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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第3章:1467年、「応仁の和議」と「戦なき世」

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第44話:細川勝元の絶望 〜規格化された「暴力」の値段〜

山名船団が壊血病と借金地獄に苦しんでいた頃。


細川勝元が率いる別働隊のガレオン船団は、琉球を経由し、南シナ海の交易ルートへと差し掛かっていた。


勝元の目当ては、明国商人との密貿易、そして南方の「砂糖」の独占である。


「皆の者! 帆を張れ! この海域を抜ければ、莫大な富が待っておるぞ!」


勝元は甲板の最前線に立ち、風を切って進む自軍の威容に胸を張っていた。


彼の頭の中では、すでに山名宗全を出し抜き、借金を完済した上で日本一の大富豪となる自分の姿が鮮明に描かれている。


『フッ……山名の老いぼれは、今頃波に揺られて無様に吐いておるだろう。この勝負、我ら細川の勝ちでおじゃる!』


しかし、大航海時代の現実は、彼の甘い皮算用を容赦なく打ち砕く。


「提督! 前方に船影多数! あれは……明国の海賊にござりまする!」


見張り台からの悲痛な叫び声が、平和な甲板の空気を一変させた。


水平線の彼方から、ボロボロの帆を張った無数のジャンク船が、獲物を狙うハイエナのように群れをなして向かってくる。


その数はざっと五十隻。


圧倒的な数の暴力が、勝元の最新鋭ガレオン船を取り囲もうとしていた。


「慌てるでない!!」


勝元は腰の太刀を引き抜き、ギラリと目を光らせた。


「我らは日の本一の武士団、細川軍ぞ! 敵が何万いようと、近づけて斬り捨てれば済むこと! 弓隊、構え! 接舷に備えよ!」


かつての野戦において、彼は洛内の本陣に留まっていたため、幕府の火器による真の恐怖を自らの目では見ていなかった。


だからこそ、未だに「勇猛な武者が刃を交えて決着をつける」という古い戦闘教義が残っていたのだ。


しかし。


「……お待ちくださりませ、提督閣下」


勝元の背後から、静止の声がかかった。


振り向くと、山名の船に乗っていたのと同じく、幕府から派遣された冷徹な官僚が、帳簿を片手に立っていた。


「なんじゃ! 貴様はすっこんでおれ! ここは戦場ぞ!」


「いえ、戦闘の許可を出すわけにはいきませぬ。幕府からお貸し出ししておじゃるこのガレオン船は、一隻につき数万貫の価値がある資産でおじゃります。海賊のボロ船などに接舷され、万が一にも船体に傷がついたり、火を放たれたりすれば……その莫大な『修繕費』は、すべて細川家にご負担いただくことになりまするが?」


