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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第2章:応仁の融和 〜政争の解きほぐしと「国旗」の制定〜

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第24話:満ちる強欲、沸騰する焦燥 〜薫子の防衛構想〜

京都、室町第。


「……富子様。これは、いかなる謀であるか!」


将軍正室・日野富子との謁見の間において、幕府の最高権力者である管領・細川勝元が、珍しく怒気を露わにして詰め寄っていた。


その傍らには、普段は犬猿の仲であるはずの山名宗全もまた、血走った眼で富子を睨みつけている。


「西の畠山や斯波、大内どもが『南海交易共同体』なるものを結成し、幕府の金で外洋船を造っていると聞き及んだ。あまつさえ、東国の足利成氏までが北の海へ出るとか! 我ら二柱を差し置いて、格下の者どもに甘い蜜を吸わせるとはどういう腹づもりか!」


莫大な利権。


国家の枠組みを変えるほどの巨大な富が動こうとしているのに、幕府の屋台骨である自分たちが完全に蚊帳の外に置かれていることに、二人の強欲とプライドは限界に達していた。


しかし、富子は美しい扇子で口元を隠し、余裕の笑みを崩さなかった。


「まあまあ、勝元殿も宗全殿も、そないに血相を変えなはんな。誤解でおすえ」


富子は、まるで駄々をこねる子供をあやすかのように、甘く柔らかな声で語りかけた。


「海の向こうの商いなんぞ、所詮は銭の亡者がやる泥臭い下業でおます。ましてや、外洋の荒波に出れば、高価な船ごと海の藻屑になるやもしれん大博打。そないな命懸けの危ない橋、幕府の重鎮たるお二人に渡らせるわけにいきまへんえ」


「それは……」


「お二人は、この国の『政治まつりごと』の要どす。泥臭い商売と海の藻屑になるリスクは下々の者たちに背負わせておいて、お二人はどうぞ、この美しい都で政にのみ集中しておくれやす」


反論の隙を与えない、完璧な建前。


沈むかもしれない危険な博打に、幕府の重鎮を巻き込むわけにはいかないという理屈を突きつけられ、勝元と宗全は顔を見合わせた。


「……ふむ。確かに、我らがわざわざ危ない橋を渡り、波に呑まれるリスクを背負う必要はないか」


「左様。下々が幕府の金ごと海の藻屑になるのを、都で静観してやればよい。……富子様、合点がいった。我らは政にのみ注力いたそう」


武士としてのプライドと、沈没のリスクという現実的な計算が働き、二人は一旦は納得して矛を収め、謁見の間を後にした。


***


同日夜、室町第、富子の居室。


「……のらりくらりと躱して、一旦は大人しく引き下がらせたけどな。あれで良かったんか?」


富子は扇子を手慰みに弄りながら、艶やかなため息をついた。


御簾の裏側、薄暗い影の中に、いつものように控えめな姿勢で座る女房の姿がある。


幕府の実務を取り仕切る裏の心臓、薫子である。


「ええ。彼らは沈没のリスクに納得し、今は静観の構えを見せておじゃります。……なれど」


薫子の声は、ひどく冷徹な響きを帯びていた。


「それはあくまで、彼らが『どうせ失敗するでおじゃろう』と高を括っているからに過ぎませぬ。一年後、海に出た船団が無事に帰還し、彼らの想像を絶する莫大な富を持ち帰った『その瞬間』……彼らの強欲と焦燥は理性を食い破りましょうぞ」


「せやろな。自分たちの権威がゴミ芥になるほどの富を見せつけられれば、必ずパニックを起こし、武力で幕府を脅して利権を奪い返しに来るやろな。十万規模の動員をかけてくるかもしれんえ」


富子は鋭い視線を御簾の奥へ向け、ふと意地悪く口角を上げた。


「相変わらず、えげつない策やこと。私の名で土倉や馬借、足軽という労働力に至るまで全て押さえ込んであるさかいな。連中がいざ戦支度をしようとも、兵はおろか銭も手に入らへん。十万集めるつもりが、集まるのは良くて数万というところかえ?」


富子の言葉に、薫子は静かに頷いた。


「ご慧眼でおじゃります、富子様。……とはいえ、数万の暴徒でも脅威には違いおじゃりませぬ。ゆえに、市街地(洛中)には、一歩たりとも入れませぬ」


その言葉の響きに、富子は目を細めた。


「彼らが発狂するまで、船が帰港する一年間の猶予がおじゃります。この時間を利用し、我々は迎撃の準備を整えまする。……敵軍が洛外(郊外)の野営地に到達した瞬間に、京へ通じる全ての出入り口を完全封鎖いたしまする」


「……市街地に入れないということは、敵は洛外の道中で足止めを食らうということやな。腹ペコの野蛮人どもが、目の前にある蔵や物資を見逃すはずがおまへん。真っ先に略奪の標的になるのは、道中にいる馬借や土倉やないのえ?」


富子はそこまで言いかけて、面白そうに扇子を打ち鳴らした。


「なるほどな。敵が動き出すより前に、彼らを安全な場所へ『疎開』させてしまうんやな? そなたが長年かけて山科に築き上げた、あの難攻不落の『要塞都市』へ」


「いかにも。我々に与する全ての馬借、土倉の現金と帳簿、そして民たちを避難させまする」


富子は愉快そうに目を細めた。


「道中も、市街地も、奪うべき銭も食うべき米もない、すぬけの空箱にしてしまうんやな」


「その通りでおじゃります。同時に、富子様の御名において、東西の物流網と金融網を完全に停止させまする。郊外の冷たい野原に野蛮人どもを閉じ込め、ただ飢えと寒さで自重崩壊するのを待つのでおじゃります」


「……戦わずして、干殺しにするというのか」


富子は背筋に冷たいものが走るのを感じた。


武士の誇りも、合戦の作法も、そこには微塵も存在しない。


あるのはただ、緻密に計算された「兵站の切断」という近代的な絶望だけだ。


「……恐ろしい娘や、お前は」


富子は呟き、そして妖艶に微笑んだ。


「ええやろ。その策、私の名において実行を命ずる。連中が油断して高みの見物を決め込んでいる一年間に、存分に罠を張り巡らせなはれ。新しい時代の『戦』というものをな」


薫子は深く頭を下げ、影の中へと静かに溶け込んでいった。


表舞台で高笑いをする富子の背後で、一切の感情を排した「防衛システム」が、確実にその牙を研ぎ澄ませていた。

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