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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第5章:世界地図を塗り替えた日

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第105話:プロジェクトX 〜ボイラー爆発を越えて〜

山科の工業特区から少し離れた、周囲を土塁で囲まれた特別実験場。


そこには、巨大な鋳鉄製の円筒——ダ・ヴィンチの設計図をもとに組み上げられた「初期型の蒸気釜じょうきがま」が鎮座していた。


「よし! 石炭の量を増やせ! 圧力を上げていくぞ!」


ダ・ヴィンチが身振り手振りで叫び、傍らの通訳が声を張り上げて日本語に訳す。


油と煤に塗れた顔のダ・ヴィンチが、興奮気味に職人たちへ次々と指示を飛ばしていた。


彼の描いた「黒鉄の馬(高圧蒸気機関車)」を走らせるためには、従来の大気圧機関とは比べ物にならないほど高い圧力の蒸気が必要だった。


水を沸騰させ、蒸気釜の内に閉じ込められた蒸気が悲鳴を上げるようにうなり始める。


蒸気釜に取り付けられた圧力計の針が、じりじりと上昇していく。


『素晴らしい……! 理論通りだ。この圧力の蒸気をシリンダーへ送り込めば、数十トンの鉄の塊であっても軽々と——』


ダ・ヴィンチが確信の笑みを浮かべた、まさにその時だった。


メキッ、という不吉な音が、釜の表面から響いた。


「ん……? 今の音は……」


彼が眉をひそめた瞬間。


鼓膜を破るような大音響とともに、巨大な鋳鉄の蒸気釜が内側からの圧力に耐えきれず、大爆発を起こした。


熱湯と蒸気、そして鋭い鉄の破片が四方八方へと吹き飛ぶ。


「うおおおっ!?」


「逃げろ! 伏せろ!」


通訳の絶叫と職人たちの怒号が飛び交う。


周囲を囲む分厚い土塁と、職人たちが隠れていた防護壁のおかげで死傷者こそ出なかったものの、実験場は一瞬にしてもうもうたる白煙と惨状に包まれた。


静まり返った実験場。


白煙の中からよろよろと歩み出たダ・ヴィンチは、粉々に吹き飛んだ蒸気釜の残骸を前に、へなへなとその場に座り込んだ。


『まただ……。またしても、同じなのか……!』


彼の脳裏に、かつてフィレンツェで味わった絶望がフラッシュバックする。


『私の頭の中にある設計図は完璧だ。だが、この現実世界の「素材」が、私の思考の速度に追いついてこない! 鉄が弱すぎるのだ! これほどの高圧に耐えられる器など、この世に存在しないというのか……!』


天才は頭を抱え、絶望の淵に沈み込んでいった。


***


その数時間後。京都、室町幕府本庁舎。


薫子の執務室に、実験場からの早馬の知らせが飛び込んできた。


「ご報告いたします! 山科の特別実験場にて、南蛮人の蒸気釜が大爆発を起こしました! 幸い死傷者はおりませぬが、実験は完全に頓挫しております!」


報告を受けた薫子は、焦るどころか、深くもどかしいため息をついた。


『やっぱりね……。型に溶けた鉄を流し込んで作るだけの「鋳鉄ちゅうてつ」じゃ、どうやったって高圧蒸気には耐えられないのよ。硬いけれど脆い……それが鋳鉄の限界』


彼女は現代の知識として、初期の鋳鉄の蒸気釜が爆発事故を繰り返していた歴史を知っていた。


『でも、金属の結晶構造だの、引張強度の違いだのなんて、私が当時の言葉で論理的に説明できるわけがないし……。下手に口出ししてダ・ヴィンチのやる気を削ぐのも怖くて黙っていたけれど、案の定だったわね。ごめんなさい、マエストロ……』


現代知識があっても、専門的な根拠を提示できなければ「ただの勘」に過ぎない。薫子はそのもどかしさを抱えながら、事態を収拾すべく、傍らに控えていた部下へ鋭い視線を向けた。


「大至急、手配を頼むでおじゃる。堺の巨大大砲鋳造所から、一番の親方を。そして、相州伝の鍛冶場から、極限の鋼を打つ刀鍛冶の筆頭を。特急で山科の実験場へ呼び寄せなさい!」


