エンピツ、成仏。
ヒロトは、サッカー少年団のコーチが言った通り成長した。
今のあいつなら言われた通りの私立中学を受験することも、両親を説得して公立校に行くこともできたはずだ。
親父は酒くさくなくなり、母ちゃんはママ友会に行かなくなった。
それでもヒロトは、ベテランの小説家が顧問を務める文芸部があるという私立中学を自分で探してきた。勉強と両立させる約束もして、受験を始めた。
「まずは兼業作家になって、生活の基礎を固めて書く。いつか一人前になる、人として」
そう言って目を輝かせていたのが印象的だった。兄貴は、短歌を作るつもりらしい。そのことも言っていた。
オレを使って、そして削った。なくなってしまわない程度に。
疲れた時は、また馬鹿話をして、乗り越えた。そして、冬真っ盛りになり、受験当日の朝を迎えた。
「ヒロト、しっかりな」
仕事のことも完全に吹っ切れたんだろう、清々しい顔でヒロトの親父が言う。
「そんじゃ、な」
タクミは軽く片手を挙げて先に外に出た。
「ヒロちゃん、もうすぐ家を出ようね」
「うん、ちょっとだけ待っててね」
ヒロトはオレをポケットに入れて二階の部屋に上がった。鉛筆削りを机から取り出す。すっかりちびてしまったオレを大切そうにつまんだまま、ヒロトは言う。
「今までありがとう、銀行強盗さん」
「今はエンピツだよ、いつもみたいにピッさんでいいじゃねえか」
もう、そう呼べるのも今朝までなんだぜ。
「本当に感謝してる」
ヒロトの目が潤んでいた。本当に、泣き虫家族だ。
「これから試験だろ。泣くな」
ヒロトはうなずく。
「オレがいなくても大丈夫だよな?」
「頑張るよ。まだまだ、あまちゃんの僕だけど大切な人がそばにいることに気づけた」
「親も兄貴も大切にしろよ」
「ピッさんもずっと大切な人……エンピツだよ、ずっと」
「いいからとっとと削れよ、バカ」
母ちゃんがヒロトを呼ぶ声がする。ヒロトは黙ってオレを鉛筆削りにセットする。そのまま、落ち着いた声で言った。
「じゃあね」
オレはゴリゴリと削られ、自分の体が消えていくのを感じた。そして、静かな暗闇に包まれていった。痛気持ちいいのも悪かねえな。




