第54話:黄金の大陸と、異文明との遭遇
未知の大陸への第一歩は、静かな波が打ち寄せる冷涼な沿岸(北米大陸西海岸)に印された。
巨大なガレオン船団から小舟を下ろし、未知の砂浜を踏みしめた武将たちは、警戒しながら周囲の地形や植生を見渡した。
鬱蒼と茂る針葉樹林と、肌を刺すようなひんやりとした風。
黄金が転がっているような常夏の楽園を想像していた者たちにとっては、いささか拍子抜けする光景だった。
しかし、足利成氏や上杉家といった東国勢の将たちは、土を握りしめ、深く頷き合っていた。
「見事な巨木じゃ。水も豊かで、海には鮭や海獣が群れておる。気候は我らが知る蝦夷地や北の果てに近い」
東国勢の将の言葉に、細川勝元や山名宗全ら西国勢も同意した。
彼らは上陸してすぐ、この広大な新天地の「利権の分配」と「役割分担」についての軍議を開いた。
「勝元殿、宗全殿。この最初に辿り着いた土地は、我ら東国勢が引き受けよう」
関東の将が、地図の広げられた木箱を指差して力強く宣言した。
「我らは寒冷地での拠点作りと毛皮の商いに長けておる。ここに強固な砦と湊を築き、木を切り出して船の修繕場を作る。帰りの航海に備えた『絶対の補給基地』は、我らが盤石に仕上げてみせよう」
その提案は、理にかなっていた。
長旅で疲弊した船団すべてが、当て所なく未知の海を彷徨うのは危険すぎる。確実に帰還するための「足場」は絶対に必要だ。
「ありがたい。なれば、我ら西国の船団は、ここからさらに沿岸を南へと下る」
勝元が、南の方角を見据えながら応じた。
「明国や南洋の商いと同じじゃ。南へ行けば行くほど、気候は暖かくなり、香辛料や金銀財宝といった未知の富が眠っている可能性が高い。我らはその富を探り当てる」
「うむ。北の守りと補給は東国勢に、南の莫大な利権の開拓は西国勢に。見事な住み分けじゃ」
宗全も満足げに頷いた。
かつて国内の狭い領土を血みどろになって奪い合っていた彼らは、広大な新大陸のスケールを前に、極めて合理的で平和的な「利権の分割」をやってのけたのだ。
数日の休養と水と食料の補給を終えた後、船団は二つに分かれた。
東国勢が斧を振るって砦の建設を始める中、勝元や宗全の率いる西国艦隊は、黄金の気配を求めてさらに南へと帆を進めた。
***
数週間の南下を経て、景色は劇的に変わった。
抜けるような青空の下、見たこともないほど澄み切ったエメラルドグリーンの浅瀬が現れる。
背後には鬱蒼とした熱帯のジャングルが広がり、極彩色の羽根を持つ鳥たちがけたたましい鳴き声を上げて飛び交っていた。
「いかにも、宝が眠っていそうな土地柄になってきおったわ」
勝元らは重武装した足軽たちを伴い、白砂のビーチへと上陸した。
「警戒を怠るな。何が潜んでおるかわからんぞ」
宗全の合図で、足軽たちが火縄銃や槍を構え、周囲を囲むように陣形を組んだ。
ジャングルの奥から、カサリ、と葉の擦れる音がした。
「誰ぞおるのか!姿を見せよ!」
足軽の一人が叫ぶと、木々の陰からゆっくりと「彼ら」が姿を現した。
それは、褐色の肌に奇抜な刺青を施し、鳥の羽根でできた見事な冠を被った先住民たちだった。
腰には独特の意匠が施された布を巻き、手には鋭い石の槍や弓矢を握りしめている。
しかし、何よりも日本側の目を引いたのは、彼らの首や腕を飾る装飾品だった。
「……金じゃ。無垢の黄金じゃぞ!」
足軽の一人が、息を呑んで呟いた。
先住民たちが身につけているのは、紛れもなく純度の大変高い黄金だった。それが、太陽の光を浴びてギラギラと眩い輝きを放っている。
