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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第3章:1467年、「応仁の和議」と「戦なき世」

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第58話:陸路の開拓と、ホワイトな現地雇用

「細い陸地を越え、その向こう側に新たなる海を見つけたり!」


探検隊の快速船によってもたらされたその急報は、京都の室町第を熱狂の渦に巻き込んだ。


細川勝元をはじめとする大名たちは、自分たちの手でさらなる未知の海と富を独占できると確信し、興奮に顔を上気させている。


大広間の上座では、日野富子がゆっくりと扇子を広げ、居並ぶ大名たちを見下ろしていた。


その傍らには、もはや小間使いの隠れ蓑を完全に脱ぎ捨て、幕府の実務トップとして堂々たる威厳を放つ薫子が立っている。


「新たなる海を見つけたのは誠に喜ばしいことや」


富子の威厳ある声に、大広間が静まり返る。


「そやけど、あないな巨大な船を、まさか山越えで担いで運ぶわけにはいきまへんやろ」


富子の言葉を引き継ぐように、薫子が事前に書き上げていた巨大な絵図面を大名たちの前に広げた。


「故に、海と海を繋ぐ『道』を創るのでおじゃる」


薫子は、地図上の「くびれ」を指示棒で指し示した。


「いかなる大雨にも流されず、荷車が幾千と通れる石畳の巨大な街道を敷きまする。そしてその両端には、外敵を寄せ付けぬ強固な要塞都市を築くのどす」


それは、中世の土木技術と幕府の莫大な資本を、はるか遠い新大陸に投下するという前代未聞の巨大国家事業の提案であった。


勝元がハッと息を呑み、そして顔をしかめた。


「なれど薫子殿。向こうは鬱蒼とした密林の山と聞いておる。数千の労働者を養うための米を、太平洋越しに運び続けることなど物理的に不可能でおじゃろう」


大名たちの懸念はもっともだった。しかし、薫子は自信に満ちた笑みを浮かべた。


「米など一粒も運びませぬ。持ち込むのは『鉄』と『商いの掟』だけでおじゃる」


***


新大陸の「くびれ(パナマ地峡)」の太平洋側。


鬱蒼としたジャングルを切り開く作業が、凄まじい規模で始まっていた。


史実のヨーロッパの探検家たちであれば、ここで圧倒的な武力による「奴隷狩り」と強制労働を行い、無数の先住民を過労と飢えで死に絶えさせていただろう。


だが、薫子から徹底的な「資本主義の論理」を叩き込まれていた現場の役人たちは、違った。


「ええか、お前ら! 現地の者たちに刃を向けるな。死体や奴隷からは、良い仕事は生まれん! 我らは商いとして、彼らを『雇う』んじゃ!」


ジャングルを開拓した広場で、西国出身の幕府役人が声を張り上げていた。


彼の前には、警戒心を露わにしながら集まってきた数千人の先住民たちがいる。


役人は、先住民たちの目の前に、日本から持ち込んだピカピカの「鉄の鍬」や「斧」、そして「巨大なノコギリ」を並べた。


「この美しい鉄の道具を、皆に貸し与えるばい! これを使えば、お前たちの畑仕事も狩りも、何十倍も楽になるぞ!」


先住民の代表が恐る恐る鉄の斧を受け取り、そばにあった太い丸太に振り下ろす。


スパァン! という小気味良い音と共に、丸太が深くえぐれた。


その圧倒的な切れ味に、先住民たちの間に驚愕のどよめきが広がる。


さらに役人は、後方の巨大な鍋から立ち上る、食欲をそそる匂いを漂わせた。


鉄器を与えて先住民の農業生産力を爆発的に高め、そこで余剰となった現地の作物ジャガイモやトウモロコシを買い上げ、近海で獲れた魚と共に煮込んで「炊き出し」として還元する。