「は、大砲と刀鍛冶、でございますか?」


「ええ。南蛮の天才の頭脳に、我が国の『素材の極致』をぶつけてみるでおじゃる!」


***


数日後、山科の特別実験場。


すっかり意気消沈し、残骸の前で項垂れるダ・ヴィンチのもとへ、薫子が手配した職人たちを連れて現れた。


「マエストロ。怪我がなくて何よりでおじゃったな」


薫子の言葉を通訳が南蛮言葉に直す。


「薫子様……。申し訳ありません。私の計算は合っているはずなのです。ですが、鉄を型に流し込んで作る『鋳物いもの』では、どうしても強度が足りず……」


力なく答えるダ・ヴィンチに、薫子はふふっと扇子で口元を隠して笑った。


「ええ。ゆえに、急ぎ専門家を呼び寄せました。彼らに、あなた様の蒸気釜を見せてやっておくれやす」


薫子の後ろから進み出たのは、対照的な二人の日本人だった。


一人は、火傷の痕が無数に刻まれた丸太のように太い腕を持つ、大柄で無骨な男。


もう一人は、痩せこけてはいるが、眼光が刃物のように鋭い、静かな男である。


「彼らは歴史に名を残すような名門の出ではおじゃりませぬ。なれど、幕府の資金でただひたすらに『鉄』と向き合い続けてきた、現代日本の最高峰……天才職人たちでおじゃる」


薫子の紹介を通訳が訳す。


大柄な男——堺の巨大な大砲鋳造所を束ねる親方である『辰吉たつきち』が、蒸気釜の残骸を足で小突いた。


「……なるほどな。型に流しただけの『なまくら』じゃあ、そりゃあ薄くすりゃあ内側から張り裂けるわな。南蛮の先生よ、あんた頭はいいんだろうが、鉄の『機嫌』ってやつを知らねえようだ」


辰吉のぶっきらぼうな言葉を、通訳が四苦八苦しながら南蛮言葉に直す。


「鉄の、機嫌だと……?」


翻訳された奇妙な表現に、ダ・ヴィンチが怪訝な顔をする。


すると今度は、眼光の鋭い痩せた男——相州伝の刀鍛冶として極限の鋼を打ち続ける男、『弥平やへい』が、残骸の断面を指先でなぞりながら静かに口を開いた。


「鉄は、ただ固めただけでは力を逃がせぬ。熱し、叩き、折り返すことで、目に見えぬ鉄の筋骨(結晶構造)を整え、粘り強い『はがね』へと鍛え上げねばならん」


「こんだけの圧力を閉じ込める筒を作るなら、ワシら大砲の作り方と、こいつら刀鍛冶の『鋼』の打ち方を組み合わせるしかねえな」


二人の職人の言葉を通訳から聞いたダ・ヴィンチは、目をぱちくりと瞬かせた。


「マエストロ」


薫子がダ・ヴィンチの前に歩み寄り、その顔を覗き込んだ。


「我が国の職人たちを、ただの『手足』と思わないでおくれやす。彼らは、素材と対話し、限界を超える術を知る『錬金術師』でおじゃる。彼らと知恵を合わせなされ」


通訳を介して伝えられたその言葉に、ダ・ヴィンチの青い瞳に再び強烈な光が宿った。


***


それからの数週間。


ダ・ヴィンチの工房は、かつてない熱気に包まれていた。


「いいか、南蛮の先生! 鉄ってのはな、叩けば叩くほど中に混じった不純物が抜け、強くなるんだ!」


刀鍛冶の弥平が赤熱した鉄を大槌で叩きながら叫び、通訳が必死の形相でダ・ヴィンチへ伝える。


ダ・ヴィンチは、火の粉を浴びるのも構わず、その凄まじい鍛錬の過程を食い入るようにスケッチしていた。


『なんという技術だ……! 金属の結晶構造を、打撃によって物理的に整え、強度と粘りを極限まで引き上げている! これなら、強い圧力がかかっても割れることなく耐え切れる!』


「辰吉親方! 弥平殿が鍛え上げた鋼の板を、私の計算した曲率で円筒形に曲げてください! そして、この『リベット(鋲)』を使って、板と板の継ぎ目を隙間なく、強固に縫い合わせるのです!」


