第112話:兵器への転用 〜次世代の弾丸と薬莢〜
山科の工業特区。
その最も奥深くに位置する、幕府の直属部隊によって厳重に警備された「特別区画」の地下工房。
そこには、巨大な「直動式蒸気打抜機」の小型・高精度版とも言える、強固な圧搾機が数台並んでいた。
深夜の冷たい空気が漂う中、ランプの灯りに照らされていたのは、幕府の最高権力者である薫子と、大砲鋳造の親方・辰吉、そして刀鍛冶の弥平の三人である。
南蛮の天才、ダ・ヴィンチの姿はそこにはない。
「……薫子様。わざわざ夜更けに、ワシら二人だけをこんな地下室に呼び出して、一体何をさせようってんです?」
辰吉がいぶかしげに問う。
ダ・ヴィンチと共に「鉄の道」や「機関車」という光り輝く未来のからくりを造り続けてきた彼にとって、この地下工房の重苦しい空気は異質であった。
薫子は優雅に扇子を広げ、冷ややかな、しかし奥底に暗い炎を宿した瞳で辰吉を見た。
「辰吉、弥平。そなたらの尽力で、我が国は『鉄の道』という莫大な富を生み出す血管を手に入れた。……なれど、富を積めば積むほど、それを遠くから嗅ぎつけ、力ずくで奪おうとする『飢えた狼』どもが必ず現れるのが、世の理でおじゃる」
薫子の言葉に、弥平が鋭い視線を返した。
「……海の向こうの、南蛮の連中ですか」
「左様。我が国にはすでに無敵の軍船(ガレオン船)がおじゃるゆえ、海の上では決して遅れは取らぬ。……なれど、この先、我が国が世界の富を独占し続ければ、いずれ南蛮の列強どもは互いに結託し、何百隻という大船団で狂ったように押し寄せてくるでおじゃろう」
薫子は手元の木箱を開け、中から「鉛の塊」を取り出して机に置いた。
「万が一、その圧倒的な大軍に上陸を許せばどうなる? 刀や槍、今の火縄銃で迎え撃てば、必ず我が国の民や武士に血が流れる。……私は、一滴たりとも流させたくないのでおじゃる」
薫子の冷酷なまでの完璧主義に、二人の職人は息を呑んだ。
『……私は甘くないわ。インフラを整備して経済を回せば平和になるなんて、お花畑なことは微塵も思っていない。富には、相手に戦う気すら起こさせない「絶対的な暴力」がセットで必要なのよ』
「ゆえに、備えねばなりませぬ。どれほど屈強な南蛮の甲冑騎士や傭兵が上陸しようと……彼らが剣を抜くことすら許さず、遥か遠くからすべてを挽肉に変える、『圧倒的な暴力』を」
薫子は鉛の塊を指差した。
「辰吉。今の火縄銃や大砲の『鉛玉』は、どうやって作っておる?」
「どうって……鉛を火でドロドロに溶かして、丸い型に流し込んで冷ます『鋳造』に決まってまさあ」
「その作り方では、弾が真っ直ぐに飛ばぬのでおじゃるよ」
薫子の指摘に、辰吉はムッとして反論しようとしたが、隣にいた刀鍛冶の弥平が静かに口を挟んだ。
「……『鬆』が入るからですね、薫子様」
「鬆……? ああ、大根の中にできる空洞みてえなもんか?」
「ええ」 薫子は頷いた。 「金属は、熱して溶かし、冷えて固まる際に必ず内側に微細な空気の泡……『鬆』ができる。表面は真ん丸に見えても、内側には見えない空洞があるのじゃ。ゆえに弾丸の重心が狂い、空中で曲がってしまい、遠くの敵には当たらないでおじゃる」
『史実の火縄銃の命中精度が低い最大の原因がこれよ。弾の重心がズレているから、いくら銃身を磨いても真っ直ぐ飛ばない』
「ならば……」
薫子は、背後にある高圧の蒸気圧搾機を扇子で指し示した。
「溶かさずに、常温の鉛の塊を『完璧な真円の金型』に入れ……この数千貫の蒸気の圧力で、無理やり押し潰して『真球』に打ち抜くのでおじゃる」
「なっ……! 金属を、溶かさずに力技で潰すだと!?」
辰吉が叫ぶ中、弥平は無言で動いた。
彼は用意されていた真球の金型(下半分)に常温の鉛の塊を置き、金型の上半分を被せ、蒸気圧搾機の下にセットした。
「……蒸気弁、開きます」
弥平が引き手を引く。
ガァァァァァァンッ!!!
