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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第5章:世界地図を塗り替えた日

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第111話:完璧への執念 〜蒸気打抜機と金属の巻帯〜

「遅い! 遅すぎる! こんな手作業の削り出しで、いつになったら二両目、三両目の機関車が組み上がるというのだ!」


山科の特区工房に、ダ・ヴィンチの苛立ちに満ちた怒号が響き渡っていた。


「マエストロ・レオナルド。どうか落ち着いてくだされ。辰吉親方たちも、不眠不休で部品を削っておるのですぞ」


通訳の男が冷や汗を拭いながらなだめるが、ダ・ヴィンチは作業台の上に散乱する歯車や金具を忌々しげに睨みつけた。


第一号となる「黒鉄の馬(蒸気機関車)」が完成し、大成功を収めた直後。

職人たちは祝杯を挙げ、大いに喜んでいたが、ダ・ヴィンチの頭脳だけはすでに次の次元――「量産」という名の巨大な壁に直面していた。


「機関車が一両だけあっても意味がない! 日の本全土に鉄の道が敷かれるのであれば、何十両、何百両という機関車が必要になるのだ! 職人の勘と手作業で部品を作っていては、すべてを揃えるのに百年かかるぞ!」


大砲職人の辰吉が、煤だらけの顔をしかめて歩み寄ってきた。通訳の言葉を聞き、腕を組む。


「……南蛮の先生よ、そりゃあ無茶ってもんだ。どんだけ腕のいい職人を集めようが、鉄を削り出して同じ形の歯車を何百個も作るにゃあ、どうしても時間がかかる。人の手ってのはそういうもんだろうが」


「人の手に頼るから遅いのだ! 誤差が出るのだ!」


ダ・ヴィンチは血走った目で辰吉に詰め寄った。


「部品の形を完全に『規格化』し、からくりの力で一瞬にして生み出す。……そのための構想は、すでに私の頭の中にある!」


***


その数日後。

定期視察に訪れた薫子は、ダ・ヴィンチから熱烈な「設備改修」の提案を受けていた。


「なるほど……。鉄の道を量産するために作った『連続圧延あつえんの転輪』。あれの隙間を極限まで狭めよ、と申すのでおじゃるな?」


「はい、薫子様! 分厚い鉄の棒ではなく、鉄や真鍮をまるで紙のように薄く、そして長く長く延ばすのです。それを芯に巻き取り、『筒状の金属の帯』を作りたいのです!」


薫子は扇子で口元を隠し、内心で驚愕していた。


『筒状の金属の帯って……絶え間なく型抜きをするための「巻帯まきおび」じゃない! 金属加工の基礎の基礎。さすがはダ・ヴィンチ、部品の連続生産には何が必要か、完全に理解しているわね』


「よいでおじゃる。転輪の隙間の調整は、職人たちに命じておきましょう。……なれど、その『薄く長い鉄の帯』を何に使うつもりでおじゃるか?」


ダ・ヴィンチは不敵な笑みを浮かべ、一枚の真新しい設計図を薫子の前に広げた。


「蒸気の力を使って、すべてを『打ち抜く』のです」


***


さらに数週間が経過した。


山科の工房の奥に、巨大で奇妙なからくりが鎮座していた。


それは、機関車を動かすための「蒸気シリンダー」を、横向きではなく『下向き(垂直)』に設置し、強固な鋼鉄の柱で支えた異形の代物であった。


下を向いた巨大なピストンの先端には、刀鍛冶の弥平が極限まで硬く鍛え上げた「鋼の金型かながた」が取り付けられている。


「さあ、見よ! これが『直動式蒸気打抜機じょうきうちぬきき』だ!」


ダ・ヴィンチの号令とともに、水車によって回る圧延の転輪から、薄く平らな「真鍮の巻帯まきおび」が、打抜機の金型の下へとスルスルと送り込まれていく。


「辰吉親方! 蒸気弁を、一気に開け!」


通訳の叫びと同時に、辰吉が主蒸気弁の太い引き手を全力で引く。


シュゴオオオオッ!!


高圧の蒸気がシリンダーの上部へ一気に流れ込み、数千貫すうせんかんという途方もない圧力がピストンを真下へと弾き飛ばした。


ガァァァァァァンッ!!!


