが突きつけられていた。

スペイン船員たちは大砲から手を離し、圧倒的な文明と軍事力の差を前に、ただ膝から崩れ落ちるしかなかった。


***


「よし。これで話が通じるじゃろう」


完全に無力化し、戦意を喪失したスペイン商船を見下ろし、勝元は満足げに頷いた。

そして、背後に控える若き禅僧に視線を向けた。


室町幕府が誇る情報機関が育成した、語学のスペシャリストである。


「おい、通訳。出番じゃ。あの震える小鳥どもに、我らが何者か、優しく教えてやれ」


「ははっ、承知いたしました」


語学研修を完璧にこなし、流暢なラテン語とスペイン語を操るエリート禅僧が、恭しく一礼して前に出た。


見上げるほどの船壁から、声を遠くまで届けるための巨大な「真鍮製の伝声筒」が突き出され、静まり返った海上に、若き禅僧のよく通る声が、完璧なスペイン語で響き渡った。


「恐れることはない、未知なる海の民よ!」


スペイン船員たちは、空から降ってきた自国の言葉に呆然と立ち尽くした。


「我らは遥か西の海を越え、黄金の国ジパングより参った、室町商事の先遣船団である!」


禅僧の言葉は、威圧的ではなく、あくまで理路整然としていた。

それが逆に、絶対的な文明レベルの差を残酷なまでに浮き彫りにしていた。


「我らは略奪を目的とする野蛮人ではない。平和的な商いのために、はるばる海を渡ってきたのだ」


勝元は甲板の上から、怯えるスペイン船長を見下ろし、鷹揚に頷いてみせた。

その出で立ちは、最高級の絹織物に身を包み、堂々たる威厳に満ち溢れている。


野蛮なのはどちらか。その答えは、火を見るよりも明らかだった。


「我らは、そなたたちの王と会談を望む。道案内を頼めるか?」


それはお願いの形をとりながらも、拒否することなど絶対に許されない、圧倒的な武力と富を背景とした交渉の第一歩であった。


大西洋の逆横断を果たした日本の巨大コンツェルンが、ついにヨーロッパの入り口の扉を、合理的かつ理知的な手段でノックした瞬間であった。

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