138-15 海のカウボーイ
「ねえ、パパ。
かには?」
そう言って御茶碗と御箸を持ったまま、やや不満そうな表情をしているうちの娘。
ああ、そろそろ本気で蟹を獲らないとな。
毛蟹漁は毎年恒例の行事になってきているので、ついついダレてしまっている。
「じゃあ、そろそろ漁に行くか。
なあ、シド」
「ええ、今年も大漁を目指しましょう」
「せっかく来たんだ。
ドワーフ蟹鍋を食って帰らないとな」
激しく同意を示して、首をぶんぶんするうちの娘。
この子は、だんだんとドワーフ飯の虜になっていくようだった。
まあ、その辺は俺も一緒なんだが。
特に酒を飲む分は余計にね。
「今度はどうなさるのです? 公爵」
「決まっているさ。
いでよ、我が海の騎士団」
なんのことはない、ただの水中ゴーレム隊なのだが、今回の奴等は一味違うぜ。
そこにいたのは、馬に乗った『ライダー』達だった。
「どうだい?
捕獲を担当するものと移動を担当するものとを分けてみたのさ。
今までの水中ゴーレムは水中での移動能力に固執し過ぎていて、捕獲というか戦闘というか、そのあたりの力が些か弱かった」
「うむ、それはよいのだが、アルよ。
それは一体なんだ」
「ああ、これか? 馬だ」
馬は馬でも『海の馬』だ。
陸上最強の生物、河の馬を用意する事も考えたのだが、水中というか海中であれはな。
というわけでシーホース、海の馬が登場したのだ。
「それ、只のタツノオトシゴじゃん!
確かに英語じゃシーホース、海の馬って書くんだけど。
園長先生!
どうせなら、せめてギリシア神話に出てくるヒッポカムボスにしようよ!」
「あれはなあ、なんていうかこう騎乗スタイルにおけるビジュアルが今一なの。
それとも何か?
トーヤ、まさかお前はタツノオトシゴが嫌いだとでもいうのか?」
「う……」
これは結構トーヤの御気に入りで、ケモミミ小学校やケモミミ幼稚園の水槽でも大小様々な種類が飼われていて、他の小学生や園児にも大人気なのだ。
まあ、中二病の入り口に差し掛かっているトーヤとしては、ヒッポカムボスと比べたら微妙な選択だったろうか。
奴も地球のギリシア神話は大大大好物なのだ。
「これ、案外と海中で乗り回すのに便がよくてな」
そして上に乗ったライダーは『カウボーイ』なのさ。
そう、あのジョニーの人化スタイルと同じ普通のカウボーイだ。
「海の馬に乗ったカウボーイ。
別に不思議でもなんでもあるまい」
「いや、それ本当に微妙……」
「うるさい。
とにかく行くぞ。
番人である巨大クラゲは倒したんだ。
今度こそ本気で奴らを攻める」
俺は強引にシーホース部隊を攻めに行かせた。
親方達は様式美に則り、しゃしゃりでるなどという不粋な真似はしない。
そして大蟹鍋の準備に取り掛かったようだ。
さすがに鍋が大きいので、生け簀船と同型である工作船の方でやってもらった。
この人外である連中は、俺が作ったあの毛蟹用の直径三十メートルはある大鍋を苦も無く扱える。
後は獲物を狩るだけなのだ。
うん、そっちの支度は任せたぜ。
でかい鍋だから準備のし甲斐もあるってもんだ。
今回は俺もタツノオトシゴに乗って一緒に出る。
「行くぞ、ものども~」
「おー!」
ハッと気がつくと、カウガール姿の沖田ちゃんと斎藤ちゃんが一緒に来ている。
昔、名古屋で市長選挙に出た大馬主の美人の娘さんが、街頭演説をしている大好きな父の応援のために真っ赤っかなビキニのミニスカ・カウガールという物凄い格好をなさっていたのを目撃したことがあったが、こいつらは普通のカウボーイ・スタイルだ。
どちらかというと、真理の方が派手な格好をしたがる気がする。
俺達は海の馬の手綱を引き、ぐいぐいと潜っていく。
深く暗い海。
そして水温も下がるが、俺達の周囲は耐熱耐寒及び耐圧防水の魔法のシールドで覆われており、どうという事もない。
水中呼吸の魔法も完璧であった。
もうさすがに、俺も昔ながらのごつい潜水服を着ようなどとは言わない。
視界は悪いが、俺やゴーレムの目ならかなり見える。
気付かれないようにライトは点けずに魔法で探知していく。
いた。
きっと待ち伏せしているんだな。
だからクララが挑発に来たのだ。
待ち伏せているのに、ちっとも俺達が来ないから待ちくたびれたのだろう。
「よし、かかれ~」
散開して蟹を目掛けて迫るシーホース部隊。
そして、こちらへ向かって何かが飛んでくる。
「魚雷?」
いや違った。
そいつは『雷魚』だった。
淡水魚の種類であるライギョではない。
水中で雷魔法を使う海生魔物だ。
細長いボディを持ち、そして猛速で進み、突撃して突き刺さり体内へ直接雷魔法を撃ち込んで相手を倒すのだ。
水中魔物なんかには雷魔法がよく効くので、こういう魔物もいるのだろう。
まるで超巨大な魚型テイザーガンのような連中だ。
ホーミング魚雷のように追ってくるし。
まあ魔物なんだから当たり前なんだけど。
それが命中した沖田ちゃんが叫ぶ。
「やられた~!」
別に刺さってはいないようなのだが。
うちの子達は、この程度で刺さるほど柔には作ってない。
昔の岩くれで出来ていた時代ならともかくなあ。
うーん、ダツかよ。
こいつは水面を跳ねて突っ込んでくるわけじゃないがな。
「うひょう、シビレる~!」
斎藤ちゃんよ、本当はちゃんと余裕で避けられるはずだろう。
だが、うちのゴーレム達は何故か次々とそれを食らっていき、タツノオトシゴの鞍上から落ちていく。
タツノオトシゴーレムどもは呆れ返ってそれを見ていたのだが、人馬の一体感を重視したためか自分達も付き合って混ざる事にしたらしく、次々と攻撃を受けて沈んでいき、俺の部隊はあえなく全滅した。
俺?
もちろん一緒に付き合っておいたよ。
こういう御約束みたいな時の、部下達との付き合いっていう奴も大切な物なのさ。
大馬主の娘さんは、父の馬がアメリカのケンタッキーダービーで勝った時のトロフィーへ嬉しそうにキスをしていた写真が印象的でしたね。




