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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第5章:世界地図を塗り替えた日

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第116話:東海道鉄路開通と、瓦版のネットワーク

京都、東寺の南に新たに建設された、巨大な瓦屋根の「洛南大停車場ターミナルえき」。


そのプラットホームには、幕府の重鎮や全国の諸大名、そして見物に集まった数万人もの民衆がひしめき合い、異様な熱気に包まれていた。


「……ついに、この日が来たでおじゃるな」


特設された天幕の下で、薫子は感慨深げに扇子を広げた。隣には、最高権力者である日野富子が豪奢な打掛を羽織り、満足げな笑みを浮かべている。


目の前の真っ直ぐな鉄の軌道の上には、祝祭の紅白の布で飾り立てられた「黒鉄の馬(蒸気機関車)」が、いつでも走り出せるようシュゴオオッという力強い呼吸音を立てていたその後ろには、人と荷物を載せるための頑丈な客車と貨車が何十両も連なっている。


京都から関東平野までを一本で結ぶ大動脈、『東海道鉄路』の第一期工事が完了し、歴史的な開通式典が今まさに執り行われようとしていた。


「これより、東国への一番列車が出発いたしまする!」


役人の声が響き渡ると同時に、機関車の運転台に立つ大砲職人の辰吉が、高らかに主蒸気弁を引いた。


プォォォォォォォォォン!!!


腹の底に響く巨大な汽笛が鳴り響き、黒煙が青空へと吹き上がる。

重厚な鉄の車輪が力強く回転を始め、機関車は大地を揺らしながらゆっくりと、そして確実に東へと向かって走り出した。


「おおおおおおっ!!」

「走った! 鉄の化け物が荷を引いて走ったぞ!!」


民衆のどよめきと歓声が、地鳴りのように響き渡る。

それを特等席で見つめていた大名たちは、その圧倒的な質量の移動を前に、改めて畏怖の念を抱き、言葉を失っていた。


***


「……見事なものやな。これで、関東の富が途切れることなく都へ流れ込んでくる」


富子が扇子で口元を隠しながら笑うと、薫子は静かに首を振った。


「富子様。あの鉄の馬が運ぶのは、毛皮や黄金といった『富』だけではおじゃりませぬ」


薫子は、出発していく列車の最後尾に繋がれた、厳重に警備されている数両の貨車を指差した。


「あの貨車に積み込まれたものこそが、我が国の世のことわりを根底から変える『最強の武器』におじゃります」


「最強の武器? 大砲でも積んどるんか?」


「いいえ。……大量の『紙』におじゃるよ」


富子が怪訝な顔をすると、薫子は懐から一枚の真新しい紙を取り出し、富子へと手渡した。


それは、山科の工業特区にある「活版印刷機」によって、昨晩のうちに数万枚という規模で刷り上げられた紙であった。


「……なんやこれ。『瓦版かわらばん』か?」


富子が目を落とした紙の束には、整然とした活字で、本日の『東海道鉄路開通』の様子や、京の都の米の相場、さらには幕府の新しい法令などがびっしりと記されていた。


「左様。ただの瓦版ではおじゃりませぬ。ダ・ヴィンチの改良した打抜機によって、活字の判子が恐ろしい速度で量産できるようになりました。その結果、これまでは月に数枚しか出回らなかった瓦版が、今は『毎日』、何万枚も刷れるようになったのでおじゃる」


薫子の冷徹な声に、周囲で控えていた諸大名たちがビクッと肩を震わせた。


「あの貨車には、今日の都の出来事を記した最新の瓦版が山のように積まれておじゃります。……鉄の馬に乗れば、明日の昼には、それが駿河に届き、夕方には関東の民衆の手へと渡る」


「……っ!!」


大広間の隅でその話を聞いていた今川家当主・氏親うじちかと、後見人の伊勢盛時いせもりときは、背筋に強烈な悪寒を感じた。


盛時は、震える手で自身の膝を握りしめた。


『……なんという恐ろしさだ。昨日、都で起きた出来事が、翌日には東国の端にまで知れ渡るというのか!』


かつての情報伝達は、早馬を乗り継いでも十日から半月はかかった。

その「情報の時差」こそが、地方の戦国大名たちにとって、謀反を起こし、軍を動かすための最大の猶予(隙)であったのだ。


だが、薫子の言葉はさらに絶望的な事実を彼らに突きつける。


「盛時殿。そなたらもご存知の通り、鉄路に沿って建てられた『腕木通信(光と形の暗号)』の塔を使えば……東国で起きた戦の知らせは、わずか数十分でこの都へと届きまする」


薫子は盛時を真っ直ぐに見据え、凄惨な笑みを浮かべた。


「もし、どこかの愚か者が幕府に反旗を翻せば……数十分後には都で『逆賊討伐』の号令がかかる。すぐさま活版印刷機が回り、数万枚の瓦版が刷られ、鉄の馬に乗って『翌日』には日の本中へ事実が知れ渡るのでおじゃる」


盛時は息を呑んだ。

もはや、密かに兵を挙げることなど不可能だ。


「……そして、民衆は毎日のように瓦版を読み、天下の情勢を理解するようになる。逆賊の汚名を着せられた大名のもとからは、兵も農民も蜘蛛の子を散らすように逃げ出しましょうな」


『……勝てない。刀や槍を交える前に、我らは「逆賊」という烙印を押され、情報によって完全に包囲され、兵糧攻めにされるのか!』


武士としての軍略が、完全に意味を失った瞬間だった。


どれほどの猛将であろうと、数万人規模の軍隊を率いていようと、幕府の持つ「腕木通信による光の速さの状況把握」「活版印刷による情報統制」、そして「鉄の馬による即日配達」という『インフラの暴力』の前には、手も足も出ないのだ。


「……薫子様。我ら今川家は、どこまでも幕府の忠実なる臣下にござる。駅前の開発と商いに、粉骨砕身いたしまする」


盛時は、完全にいくさへの未練を断ち切り、深く、深く平伏した。

他の大名たちもまた、青ざめた顔で次々と富子と薫子に頭を下げた。


「ええ。皆で算盤を弾き、この国を豊かにいたしましょうぞ」


薫子は優雅に扇子を揺らした。


この日。東海道鉄路の開通と、情報の即時ネットワークの完成により、日本における「天下布武」という古い軍事的な価値観は、完全にその息の根を止められた。


武士たちは生き残るため、刀をペンと算盤に持ち替え、駅弁の開発や商社の経営に狂奔する「新しい時代」へと、不可逆的に突き進んでいくのであった。

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