大砲の発射音のような凄まじい衝撃音が工房を揺るがす。


ピストンの先端に取り付けられた鋼の金型が、真鍮の帯を恐ろしい力で押し潰し、そして「打ち抜いた」。


「プシューッ!」と蒸気が抜け、ピストンが上に引き戻される。


ダ・ヴィンチが金属の帯の端を引き寄せると、金型の下からは、寸分の狂いもなく切り出された「完璧な形の歯車」がポンッとこぼれ落ちた。


「なっ……!?」


辰吉は目を見開き、言葉を失った。


「次だ! 帯をずらして、もう一度弁を開け!」


ダ・ヴィンチの指示で、職人が真鍮の巻帯を少し前へ送り、辰吉が再び引き手を引く。


ガァァンッ!! ガァァンッ!! ガァァンッ!!


蒸気の噴出音と、金属が打ち抜かれる轟音が等間隔に響き渡る。


そのたびに、ピストンの下からは、全く同じ形、同じ重さ、同じ厚みの歯車や金具が、まるで滝のように次々と吐き出されていく。


「……嘘だろう、おい」


辰吉は、山のように積み上がっていく真新しい部品の山を見て、腰を抜かさんばかりに驚愕した。


「ワシら職人が、図面を睨みながら丸一日かけて削り出していた歯車が……瞬きする間に出来上がっちまう……。しかも、全部が全部、寸分の狂いもねえ完璧な形だ……!」


「これが『量産』という魔法です、辰吉親方」


ダ・ヴィンチは、油に塗れた顔を誇らしげに歪めて笑った。


「金属の巻帯と打抜機。この二つが組み合わさった時、我々は人間の手の限界エラーから完全に解放される。……さあ薫子様、このからくりの恐ろしさ、まだこれだけではありませんぞ」


ダ・ヴィンチは職人に指示を出し、ピストンの先端の金型を別のものへと交換させた。


「次は、部品を打ち抜くのではなく、金属の表面に『極限の圧力で模様を刻み込む』余興をお見せしましょう」


真鍮の帯が送り込まれ、再び蒸気弁が開かれる。


ガァァァァンッ!!


引き上げられた金型の下には、丸く打ち抜かれた一枚の真鍮の板があった。


薫子がそれに触れると、まだかすかに熱を持っていた。


「……これは」


薫子は息を呑んだ。

その小さな真鍮の円盤の表面には、先ほど完成したばかりの「黒鉄の馬」の姿と、精緻な歯車の模様が、恐ろしく立体的に、そして鮮明に刻み込まれていたのだ。


「『機関車完成記念の飾りかざりぜに』です。これほどの細かい細工も、数千貫の圧力を一瞬でかければ、金型の通りに寸分違わず複製できるのです」


通訳の誇らしげな言葉を聞きながら、薫子はその飾り銭を指の腹でなぞった。


寸分違わぬ形、寸分違わぬ重さ。そして、偽造など絶対に不可能なほどの精巧な浮き彫り。


『……これって、ただの飾り銭じゃない。これだけ完璧に同じ重さと形のものを一瞬で作れるなら、これはもう「新しい硬貨(お金)」そのものじゃないの』


薫子の脳髄に、歴史改変の稲妻が走った。


『待って。……常温の金属を圧力だけで変形させる技術が、この時代で、蒸気の力で実現できたっていうこと?』


彼女は巨大な打抜機と、残された真鍮の巻帯をまじまじと見つめた。


『薄い真鍮の板を、強い圧力で何度も押し込んで「深い筒の形」にする。……鉛の塊を、型の圧力で押し潰して「気泡の一切ない完璧な球体」にする。』


薫子の背筋に、冷たい戦慄が走った。


『……作れる。この打抜機と巻帯の量産工程があれば……アイツを、この時代に生み出すことができる!!』


「マエストロ……。そなたは、なんて恐ろしい化け物を産み出してくれたのでおじゃるか」


薫子は、手の中の美しい飾り銭を強く握りしめた。


「そなたの『完璧への執念』は……我が国に、最強の盾と矛をもたらすことになりましょうぞ」


鉄路という名のインフラの裏側で。

ダ・ヴィンチの純粋な発明は、薫子の現代知識と結びつくことで、次なる「戦争の概念を変える劇薬」へと変貌しようとしていた。

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