地下室の空気を震わせる轟音。数千貫の圧力が、金型ごと鉛の塊を一瞬で押し潰した。
プシューッと蒸気が抜け、圧搾機が上がる。
弥平が火箸で金型を開き、中から転がり出たものを見て、二人の職人は言葉を失った。
それは、表面が鏡のように滑らかで、一切の歪みを持たない、美しき「銀色の球体」であった。
弥平がそれを拾い上げ、手のひらで転がし、重さを確かめる。
「……恐ろしい。どこにも重心の偏りがない。中身が極限まで圧縮され、気泡一つない『完璧な密度の真球』です。……これなら、恐ろしいほど遠くまで真っ直ぐに飛ぶ」
「これだけではおじゃらん」
戦慄する二人に休む間も与えず、薫子は次に「真鍮の巻帯」の一部を切り取った薄い金属板を取り出した。
「次はこれにおじゃる。……辰吉、そなたら鉄砲鍛冶の永遠の悩みは何じゃ?」
「そりゃあ……筒の先から火薬と弾を入れなきゃならねえ『装填の遅さ』と、筒の隙間から爆発の力が逃げちまうことですが……」
「その通り。弾を『筒の後ろ(手元)』から入れられれば、這いつくばったままでも瞬時に次弾が撃てる。なれど、後ろに蓋を作っても、火薬の爆発で必ず隙間から火が吹き出し、撃った者の顔を焼いてしまう」
初期の後装式(元込め式)銃の最大の欠点である「ガス漏れ」。それを防ぐための魔法の機構を、薫子はいま提示しようとしていた。
「この真鍮の板を、圧搾機で何度も少しずつ押し込み、底の塞がった『深い筒』の形に打ち抜くのでおじゃる。これを『真鍮薬筒』と呼ぶ」
『現代の軍事用語でいう、金属薬莢の深絞り(ふかしぼり)成型よ。ダ・ヴィンチの打抜機と均一な真鍮の巻帯があれば、この時代でも絶対に量産できる!』
薫子は、図面にその筒の形を描いた。
「この真鍮の筒の中に火薬を詰め、蓋をするように、先ほどの『完璧な弾丸』を押し込む。これで、弾と火薬が一体化した『一発の弾薬』の完成でおじゃる」
「弾と火薬が一体に……? それを、銃の後ろから装填する?」
辰吉はまだ半信半疑だった。
「だが薫子様! 筒が真鍮だろうが紙だろうが、爆発すりゃあ隙間から火が漏れるのは同じ――」
「違うのじゃ、辰吉」
薫子はニヤリと、凄惨な笑みを浮かべた。
「真鍮という金属は、柔らかく、熱と圧力で『膨張する』性質がある。……銃の中で火薬が爆発した瞬間、この真鍮の筒は一瞬だけパンッと膨らみ、銃の薬室(隙間)にピタリとへばりついて、ガスの逆流を『完全に塞ぐ』のでおじゃる!」
「……っ!!」
辰吉と弥平の顔色が変わった。
彼らは金属の専門家である。薫子の提示した「爆発の圧力を利用して、金属自らを膨らませて栓にする」という物理法則の美しさと恐ろしさを、瞬時に理解したのだ。
「そして、弾が飛んで圧力が下がれば、真鍮はわずかに縮んで元に戻る。あとは、空になった薬筒をポンと抜き取り、次の弾を入れ直すだけ……」
薫子の声が、地下室に冷たく響く。
「火縄も要らぬ。先から棒で弾を押し込む必要もない。農民に三日撃ち方を教えるだけで……這いつくばったまま、一分間に十発以上、遥か遠くの敵を正確に射抜ける『殺戮の機械』が完成するのでおじゃるよ」
二人の職人は、自らが作り上げた「蒸気打抜機」と「真鍮の巻帯」が、いかに途方もない魔物をこの世に呼び覚ましてしまったのかを悟った。
「……南蛮の先生は、これを機関車の部品を安く作るために考えたってのに……」
辰吉は、ガクガクと震える膝を押さえながら呟いた。
「薫子様、アンタ……そのからくりを使って、地獄の釜の蓋を開ける気か」
「ええ。開けるでおじゃるよ。日の本を護るためならば、いかなる業火も厭いませぬ」
薫子は、完成したばかりの美しく冷たい真球の弾丸を、愛おしそうに撫でた。
「極秘裏に、真鍮薬筒の金型を設計なさい。……万が一、野蛮人どもが、大船団で我らの富を奪えると勘違いして上陸してきた時、一片の希望も残さぬ『圧倒的な絶望』で歓迎してやるためにおじゃる」
平和なインフラ構築の裏側で、国家の存亡を懸けた次世代の「軍事革命」が、暗い地下室で静かに、そして確実に産声を上げたのであった。




