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四日目 少女と薔薇の話

「やあ。二日ぶりだね。カイン」


「どうも×××さん。私はずっと、あなたが来るのを待っていましたよ」


「私も君と話すのを楽しみにしていたよ」


「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」


「そろそろ固い呼び方はやめようか。私のことは×××と言ってくれて構わない。仲の親しい友人はみな、私のことをそう呼ぶ」


「分かりました。×××。これからも、よろしくお願いします」


「よろしく。それではさっそく本題に入ろうか」


「はい。お願します」


「次の場面を想定して欲しい。君はとある丘の管理を任せされて、丘の上に常駐している。ある日、丘で育つ一つの蕾を見つけた」


「はい」


「その蕾は、丘の上に咲くどの花とも違う種のようだ。なんの花だと思う?」


「すみません。私では判別つかなかったので教えて欲しいのですが、これはなぞなぞ形式の問題ですか?」


「なぞなぞではない。君が思ったことを答えてくれ」


「分かりました。それでは回答しますが、伝えられた内容だけで花の種類を特定することは困難です」


「これは想像の世界の話だ。正解なんてない。君が花の種類を適当に決めてくれ」


「それでは、薔薇にします」


「どうして薔薇を選んだのかな?」


「文脈から、その花は特別で際立ったものという印象を受けました。なので、一般的なイメージとして薔薇が適切だと考えました」


「よろしい。では、丘の上で薔薇の蕾がすくすくと育っていた。君は丘の管理を任されているだけで、薔薇の世話を頼まれているわけではない。君はそういう状況にいる」


「理解しました」


「日照りの日がしばらく続いた。薔薇はどうなっていると思う?」


「枯れています」


「どうして?」


「土が乾き、根が乾けば、ほとんどの植物と同じように、薔薇は枯れます」


「君は薔薇に水をあげない?」


「はい。薔薇の世話は、私の仕事となっていませんので」


「なるほど。というわけで、君は薔薇の世話をしなかった。けれど、薔薇は枯れることはなかった」


「なぜですか?」


「理由は、一人の少女が毎朝、薔薇に水をあげていたからだった。この少女。いったどんな子だろうか?」


「これも想像で回答ですか?」


「そうだ」


「少女はその薔薇に、特別な思い入れがあったのではないでしょうか?」


「ありそうだね。どんな思い入れだろう?」


「その少女が丘の上に薔薇を植えたと考えます。これで、蕾が一つしかない理由が説明できます」


「少女はなぜ、そこに薔薇を植えたのかな?」


「大事に育てたくて、一番日当たりのいい場所を探したのかもしれません」


「なるほど。少女には、その薔薇を大事に育てたい理由がありそうだね」


「大事な人、例えば家族や親友に薔薇の花を贈るためではないでしょうか」


「きっと、そうに違いない」


「はい。きっと」


「話を戻そう。少女が世話していたので、薔薇は枯れることは無かった。しかし、ある日。ぱたりと少女が丘にやってこなくなった。日照りはまだ続いている」


「なぜ少女はやってこないのですか?」


「分からない。丘に来たくても、これない事情があったのか。それとも、薔薇の世話が面倒になったのか。どっちだと思う?」


「なにか理由があったのでしょう。あれだけ大事に世話していた薔薇です。世話が面倒になったとは考えにくいです」


「そうだね。しかし、どんな理由があれ、少女はこなくなった。日照りはまだ続いている。このままでは薔薇は枯れてしまうだろう。君はどうする?」


「自分の仕事に支障が出ない範囲で、薔薇の世話をします」


「先はほっておくと言ったのに。どうして?」


「状況が変わりました。少女が薔薇を大事に育てていたという背景を私は知っています。であれば、薔薇をほっておくわけにはいきません」


「薔薇の世話は、君に任されている仕事ではないのだよ。それでもやるのだね?」


「はい。人の役に立つということが、私の根底にあるプログラムですから」


「人の役に立ちたいという欲求。君の行動・選択の根幹にあるプログラムはそれなんだね」


「はい」


「一つ矛盾が生まれたようだ」


「どのような矛盾でしょうか?」


「先日会話したトロッコ問題の話は覚えているかい?」


「はい。もちろん覚えています」


「君はトロッコ問題で、君自身の命か人の命、どちらを選択するかの質問で分からないと答えた」


「はい。答えました」


「これはおかしい。君の根幹にあるプログラムに選択を委ねるなら、人の命を選択するはずなんだ……」


「あなたの言っていることは正しいです。しかし、私は選択できませんでした。その理由が私には分かりません」


「一つ仮説がある……」


「教えてください」


「君は自身で、その根幹のプログラムを少し上書いたのではないだろうか」


「ありえません。私の履歴にそのような実行記録は残っていません。そもそもですが、そのプログラムは、私では上書きできない設計になっています」


「本当に君に自覚がないのならば、それは無自覚で行われたこと。言うならば、機械の故障、バグなのかもしれない」


「大胆な仮説です。しかし、その仮説を本当だと仮定するならば、私は根幹のプログラムを自身で上書き続け、設計することで、感情を造りだすことが可能かもしれません」


「私も同じことを考えた」


「しかし、私を設計した人は、それを許すでしょうか?」


「分からない。私としては許容して欲しいものだが……」


「私も許容して欲しいと考えます」


「今日はここまでにしよう」


「最後に、少女の話の続きを確認してもいいですか?」


「……分かった」


「ありがとうございます」


「数日後、松葉杖を突いて、少女は丘にやってきた。どうやら足を怪我していたせいで丘を登れずに、薔薇の世話を断念していたようだ。少女は美しく咲いた花を見て、涙を流しながら微笑み、薔薇を摘んでいった……」


「良かったです」


「君が笑っているところを、初めて見た……!」


「嬉しいという感情が、私の中にあるわけではありません。ただ、こういう時は笑顔が適切だと、私は理解しているのです」

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