「な、なんじゃと……!?」


勝元の動きがピタリと止まる。


『し、修繕費だと!? このバカでかい船の装甲板を一枚張り替えるだけで、領地の村がいくつ吹き飛ぶと思うておるのだ……!』


武将としての血気と、莫大な借金を抱える総帥としての現実が、勝元の脳内で激しく衝突する。


「では、どうしろと申すのだ! このままでは囲まれて全滅じゃぞ!」


「ご安心を。接舷される前に、敵を海の藻屑にすればよいのでおじゃる。……砲術長! 『あれ』の仕度を!」


官僚の合図とともに、船の下層甲板から、ゴロゴロと重々しい車輪の音が響き始めた。


船体の側面に設けられた無数の四角い窓(砲門)が、一斉にバタンと開く。


そこから姿を現したのは、黒光りする最新式の「旋回式大砲」だった。


「大筒隊、装填完了いたした! 距離、五百! 照準、敵船の密集陣形!」


幕府直属の砲術長が、冷静な声で号令をかける。


海賊船団は、日本の巨大船が逃げもせず、奇妙な筒を向けているのを嘲笑いながら、射程距離など気にせずまっすぐに突っ込んでくる。


「……放てぇっ!!」


轟音。


鼓膜を破るような爆発音が連鎖し、ガレオン船の片舷が白い硝煙に包まれた。


放たれたのは、単なる丸い鉛玉ではない。


空中で破裂し、無数の鉄片と散弾を撒き散らす、極めて近代的な「榴散弾」の初期型であった。


数百メートル離れた海上で、近づくことすら許されずに、敵の先頭集団が木っ端微塵に粉砕される。


「ひっ……!」


その圧倒的で、一方的な虐殺の光景に、勝元は思わず後ずさりした。


『……これか。あの洛外の野戦で、我が精鋭の家臣たちが刃を交えることすら許されず、なす術なく蹂躙されたという『面制圧』とは……!』


武士の誉れも、一騎打ちの美学も、そこには一切存在しない。


かつての敗北の報告が、今、圧倒的な視覚的恐怖となって勝元の心を完全にへし折った。


「……フフフ、見事な威力でおじゃりますな。さあ、提督。これで船は無事でおじゃる」


硝煙が晴れる中、官僚は再び帳簿を開き、筆を走らせた。


「しかし……今の一斉射撃で消費いたせし『特製火薬』および『砲弾』、しめて百発分。こちらの弾薬費は、あらかじめ定められた価格表に基づき、細川家の借入金残高に上乗せさせていただきまする」


「……は?」


勝元は唖然として振り返った。


「ば、莫迦なことを申すな! たかが筒を撃ち放っただけで、どれだけの銭が飛ぶと申すのだ! かくのごとき高価な筒を使わずとも、水夫や兵どもに斬り合いをさせた方がよほど安上がりではないか!」


官僚は、冷ややかな視線を勝元へ向けた。


「安上がり、でおじゃりますか?」


「左様! 兵などその辺の港で安くかき集めれば済むこと。水夫が死んでその家族に見舞金を払うとでも申すのか? 俺が銭を払うわけではないのだから、知ったことではないわ!」


歴戦の武将である勝元からすれば、兵など使い捨ての駒に過ぎなかった。


しかし、官僚は手元の分厚い帳簿を叩き、静かに、だが重々しい声で告げた。


「……提督閣下。まことにそうお考えでおじゃるか。民の死は、すなわち国家の損失でおじゃる。大人が税を払ってこそ国家は成り立ちまする。なれど赤子は税を払えませぬ」


官僚は一歩、勝元へと歩み寄った。


「税を払える大人になるまで、どれだけの歳月がかかり、どれだけの飯が必要とお思いか? さらに申せば、女が赤子を産み落とすこと自体が、命懸けの行いなのでおじゃるよ。税の理屈だけで考えても、命の損失がいかに重いか明らかでおじゃりましょう」


「っ……」


「さらに兵には、養わねばならぬ家族がおりまする。働き手たる兵が死に、残された家族までが餓死したらどうなりまするか? 税を納める民が根こそぎ消え、巡り巡って大名である閣下の蔵が細るのでおじゃる」


勝元はハッと息を呑んだ。


「おまけに、この船に乗っておる者たちは、ただの兵でおじゃりませぬ。羅針盤を読み解く航海士、帆を操る熟練の甲板員、そして今の大筒を正確に撃ち放つ砲術兵。専門技術を持つ彼らを喪う損害は莫大でおじゃる」


「……」


「ダメ押しにもう一つお教えいたしましょう。出航前に閣下が血判を押された契約書には、こう記されておりまする。『提督の無謀な指揮によって乗組員が死傷した場合、その見舞金および新規人材の育成費用は、すべて提督たる細川家の利益から天引きして遺族と幕府へ支払うこと』と」


敵に斬り込ませて兵を使い捨てるほど、己の借金が膨れ上がっていくという地獄のシステム。


「な、なんという悪辣な……!」


「兵の命の『まことの価値』をご理解いただけたでおじゃるか? 弾薬費など、彼らを喪う代償に比べれば、あまりにも安く、理にかなった投資なのでおじゃるよ」


細川勝元は、完全に沈黙した。


武士の気合いや名誉で血を流す時代は、もう終わったのだ。


細川勝元は、沈みゆく海賊船の残骸を虚ろな目で見つめながら、自分が近代的な資本と火力のマネージャーへと生まれ変わらざるを得ない現実を、静かに受け入れていた。


***


京都・室町第。


「ふふふ……順調、順調! 大筒の弾薬商いは、利幅が桁違いに高いのでおじゃるよ!」


薫子は、細川陣営から届いた弾薬消費の請求書を束ねながら、ご機嫌な様子で鼻歌を歌っていた。


戦火に焼かれるはずだった京都の都は、恐ろしく平和で、そして恐ろしく冷徹な資本主義の計算音に包まれていた。

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しかも弾薬製造は独占状態という
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