第140章 聖竜物語 疾走! 千手観音Gブツダム 140-1 伝説の聖火走者
走っていた。
彼はただ走っていた。
そうする事に、特に理由などはない。
強いて言うなら彼が聖火ランナーだからだ。
特に何も考えていない。
だって、只の自立行動型ヒナダムGなのだし。
更に言うならば、単に出番が短いのが嫌だったのだ。
このまま星を一周し、さらにゴールを突き抜けて振り切れば、もう一周できる。
今彼が狙っているのは、まさにそこだ。
今は地軸に対して水平に回っているが、二週目は縦方向に回る極点巡りも悪くないと思った。
出発地点が赤道上ではないので、一周目は距離的には些か物足りない。
惑星を縦に回れる二周目は、ちゃんと一周四万キロメートルある。
きっと悪くない旅になるだろう。
キロメートルという距離の単位はその惑星の大きさからとって決められた物なのだから。
千手観音という物は上半身に重量が集中し、重心が高いため非常にバランスが悪い。
そのため、この千手観音ジャイアントも特にバランスコントロールに留意して作られている機体なのだ。
故に全力疾走で走り続けても、見事なまでのバランスと黄金色の美しいフォームを見せつける事が出来る。
見た目があれなので非常にシュールな光景なのではあるが。
そして御隣の帝国との国境に流れる数キロの幅を持つ大河、エール川を一息に渡ろうと思いっきり踏み切ったのだが、途中で川ヘビに襲われている大型筏を見つけた。
すかさず空中を蹴り、そして強引に方向を転換する巨大な仏。
仏だけに仏心が湧いたのだろうか。
いや、単に格闘戦士ヒナダムの本能に火がついただけなのか。
あるいは、彼もまたあの副園長先生から受け継いだ船橋武の魂を宿すコピー魔核を持つ者の一人だったからか。
その筏の上では数人の子供達が悲鳴を上げていたのだ。
今まさに子供に襲い掛からんとしたBランクの魔物は、一瞬にして首を撥ねられて成敗され、収納されていった。
周辺の筏も襲われているのを認識したので、彼の戦士は目をピカリっと光らせた。
今しがた助けたばかりの、口をあんぐりと開けている子供達に片手? の指二本でピッと挨拶すると水面を疾走し、そして跳躍した。
そして川面に着水したかしないかで、彼奴等全ての鎌首を刈り取っていった。
当座の敵を一匹残らず片付けると、呆然とする人々を残し彼は立ち去った。
まだ聖火ランナーとしての使命が残っているからだ。
奴らの鉄錆び臭い血潮は、しばらくの間は魔物避けの使命を果たしてくれる事だろう。
もっとも、本来ヒナダムGの大会において、聖火ランナーの役割は場内一周なのであったのだが。
しかし、そんな事で満足出来るわけがない。
と言いながら、その正規の仕事すらも端折ってきたくせに。
霊的なリンクで繋がっている歴代千手観音の疾走魂が疼くのだ。
彼らも熱い情熱に突き動かされるまま、きっと今もこの大地のどこかを走り続けている事だろう。
この世界にも仏の救済を待っている人がいるに違いないと思うと、彼も走らざるを得ないのだ。
それはおそらく、オリジナル魔核の製作者である船橋武もまた、仏教国である日本人であったからに他ならないのだろうが。
いや単に、あの船橋武のハイテンションが製作物にも一種の遺伝子として伝わっているからなのに違いない。
そして突っ切っていく。
数百キロメートルを走破して辿り着いたベルンシュタイン帝国の皇宮を。
たまたま宮殿の中庭で茶会を開いていた皇帝ドランは、カップを手にしたまま固まった。
「有り得ない物を見た」というような、二枚目の彼が日頃は見せない貴重な表情を客に披露していたが、彼の愛する皇后陛下は言いたもうた。
「園長先生、御元気で頑張ってらっしゃるみたいね」
それを聞いた彼も納得の笑顔になり、こう答えた。
「ああ、あのおっさんは相変わらずのようだな」
彼の客人方は呆然としていたが、その会話に得心したようだった。
他にあのような非常識な代物を作る人間が、この世界にいるとは思えないのだし。
その製作物の行動の無意味さも合わせて。
そう、その作り手の御節介焼きな部分もまた、彼『千手観音ヒナダムGブツダム』の魂には刻み込まれているのだろう。
そして道中では道の端から崖下へと落ちかけていた馬車を見つけた。
中からは複数の幼気な子供の悲鳴が聞こえてくる。
勢いよく飛んでいたので通り過ぎてしまったが、仏イヤーでそれを聞き逃さず、瞬時に空気を蹴り方向を転換してテンかイタチであるかのように逆方向へと戻るや否や、馬車を支えて道へと戻してやった。
馬にも回復魔法がかけられて無事に現状回復がなされた。
さすがにそのあたりは、高機動型ヒナダムであるヒナダムGであった。
その中でも競技参加機体ではないため、なんとあのレギュレーションに縛られない園長先生専用機アルダム同等の性能を無駄に誇るのであった。
物騒な『手数』があるだけ更に強いのかもしれない。
御者はしばし「信じられない物を見た」という顔で目の玉を極限まで見開いていたが、やがて帽子を取って胸に当てながら恭しく感謝の念を込めて彼の者を見送った。
それが何者であれ、彼らを助けてくれた救世主には違いないのだから。
そして、走る走る走る。
休憩などは一切必要ない。
ヒナダムに疲れなどはない。
大概は操縦者が疲れて動けなくなるだけなのだ。
操縦者を必要としない自立型ヒナダムである彼には休息など一切不要だ。
悟りの道はまだまだ遥か彼方。
仏の道は尽きぬ修行の道。
別に本物の仏ではないので、そんな物を求める必要はないのだが、彼は現在絶賛求道の道をロールプレー中なのであった。
本来そういうものは仏門に入った僧の役割なのであって、本物の仏本人が果たす役割ではないのだが。
性格が丼なのは、元となった魔核の製作者と彼自身の製作者からの由来である。