これが、極めて合理的な現地調達の仕組みであった。


「道作りに参加する者には、この温かくて旨い汁と飯を、毎日腹いっぱい食わせてやるたい! 怪我をすれば、我らが船医が治療してやる! どうじゃ、悪い話ではなかろう!」


鉄器の圧倒的な利便性と、過酷な自然界において何よりの価値を持つ「安定した食糧」の保障。


さらに、労働に見合った対価(美しいガラス細工など)が支払われるという事実は、先住民たちの警戒心を瞬く間に溶かしていった。


「ウオオオオッ!!」


先住民たちは歓声を上げ、自発的に鉄の道具を手に取り、ジャングルの開拓へと参加し始めた。


強制労働による反乱の危険は一切なく、ジャングルの木々は恐るべき速度で切り倒され、平坦で頑丈な石畳の街道が、まるで大蛇のように伸びていった。


***


太平洋と大西洋を繋ぐ街道の開通が現実のものとなりつつあった頃。


新大陸の拠点では、日本から渡ってきた武将たちが、巨大な地図を広げて酒を酌み交わしていた。


「このまま街道と要塞が完成すれば、ここを通るすべての荷から『関税』を取れる。これは無尽蔵の金の卵じゃ」


斯波義廉が、ホクホク顔で地図の『くびれ』を指差す。


「うむ。北の寒冷な海は足利・上杉の東国勢に任せ、我ら斯波と畠山は、この街道の守護と物流の商いに専念するとしよう」


畠山義就も大きく頷いた。

領地争いで疲弊していた彼らにとって、この安定した巨大な物流利権は、何よりも魅力的なものだった。


すると、これまで共に新大陸を開拓してきた大内政弘が、優雅に酒杯を傾け、ふわりと微笑んだ。


「ならば、麻呂は新大陸の開拓はここまでといたそう。これより先は、細川殿と山名殿にお譲りいたしまする」


その言葉に、他の武将たちが驚きの目を向ける。


「大内殿、良いのか? この先には、さらなる未知の海が広がっておるのだぞ?」


「構いませぬ。我ら大内家は、代々『西アジア』の海を得意としておりますゆえ」


大内は、優雅な所作で扇子を広げた。


「この新大陸で見つかった『無尽蔵の銀』と、新しい作物の種。……これを、麻呂が明国や南洋の国々に売り捌きとうおじゃる。あの大国の民の腹を満たす作物を独占すれば、アジアの海は我が大内が完全に支配できましょうて」


大内の極めて合理的な商人の眼力に、皆が感嘆の声を上げた。

彼は新大陸の産物を使って、アジアという巨大市場を完全に手中に収める道を選んだのだ。


「なるほど、見事な棲み分けじゃ。……なれば勝元よ、我らもこのパナマの甘い汁(利権)は、斯波殿と畠山殿に譲るとしようぞ」


山名宗全が、横に座る細川勝元にニヤリと笑いかけた。


斯波と畠山が驚いて顔を見合わせる。


「なんと、細川殿と山名殿が、この無尽蔵の金の卵を我らに譲ると申されるか!?」


勝元は、酒杯をぐいと飲み干し、ふっと遠くを見た。


「我らはかつて、野戦にて幕府に弓引き、無様に敗北した身じゃ。にもかかわらず、富子様と薫子殿は我らの首を刎ねるどころか、この大艦隊の『提督』という誉れ高き大役を任せてくだされた」


勝元の言葉に、宗全も深く頷く。


「うむ。その『借り』を返すには、こんな安全な所で関税を数えて暮らすわけにはいかんのよ」


勝元は立ち上がり、地図のさらに東――まだ見ぬ大西洋の彼方を力強く指差した。


「安定した商いは他家に任せる! 我らは幕府の切り込み隊長として、最も過酷で、最も美味い一番槍を狙う! この新たなる海をさらに東へ進み続け……いつか南蛮ども(ヨーロッパ)の裏庭を直接ぶち破ってくれるわ!」


「カッカッカッ! 違いねえ! それこそが天下の細川と山名の仕事よ!」


北米の東国勢、パナマの斯波・畠山、アジアの大内、そして大西洋の細川・山名。


かつて日本の狭い領土を巡って血を流した大名たちが、互いの強みと義理を完全に理解し、地球全体を舞台にした『究極の棲み分け』を合意した瞬間であった。

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