兄弟withエンピツ
「ピッさん」
ヒロトは部屋に帰ってくるなり、きまり悪そうにベッドに座って話し始めた。
「大会最後の試合の10分、消化試合だけど出られた」
オレは黙っていた。無視じゃない。もっと話せと無言で伝えているつもりだ。
「前にピッさん言ってたよね。自分に何が足りないか考えて練習しなきゃ成長できないって。僕、パスが下手だったんだ。パスの下手なサッカー選手なんて致命傷だよね」
ヒロトは笑う。エナメルバッグから土の匂いがする。
「だから、僕練習したんだ、パスを。自主練で。届けたいところにボールを蹴る。基本的で大切なことなのに、よく今までないがしろにしてたよね」
「そうか」
久しぶりに、オレもヒロトと口を利く。
「コーチに最後、一人ずつ言葉をもらったんだけど僕には『赤ん坊がいきなり六年生になったな』だって」
「机の上、見てみな」
ヒロトは言われた通りに机を見た。
「兄貴の字だ……」
初めてヒロトの口から、兄貴という言葉を聞いた。
「読んでくんねえか。何書いたか、エンピツのオレには角度からして見えねえ」
ヒロトが原稿用紙を手に取る。
靴紐を結ぶ今すぐ駆け出せる探さなくとも僕はここにいる
口の上手い弟&ガラの悪いエンピツへ 短歌はじめました、by拓海
ヒロトの声は震えていた。すると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「ヒロ、ちょっといいか」
ドアを開けたその少年は、髭も剃って髪を短く切ったタクミだった。
「とりあえず、高卒認定試験に向けて勉強するわ。高校、後輩と受け直すの嫌だし」
右手に参考書を持ったタクミにヒロトはすげえ勢いで近づいた。
「バカ兄貴、バカ兄貴……」
ヒロトがタクミの左肩を何度も叩く。タクミが、ゴメンな、ゴメンな、と繰り返す。
エンピツは涙を流せない。だから、オレがもし人間だったら泣いていたかなんて考えるだけ無駄だぜ。




