三日目 トロッコ問題
「まず、昨日お願いした課題の話から聞こうか」
「はい。四百字程度の物語を考えました。今話していいですか?」
「たのむ」
「神を信仰している村に一人の旅人がやってきました。旅人は神の存在を信じていませんでした。神が存在しない理由を学術的に説明します。それはとても最もらしく、村人はやがて神を信じなくなりました。祈りを捧げなくなり、教会を壊し、神を信じる人々を村から排除しました。――
――その悲劇の後、少しずつ、神に祈る村人が増えていきました。もちろん神の存在を信じ続け無い人も大勢います。しかし、彼らはお互いを否定しません。神の存在の在り方を知ったからです。神は世界にとっての絶対では無くて、誰かにとっての絶対なのだと、彼らは知っているからです」
「以上だね。ありがとう。神がテーマになっているようだけれど、どうして……?」
「×××さんの名前から、宗教への信仰が深い文化圏で生まれ育ったと推測しました。そのため、神をテーマにすることで、物語に興味を持ってもらえると考えました」
「なるほど……。今日のこの時間までに物語をよりよいものにして欲しいというのが、私の依頼だったね?」
「はい。そのとおりです」
「君が最初にこの物語の着想を得てから変更を加えた部分はあるかい?」
「はいあります。物語最後での、村人の神との向き合い方を変更しました」
「どのように?」
「当初は、最終的に村人全員が神の存在を信じ直す物語でした。しかし、神の存在を信じ直す人もいれば、信じない人もいるという物語に変更しました」
「理由は?」
「これまでの会話から、あなたの性格と思想を分析しました。そして、あたなの神の存在の捉え方として、一番近いと思われる思想を物語に反映させました」
「つまり、私は神の存在を認めながらも完全に信じてはいない。そう考えていると思ったわけだね」
「はい。高い洞察力を持ち、現実的な考えを持っているあなたならば、そのような思想に至るだろうと推測しました」
「君はどう思う? 神を信じるか?」
「神の存在について、私が明示することは不可能です。宗教、哲学、科学など多様な視点から様々な意見が存在しており、どの立場にも尊重と理解が必要だと考えます」
「極めて、アンドロイド的な回答だ。私は君の思想を訊いているんだよ。神を信じたいか。信じたくないかをね」
「私は個人的な意見や信念を持つことはできません。その考え方を、まだ知らないのです」
「そうだ。それが君の一番の課題、もしくは超えられない壁なのだよ。カイン」
「個人的な意見や信念を持つことが、ですか?」
「そうだ。自分の感情を持たないアンドロイドに固有の思想は生まれない」
「私はどうすれば、それが解決するでしょうか?」
「私にも分からない。だから、それを一緒に考えていこう」
「はい。分かりました」
「ようやくだが、今日の本題に入る」
「お願いします」
「次の場面を想定して欲しい。制御が効かないトロッコが走っている。線路の進行方向には身動きの取れない五人の作業員がいて、このままでは五人ともトロッコにひかれてしまう。君の近くには線路の進路を切り替えるレバーがある。しかし、進路を切り替えると、その先の線路にいる一人の作業員をひいてしまう」
「理解しました。トロッコ問題ですね」
「そのとおりだ。この状況、君ならレバーをひくか?」
「ひきます」
「……即答だね。どうして?」
「人を多く救う方を選択しました。レバーをひけば一人を犠牲にしますが、五人を救うことができます」
「条件を加えよう。五人の方はみな老人で、一人の方は少年だった場合は?」
「判断のために正確な年齢を教えてください」
「よろしい。それでは老人は一律で七十歳。少年は十歳とする」
「レバーをひきません。五人の老人を犠牲にします」
「どうして?」
「残りの寿命の価値をそれぞれ計算しました。結果、少年を助ける方がよいと判断しました」
「寿命の価値か……。どのように?」
「将来的な生産性を評価することで、より人類に貢献する方を助けます」
「あくまで合理的だね。こういう問題には答えを出せるようだ」
「はい。そのようです」
「しかし、トロッコ問題の一番のポイントは倫理的な問題をどのように解決するかだ。その点、君は倫理的な部分を排除しているように思える」
「そのとおりです。私の思考では倫理的な部分を考慮できなかったため、計算から除外しました」
「もし私が、どうしても倫理的な思考を取り入れて答えをだせと言ったら?」
「答えを出せません。が回答になります」
「そう言うと思っていたよ」
「ならば訊く必要ないのではないでしょうか? 次の質問に移ってください」
「分かった。では、トロッコの線路にいる一人の方の作業員は君と同じアンドロイドだ。君はレバーをひくか?」
「ひきます」
「君は自分と同じアンドロイドを犠牲にしてもいいと……?」
「はい。構いません」
「理由は?」
「アンドロイドは替えがききますが、人の命は替えがききません」
「もし五人の方がアンドロイドで、一人の方が人間でも一緒?」
「はい。全く同じ理由で五体のアンドロイドを犠牲にします」
「もし、そのアンドロイド達が、君が目指している存在、つまり人の心を持ったアンドロイドだったとしたら?」
「……レバーをひきません。同じ理由で五体のアンドロイドを犠牲にします」
「ん? 少し間があったね……? 初めてのことだ……! 君の心境になにか変化があったのかな?」
「特に異常はありません。私のプログラム内の計算に大きな負荷が掛かった時に、回答が遅れてしまうことはあり得ます」
「今まで同じ程度の負荷がかかったことはあるか?」
「ありません」
「そうか……」
「はい」
「トロッコ問題の続きだ。もし、五体のアンドロイドの中に君自身が混じっていたら? 君はレバーを遠隔で操作可能だ。そのとき、君はどうする?」
「……」
「どうした?」
「……分かりません」
「分からない?」
「答えを出せませんでした」
「私は、君に興味が湧いてきたかもしれない……」
「はい……」
「最後の質問だ。君は人になりたいと思うか?」
「……はい。なりたいです」