ダ・ヴィンチが設計図を広げて熱弁を振るい、通訳が息を切らしながら大砲職人の辰吉に指示を出す。


「おうよ! 大砲の砲身よりデカい筒を作るんだ、腕が鳴るぜ! 隙間から湯気が漏れねえように、きっちりカシメてやる!」


ルネサンスの最高峰の頭脳と、ジパングが誇る伝統の職人技。


間に入る通訳が言葉に詰まることもあったが、彼らは図面と身振り手振り、そして「究極の機械を創る」という情熱だけで、言語の壁を超えて完璧に結びついていった。


***


そして、ついに二回目の燃焼テストの日がやってきた。


実験場の中央には、弥平が鍛え上げた鋼板を、辰吉ら職人たちがリベットで幾重にも縫い合わせた、無骨で強靭な「新型鋼鉄蒸気釜」が鎮座していた。


「火を入れろ!」


通訳の叫び声と共に、ダ・ヴィンチの号令で再び釜に火が焚かれる。


水が沸騰し、蒸気の圧力がぐんぐんと高まっていく。


前回、鋳鉄の蒸気釜が木っ端微塵に吹き飛んだ圧力を超える。


だが、鋼鉄の蒸気釜は、キシキシと微かに軋む音を立てるだけで、びくともしない。


「さらにだ! さらに石炭をくべろ! 限界まで圧力を上げろ!」


ダ・ヴィンチが叫び、通訳がそのままの熱量で日本語を放つ。職人たちも固唾を呑んで圧力計を見つめる。


針は、ダ・ヴィンチが設計上で定めた「最大稼働圧力」の赤い線に到達した。


釜から、シュゴオオオオッ! と、余剰蒸気を逃がす安全弁が作動する力強い音が鳴り響く。


「……耐え切ったぞ! 割れねえ!」


辰吉が拳を突き上げて叫んだ。弥平も静かに深く頷く。


「素晴らしい……! ついに、私たちが勝ったのだ!」


ダ・ヴィンチは顔を覆い、感極まって涙を流した。


「マエストロ! 喜ぶのはまだ早くてよ!」


防護壁の後ろから、薫子が満面の笑みで叫んだ。


「せっかく溜めたその蒸気……外へ逃がすだけではもったいないでおじゃる! 隣のシリンダーへ繋ぎなされ!」


通訳の言葉を聞いたダ・ヴィンチが、ハッと顔を上げる。


「おお、そうだ! 蒸気弁を開け!」


ダ・ヴィンチが叫び、職人が蒸気管の弁を勢いよく回した。


シューーーーッ! ガコンッ!!


高圧の蒸気がシリンダーへ一気に流れ込み、強大な圧力で内部のピストンを力強く押し出した。


その直線運動が、クランクを通じて、横に設置された巨大な「動輪」へと伝わる。


ギギッ……ゴトンッ。


シュッ、ゴトンッ。シュッ、ゴトンッ!


蒸気がリズミカルに排出される音とともに、大人の背丈ほどもある重厚な鉄の車輪が、外部からの力に一切頼ることなく、自らの力で力強く回転を始めたのである。


「回ったああああっ!!」


職人たちが歓声を上げ、抱き合って喜ぶ。通訳の男も涙を流して職人たちと肩を組んだ。


ダ・ヴィンチは、力強く回り続ける車輪の前に膝をつき、まるで神の奇跡でも見るかのように、ただただ呆然とそれを見つめていた。


『私の……夢が……今、目の前で息をして、動いている……』


「お見事でおじゃる、マエストロ・レオナルド」


薫子は、もうもうと立ち込める白い蒸気の中で、歴史が劇的に動く音を確かに聞いた。


「これで心臓と足腰はできました。次は……これを『走らせる』ための、更なる調整におじゃりますな!」


第一の壁は、天才の頭脳と日本の職人魂の融合によって、見事に打ち砕かれたのである。

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― 新着の感想 ―
再開おめでとうございます さて蒸気機関が完成すれば鉄鋼の需要は鰻登りで伝統のタタラ製鉄では需要を賄いきれんが 其処でこの時代製鉄で最先端を行く明朝の存在よ 宋代からのコークス利用した高炉火入れによる…
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