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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第3章:1467年、「応仁の和議」と「戦なき世」

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第45話:水車と糸車 〜室町産業革命の胎動〜

山名や細川といった武将たちが、東シナ海や南シナ海で新規開拓に狂奔している頃。


日本の中心、京都近郊に広がる薫子の直轄地「山科庄」では、静かに、しかし確実に「世界の歴史を塗り替える音」が響き始めていた。


ゴォォォォ……ッ!


清らかな川の急流を利用して作られた、見上げるほど巨大な水車群。


その圧倒的な水力が、精巧に組まれた木製の歯車を通じて、巨大な長屋(工場)の内部へと動力を伝達している。


長屋の中に一歩足を踏み入れると、そこは中世の日本ではあり得ない光景が広がっていた。


ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ……!


数十台の巨大な「多軸紡績機(複数の糸を同時に紡ぐ機械)」が、水車の動力を受けて一斉に稼働している。


その機械の前に座る何十人もの女性工員たちが、熟練の手つきで糸を操り、次々と高品質な木綿糸や絹糸を生産し続けていた。


「うむ。水車の力添え、見事にからくりへと伝わっておじゃる。棟梁、富子様よりお預かりしたこの図面通り、さらに歯車の数を調整し、紡ぐ速さをあと三割引き上げるのじゃ」


視察に訪れていた薫子は、美しい着物の袖を汚さぬよう気遣いながら、現場の技師や棟梁たちへ静かに、だが的確な指示を飛ばしていた。


あくまで「将軍正室の命を伝える小間使い」としての優雅な振る舞いを崩さない。しかし、彼女の頭脳は完全にこの巨大な工場の全容を掌握している。


『ふふふ……! 素晴らしいわ! この「水力紡績機」さえあれば、これまでの手作業とは比較にならない、数十倍……いや、数百倍の速度で糸や布を大量生産できる!』


薫子がこの時代に「産業革命マニュファクチュア」を前倒しで導入したのには、明確な理由があった。


「薫子様。お言葉でおじゃりまするが……」


同じく現場の視察に訪れていた幕府の勘定奉行が、額の汗を拭いながら声をかけてきた。


「富子様は、これほどの量の糸や布を生産して、一体どうなさるおつもりでおじゃりましょうか? 国内の需要など、とうの昔に満たして余りある量におじゃりまするが……」


薫子は、持っていた扇子で口元を隠し、ニヤリと笑った。


「国内で売るためではおじゃりませぬ。これはすべて『世界に売りつけるため』の品でおじゃるよ」


「せ、世界に……?」


「ええ。武将たちが命がけで切り開きし海外の交易ルート……。そこで彼らが何を売っておるかご存知でおじゃるか?」


薫子は扇子を折りたたみ、ポンと手のひらを叩いた。


「日本の銀、硫黄、刀剣、漆器……。どれも高値で売れまするが、銀や硫黄は掘り尽くせば終わりまする。刀剣や漆器は芸術品ゆえ、大量生産には向きませぬ。それでは、持続的な富は望めないとおっしゃっておいででおじゃる」


奉行は首を傾げた。


「では、何を売れば……?」


「日用品でおじゃる。明国の圧倒的な人口、そしていずれ出会うであろう南蛮ヨーロッパの国々……。彼らが毎日消費し、着古しては捨て、また必ず買い求めるもの。それが、この安価で高品質な『日本の木綿や絹織物』なのでおじゃる!」


薫子の言葉に、奉行はハッと息を呑んだ。


『史実のイギリスが、どうやって覇権国家になったか。それは軍事力じゃない。圧倒的な工業力で布を大量生産して、世界中に売りつけたからよ! 私は富子様の威光を借りて、この室町時代に「世界の工場」の座を奪い取るの!』


「しかし、これほど大規模なからくりを動かせば、昔ながらの手回し糸車で生計を立てておる職人たち(座)から、猛烈な反発が起きるのでは……?」


奉行の心配はもっともだった。


既得権益を脅かされた労働者が機械を打ち壊す運動は、歴史上の産業革命で必ず起きる通過儀礼である。


しかし、薫子は自信満々に首を横に振った。


「そのご案じは無用でおじゃる。富子様はすでに、西陣の織物座や、堺の商人たちと『完璧な協定』を結んでおいででおじゃるから」


「協定、でおじゃりますか?」


「ええ。幕府は『作る』だけ。彼らには『売る(独占販売・流通権)』を任せるのでおじゃる。この長屋で安く大量に作った布を、彼らが独占的に海外へ売り捌いて利益を上げる。……彼らにとって幕府は敵ではなく『都合の良い巨大な仕入れ先』に過ぎないのでおじゃるよ」


中世の「座(同業者組合)」の仕組みを壊すのではなく、むしろ幕府の権威を使って彼らの特権を保護し、その上に産業革命を乗せるという、極めて日本的な共存共栄のシステム。


「な、なるほど……! 皆が潤う仕組み、というわけでおじゃりまするな!」


「ええ。それに……」


薫子は、忙しく立ち働く工員の女性たちを優しげな目で見つめた。


「こうして水車を使えば、非力な女子おなごや童でも、安全に、そして安定して高い賃金を得ることができるようになりまする。農村の貧しき民を救うことこそ、まことの意味での国力強化であると、富子様も仰っておいででおじゃる」


武力ではなく、圧倒的な「生産力」で世界を征服するための土台。


室町産業革命は、あくまで幕府の国策という建前の裏で、薫子の緻密な計算によって確実な産声を上げていた。

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