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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第3章:1467年、「応仁の和議」と「戦なき世」

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第46話:インフレーションの足音と、富子の憂鬱

日本がかつてない「好景気」に沸き返る中。


京都・室町第の奥深くで、将軍正室・日野富子は、山のように積まれた報告書と富の山を前にして、美しい口元に笑みを浮かべていた。


明国の銅銭(永楽通宝)、南洋の香辛料、そして大量の金銀。


明国貿易を牛耳る大内、南方の要衝を押さえた畠山や斯波、さらには北方の毛皮と金塊を独占する関東の足利成氏。先行組の提督たちが持ち込む富の量は、まさに桁違いであった。


かつて応仁の乱で焼け野原になるはずだった京都は、今や空前の建設ラッシュに沸き、人々は絹の着物を纏い、夜な夜な宴会が開かれる「バブル経済」の絶頂にあった。


「ふふっ……ええ眺めやな。この都に、これほどの銭が集まるとはな」


富子が煙管を燻らせながら上機嫌に頷いていると、部屋の襖が静かに開き、薫子が入ってきた。


彼女の手には、分厚い市中の物価帳簿が握られている。


「富子様。先行組からの上納金、まことに見事な額でおじゃりますな。……なれど、以前よりお話ししておりました『毒』が、いよいよ京の市中へ回り始めたようでおじゃる」


「毒、やと?」


富子は眉をひそめ、薫子が差し出した帳簿を手に取った。


そこに記された数字を目で追ううちに、富子の顔からスッと笑みが消え、鋭い為政者の顔つきへと変わる。


「……米一升の値段が、たった数ヶ月で三倍に跳ね上がっとる。米だけやない。大根も、塩も、薪も……生活に必要なもんが、片っ端から値上がりしとるんやな」


「はい。武将たちが、海外から『銭』をアホみたいに大量に持ち込んでおりまするゆえ。市中に銭が溢れかえって、銭そのものの価値が暴落しているのでおじゃりまする」


インフレーション(物価上昇)。


それは、急速な経済成長と外貨の流入がもたらす、資本主義の必然的な「副作用」であった。


史実のスペイン帝国も、新大陸から大量の銀を持ち帰った結果、激しいインフレ(価格革命)を引き起こし、逆に国内産業を衰退させてしまった歴史がある。


「武将や大商人はええわ。金回りがようなって、高い酒を飲んで喜んどる。せやけど……」


富子は、忌々しそうに宋銭の山を睨みつけた。


「日々の賃金でギリギリの暮らしをしとる下々の民はどうなる。銭の価値が下がれば、昨日まで買えていた米が、今日は買えんようになる。……『好景気やのに、なぜか腹が減る』。こんな理不尽な話があるか」


富子は、冷酷な守銭奴として歴史に名を残す女である。


しかし同時に、彼女は「銭の恐ろしさ」を誰よりも熟知し、経済の安定こそが幕府の存立基盤であることを理解している、極めて優秀な為政者でもあった。


「このまま物の値が上がり続ければ、やがて飢えた民の不満が爆発する。せっかく大名どものいくさを防いだっちゅうのに、今度は京の都で『大一揆』が起きて終わりやで。……薫子、お前がわざわざ言いに来たっちゅうことは、対策の準備はできとるんやろな?」


富子の鋭い問いかけに、薫子は静かに扇子を広げ、深く頷いた。


『産業革命の生産力向上よりも、外貨の流入スピードの方が早すぎる。これは最初から想定内のバグよ。……そして、この事態を一瞬で理解する富子様の頭脳、本当に恐ろしいわ!』


薫子は慌てることなく、あらかじめ用意していた策を提示する。


「直ちに、幕府主導で『金融引き締め』を行うのでおじゃる」


「金融引き締めやと? どうやって市中に溢れた大量の銭を回収するっちゅうねん。大名どもの屋敷に押し入って、無理やり巻き上げるわけにもいかんやろ」


「いいえ、強引な真似はいたしませぬ。……彼らが『自ら進んで、喜んで大金を払いたくなるような仕組み』を作れば良いのでおじゃるよ」


薫子の目に、妖しいビジネスマンの光が宿る。


「彼ら成金武将の懐には、まだ莫大な『余剰資金』が唸っておりまする。それを、実態のない『ブランド』や『究極の贅沢品』という名の底なし沼に吸い込ませ、幕府の金庫に回収して凍結するのでおじゃる」


「実態のないブランド……?」


「はい。例えば……上様(足利義政)の出番でおじゃる」


薫子は、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。


「上様が手掛けられた『天下一の茶器』や、『国宝級の枯山水庭園の設計権』……。あるいは、上様と一緒に茶を飲める『特別茶会の手形』。……見栄っ張りの成金武将たちなら、何万貫という銭を積んで買い求めるはずでおじゃる!」


富子はポカンと口を開け、やがて腹を抱えて笑い出した。


「あっはっは! なるほど! 政治には無関心で、芸術にしか興味のないあのウチの旦那を、究極の『広告塔』として使うっちゅうわけか!」


「その通りでおじゃる! 義政様の至高の雅は、まさにこの時のためにあったのでおじゃるよ!」


「よっしゃ! 早速、旦那を説得してくるわ! あの石数奇者オタクに、世界一高価な石を売らせてやるで!」


未曾有のインフレーションの危機を、あらかじめ想定していた薫子の罠と、足利義政の東山文化で吸収し、経済を安定させる。


史実では「政治を投げ出した無能な将軍」とされた義政が、この歴史IFにおいては、日本経済をインフレの危機から救う「最強の芸術監督」として、その真価を発揮しようとしていた。

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― 新着の感想 ―
いい加減に日本独自の貨幣作りたいねんな 宋銭頼りでは外国に中央銀行がある様なもんだし適切な切り下げも出来ん 価格革命が進行すれば幕府の存立基盤足る土地政策の基本に当る 荘園領主の公家権門や領地管理して…
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