第20話,ルイ16世の善意
処刑人の家に生まれ、フランス革命前後のムッシュ・ド・パリ(処刑人)であり医師であったシャルル=アンリ・サンソンの物語。
フランス史上一番多くの処刑を執行した彼の数奇な運命を描きます。
フランス革命編です。
「地獄への道は、いつだって善意で舗装されているんだ。」
1981年の地下室。父さんは、古い設計図のコピーを指でなぞりながら、ひどく皮肉な笑みを浮かべた。
「史上最も効率的な殺戮機械は、狂人の悪意から生まれたんじゃない。『誰も苦しませたくない』と願った、三人の優しい男たちの手で生み出されたんだよ。」
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1789年末、国民議会。
一人の医師であり議員でもある男、ジョゼフ・ギヨタン博士が演壇に立ち、透き通るような声で高らかに演説をぶっていた。
「犯罪者の身分がいかなるものであろうと、刑罰は同一であるべきです。特権階級の剣も、平民の絞首の縄も廃止し、すべての死刑は『機械』によって、一瞬で、苦痛なく行われるべきである。」
議場は、割れんばかりの拍手喝采に包まれた。自由と平等を謳う新時代にふさわしい、人道的な提案だった。
だが、喝采を浴びながら、ギヨタン博士は内心で血の涙を流していた。
(……本当は、死刑制度そのものを完全に廃止したかった。だが、血に飢えた今の議会でそれを口にすれば、即座に反逆者として首を刎ねられる。だからせめて、人間から野蛮な苦痛だけでも取り除きたかったのだ。)
それは、彼なりのギリギリの妥協であり、切実な「祈り」だった。
法案は通ったが、それを具現化する「機械」の設計は難航した。
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そして1792年の4月。テュイルリー宮殿の薄暗い一室にて、歴史の運命を決める三人の男が、一枚の図面を囲んで密かに顔を合わせていた。
設計に行き詰まったギヨタン博士。
機械工学に通じる国王、ルイ16世。
そして、王のたっての希望でこの場に呼び出された処刑人、アンリ・サンソンである。
「……サンソン。あの日の謁見を覚えているか。私はそなたに、身分を問わない平等で苦痛のない裁きを約束した。その答えを、今ここに出そうと思うのだ。」
事実上の軟禁状態にありながら、ルイ16世の目は、かつてのように理知的な職人の光を宿していた。
ギヨタン博士が、テーブルの上に図面を広げた。
「サンソン君。これが私が設計した処刑機だ。二本の柱の間に、重い『三日月型(半円形)』の刃を吊るし、滑車で落として首を切断する。これなら一瞬だ。」
ギヨタン博士の目には、人命を救う医師としての真摯な光があった。サンソンには、彼が内心では死刑に反対していることが、同じ医師として痛いほどよくわかった。
(……ええ、博士。私もあなたと同じです。不完全な人間が他者を裁くなど間違っている。人は生きてこそ神に懺悔できるのですから。)
サンソンは内心でそう呟きながらも、表情は一切崩さなかった。
彼は図面を一瞥し、処刑人としての冷徹な「仕事人の声」で言い放った。
「……机上の空論です。不採用だ。」
「なんだと?」
「博士、あなたは人間の首の骨(頸椎)の硬さを軽視している。罪人の首の太さは千差万別だ。この三日月型の刃では、太い首の骨に確実に食い込んで途中で止まる。結果、二度三度と重い刃を引き上げては落とす、凄惨な拷問に変わりますよ。」
サンソンは淡々と事実だけを告げた。
少しでも余計な苦痛を与えないためには、現場のプロとしてこの欠陥を指摘せざるを得なかったのだ。
部屋に重い沈黙が落ちた。ギヨタン博士が青ざめて俯く。
「では、どうすればいい。完璧な機械など作れないのか……。」
その時だった。
二人のやり取りを静かに聞いていたルイ16世が、テーブルの上の羽ペンを手に取った。
「サンソン。そなたの言う通り、人間の骨は硬い。円形の刃では力が中央に逃げてしまうな。」
王は図面を見つめ、何かに憑かれたようにスラスラと、三日月型の刃を打ち消す直線を引いた。
「刃は『斜め』に傾斜させたまえ。」
「……斜め、ですか。」
「そうだ。刃を斜めにすれば、ギザギザのノコギリを引くように力が一点に集中し、対象を滑るように切断できる。これなら、どんなに太い首の骨でも、コンマ数秒で確実に切断できる。誰も無駄な苦痛を感じずに済むはずだ。」
王は顔を上げ、サンソンに向かって、ふっと穏やかに微笑んだ。
それは、精巧な時計の設計ミスを直してあげた職人のような、純粋で無邪気な「善意」の笑顔だった。
(……ああ、陛下。あなたは何ということを。)
サンソンは小さく頷きながら、背筋が完全に凍りつくのを感じていた。
王は、本当に民を愛している。「誰も苦しませたくない」と心から願っているのだ。
だが、死刑を憎むギヨタン博士の「祈り」と、サンソンの「解剖学の知識」、そして王の「純粋な合理主義」。
三人の優しい男たちの善意が最悪の形で噛み合った結果、人間が神に祈る時間すら与えない、恐るべき『完璧な殺戮機械』がここに産声を上げてしまったのだ。
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数日後。パリ郊外で行われた試運転で、斜めの刃は見事に羊と死体の首を刎ね飛ばした。
歓喜する役人たちの中で、サンソンだけが血の滴る斜めの刃を冷ややかに見つめていた。
(感情を殺せ。私はただレバーを引く、この機械のパーツだ。)
――人道的な機械――
人間が人間を裁く重みも、神への懺悔も、もうそこにはない。
彼は自分の中にある人間としての葛藤を、冷たい刃と同じ絶対零度へと完全に凍らせた。
だが、その斜めの刃をデザインした優しき王ルイ16世は、まだ気づいていなかった。
自らが善意で完成させたその「完璧な刃」が、やがて自らの首を無惨に落とすために使われるという、歴史のあまりにも醜い皮肉に。
ルイ16世の皮肉なエピソード。
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