言葉は全く通じない。
先住民たちは、海から現れた巨大な「動く城(ガレオン船)」と、全身を金属の板で覆った異形の男たちを前に、極度の警戒心を露わにしていた。
一触即発の空気が漂い、弓の弦がギリリと引き絞られる音が響く。
「殿!敵ですたい!言葉も通じぬ野蛮人どもじゃ!」
血の気の多い九州出身の足軽が、興奮して声を荒らげた。
「あの黄金……斬り捨てて奪いましょうぞ!あれだけの金があれば、借金も一発で返せますたい!」
足軽たちが槍を構え、先住民に飛びかかろうとした、その瞬間だった。
「控えよ、馬鹿者が!!」
細川勝元の怒声が、ビーチに響き渡った。
彼は太刀を抜こうとした足軽の腕を、力任せに押さえつけた。
「貴様、出航前にあの薫子殿から何を教わったか忘れたか!『死体からは継続的な利益は生まれませぬ』と言われたであろうが!」
勝元は、血走った目で足軽たちを睨みつけた。
「ええか!ここでこやつらを皆殺しにして黄金を奪えば、手に入るのは一度きりじゃ。だが、こやつらと『商い』をして関係を築けば、黄金は末永く我が船倉に入り続ける!我らは野蛮な山賊ではない。誇り高き室町商事ぞ!」
勝元の言葉は、武士としてのプライドではなく、完全に資本主義の論理に染まっていた。
幕府による徹底した経済教育は、中世の武将の思考回路を、合理的な多国籍企業のマネージャーへと見事に作り変えていたのだ。
とはいえ、相手の警戒を解き、こちらが「対等以上の力」を持っていることを示す必要はある。
勝元は鉄砲隊の頭に目配せをした。
「空へ向かって放て。決して当てるなよ」
三人の足軽が一歩前に出て、火縄銃を天高く構え、引き金を引いた。
ドドァァァン!!
雷鳴のような轟音と、もうもうと立ち込める硝煙。
先住民たちは、武器から火と雷が放たれたと勘違いし、恐怖のあまり悲鳴を上げてその場にひれ伏した。
槍や弓が、音を立てて砂浜に落ちる。
圧倒的な武力、すなわち「絶対的な抑止力」を見せつけた瞬間だった。
勝元は満足そうに頷くと、自らの太刀を腰から外し、砂の上に置いた。
そして、両手を大きく広げ、自分に敵意がないことを示しながら、ひれ伏す先住民たちの代表格らしい男へゆっくりと歩み寄った。
勝元は後ろを振り返り、部下に持たせていた木箱を持ってこさせた。
「さあ、恐れることはない。顔を上げよ」
言葉は通じなくとも、声のトーンと笑顔で安心させようと試みる。
勝元は木箱の蓋を開け、中に入っていた品を恭しく取り出し、先住民の目の前に差し出した。
それは、太陽の光を受けて七色に輝く、堺の職人が作り上げた極彩色の『ガラス細工の器』。
そして、日本で生産された、雲のように滑らかな『最高級の絹織物』だった。
「さあ、見事であろう。この美しい品と、お主らの黄金を交換しようではないか」
先住民の代表は、恐る恐る顔を上げ、差し出されたガラス細工を見つめた。
彼らの文明にはガラスや絹は存在しない。透明でキラキラと輝くその器は、彼らにとって黄金以上の魔法の品に見えたことだろう。
代表の男は、震える手でガラスの器を受け取り、その滑らかな手触りと美しさに目を丸くした。
そして、自らの首から外した分厚い黄金の首飾りを、感謝を示すように勝元へと差し出したのだ。
「……商談成立、というわけじゃな」
勝元は黄金の首飾りを受け取り、ニヤリと笑った。
血を一滴も流すことなく、未知の大陸との最初の交易が成立した瞬間だった。
日本は、圧倒的な武力を背景に持ちながらも、あくまで平和的な「巨大商社」として、新大陸とのファーストコンタクトを成し遂げたのである。




