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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第5章:世界地図を塗り替えた日

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第139話:梯子を外された者たち 〜メディチ家の保身と大明帝国の戦慄〜

西の果て、フィレンツェのメディチ家宮殿。


当主ロレンツォの執務室に、重苦しい沈黙が降りていた。

彼の目の前には、一通の封書の残骸と、一枚の羊皮紙が置かれている。


『此度の天竺への艦隊扇動、ならびに兵糧支援の企ては、すべて私、ニッコロ・マキャヴェッリの狂気と独断によるもの。偉大なるメディチ家は一切関与しておらず、私が勝手に我が家の財を横領して行った所業にございます』


それは、昨日から忽然と姿を消した若き天才官僚が残していった、自白と失踪の書状であった。


「……あの男が、自らの非を認めて逃げ出しただと?」


ロレンツォは震える手で羊皮紙を握りしめ、青ざめた顔で虚空を見つめた。

マキャヴェッリの自信と野心を知り尽くしている彼にとって、この手紙の意味するところは一つしかなかった。


『あの男の策は、完全に破綻したのだ。ジパングの底知れぬ力の前では、旧大陸の正規軍をかき集めた二十万の暴力すら、通用しなかったというのか……!』


マキャヴェッリは、メディチ家に累が及ばないよう、すべての責任を自分一人で被る証拠を残して消えたのだ。

それが彼なりの最後の忠義であった。


「当主様! いかがなさいますか! 天竺へ向かっている次発の兵糧支援船団が、間もなく港を出ますが……!」


側近の切羽詰まった声に、ロレンツォはハッと我に返った。


「馬鹿者! 直ちに出港を差し止めよ!! すでに海に出ている偽装船団も、一隻残らず引き戻せ!」


ロレンツォは立ち上がり、血走った目で怒鳴り声を上げた。


「支援はすべて打ち切りだ! ジパングに勘付かれれば、我がメディチ家は根絶やしにされるぞ! 世界中に向けて布告を出せ! 『我らメディチ家は、野蛮な私兵どもを非難し、永遠にジパングの忠実なる友である』と、大々的にアピールするのだ!」


旧大陸の野心と強欲が生み出した二十万の軍勢。

彼らの命綱であった秘密裏の兵糧支援は、この瞬間、メディチ家の凄まじい保身によって完全に断ち切られたのであった。


***


同じ頃、はるか東の巨大帝国、大明。


紫禁城の御前会議は、天竺からもたらされた信じがたい急報によって、再び蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。


「陛下! ジパングの大船団が動きました! しかし……天竺へは向かっておりませぬ!」


「なんだと!? では、どこへ向かったというのだ!」


息を切らして報告する役人に、保守派の官僚たちが詰め寄る。


「て、天竺を大きく迂回し、南方大陸アフリカの西側や、西域の別の港との商いを大々的に再開したとのことにございます! その取引の規模はかつてなく、ジパングの船団は莫大な利益を上げ続けております!」


「馬鹿な……! 天竺の十万の軍勢はどうしたのだ! 奪い返しに行かぬのか!」


「完全に無視されております! ジパングは天竺に一粒の麦も売らず、一隻の船も近づけておりませぬ!」


その報告を聞いた瞬間。

玉座に座る皇帝の顔から、さぁっと血の気が引いた。


『……なんという恐ろしい国だ。武力による奪還すら、無駄と切り捨てたというのか』


皇帝の全身を、氷のような悪寒が包み込んだ。


二十万もの大軍勢が塞いでいる天竺の海。普通ならば、何万もの血を流して奪還戦を行うか、あるいは手出しできずに衰退していくかの二択である。

だが、ジパングは「そんな場所はもう要らない」とばかりに、自分たちで新たな道を作り、何事もなかったかのように富を稼ぎ始めているのだ。


『……もし、我が大明帝国が、ジパングに叛旗を翻したらどうなる?』


皇帝の脳裏に、凄惨な滅びの光景がフラッシュバックした。


ジパングは、大明帝国と戦うことすらしないだろう。

ただ「商船を港に近づけない」という決定を下すだけでいい。

そうすれば、日本の物資と経済力に完全に依存しきっているこの国は、天竺の二十万の軍勢と同じように、内側から干上がって飢え死にするのだ。


「陛下!! 今こそ好機にございます!」


そんな皇帝の戦慄をよそに、空気を読めない保守派の重鎮が進み出た。


「ジパングは天竺を失い、慌てて別の海路を探している証拠! 今我らが背後からジパングを突けば、奴らは挟み撃ちとなり、必ずや……!」


「黙れぇええええっ!!!」


皇帝の裂帛の気迫がこもった怒声が、紫禁城の広間に木霊した。

熱狂していた反日派の官僚たちが、雷に打たれたように硬直する。


「……衛兵。そこにいる愚か者どもを、すべて捕らえよ」


「へ、陛下!? いったい何を……!」


「まだ分からぬか、この痴れ者どもが!!」


皇帝は玉座から立ち上がり、血を吐くような声で怒鳴りつけた。


「ジパングは天竺を『奪われた』のではない! 価値のない空箱として『捨てた』のだ! もし我らが奴らに牙を剥けばどうなるか。奴らは我が国と血を流して戦うことすら怠り、ただ『商いを止める』だけで済ますであろう! そうなれば、我が大明の経済は立ち所に干上がり、民は飢え、国は内側から崩れ去るのだ!」


「なっ……!?」


「貴様らの時代遅れの強欲と下劣なプライドが、この帝国を滅ぼすところであったわ! そやつらの首を刎ねよ! 一族郎党、一人残らず処刑せよ!」


皇帝の眼光は、もはや温情を捨てた冷酷な死神のそれであった。

武装した近衛兵たちが雪崩れ込み、泣き叫ぶ保守派の官僚たちを引きずり出していく。

御前会議は一瞬にして、血の粛清の場と化した。


***


「……直ちに、京のジパングの公方様へ特使を急派せよ」


皇帝は玉座に深く沈み込みながら、厳命した。


「大明帝国は、永遠にジパングの最も信頼おける友邦であると伝えよ。この愚か者どもの首を『誤った企てを未然に防いだ証』として差し出し、我が国に逆らう意思など微塵もないことを、誠心誠意伝えるのだ」


武力ではなく、ただ「経済的に無視する」という日本の究極の暴力。

その底知れぬ恐ろしさを真に理解した超大国は、中華の面子をギリギリで保ちつつも、自らの血を流して絶対的な恭順を示す道を選んだのである。

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