138-16 未来を継ぐ者
「ふはははは。
ちょこざいな人間どもめ。
とうとう倒してやったわ、このクラブプリンセス様がね」
勝ち誇る蟹の皇女様。
いや別にいいんだがな。
ここは相手が本当にやられてしまったのかどうか、死体の確認に来るところじゃないのか?
まるで特撮かアニメに登場する間抜けな悪の大幹部みたいだな。
今一つ、何かこうしゃっきりしないんだよね、こいつらって。
どんなに賢くても、所詮は魔物という事なのか。
こいつらじゃあ、とてもじゃないがプリティドッグみたいな百戦錬磨の魔物のようにはいかないな。
そして連中が意気揚々と帰ろうとするので、堂々と背中から襲ってみた。
俺様御得意の闇討ちだ。
カウボーイ達が投げ縄で蟹の手足を絡めとる。
そんなつもりは更々なかったんだけど、御遊びでやられた振りをしていたら自然にこうなってしまった。
まあ俺の流儀には合っているかな。
俺達を仕留めたと思って油断していたので、あっさりと御縄を頂戴し、たちまち全身を拘束されて身動きが出来なくなる毛蟹達。
手足を切り離す隙さえ与えない超速攻だ。
おまけに物量作戦だからな。
「おのれ貴様、まだ生きていたのか」
「いや、普通は魚を食らったくらいで死なないよね?」
河豚を食らったら知らんけどね。
俺は防毒の魔道具があるから、それでも死なないかな。
それに俺は元々生まれ付き海産物なんかにありがちな貝毒などには結構耐性がある上に、そういう部分も割と魔王化しているし。
そのままだと蟹共がまた力技で縄や手足を切って、水中ジェットのパワーに任せて逃げかねないので厳重に何層にも網かけをしておく。
例のゴーレム網だ。
あっという間に襲い掛かって身動きとれなくしてやった。
まるで太い輪ゴムで何個も縛られて、その上から蜜柑用の網で包まれたような感じにされて、非常に厳重な状態で出荷されてしまった毛蟹のようだ。
地球の毛蟹だって、スチロールのトレーにラップをかけたくらいじゃ暴れてラップを破って脱走しちまうくらい活きがいいし。
この辺の能動的な部分がゴーレム網のいいところだな。
待ち伏せなら、前に使っていた魔力網の方が効率的なんだけど。
「うぬぬ」
「クラブプリンセスよ。
とりあえず、お前も連れていくぜ。
殺したりはしないが、置いていくとまた何かやってきそうだからな」
「ええい、殺せ」
「それは無理な相談だ。
ハイドの漁業協約があるから雌の毛蟹は獲れない事になっているの」
一応、この水域を領海とするハイド王国の法律で雌や子供の毛蟹は獲ってはならない事になっているのだ。
そういう話の言い出しっぺたるこの俺本人が、その決まりを守らないわけにはいかない。
捕まえた奴らは、さらに俺の魔力網で厳重に拘束してある。
ちょっと過剰包装かな。
今回は直接捕獲したので、雌っぽい蟹はクララ以外に捕まえていない。
もちろん子蟹なんかは論外だ。
以前のように人質を取られないように注意しているので、去年のような奪還作戦は無理だろう。
そして毛蟹は生け簀船に放り込まれ、たっぷりと身の詰まった蟹どもは牢獄にて『捌き』を待つ身の上だった。
そこへ一体の毛蟹が現れた。
かなり年を食っていそうな大きな奴だ。
「よお、クラブエンペラー。
もう今年の漁は終わったぜ。
あんたも塒へ帰れよ」
だが、奴は鋏を振ってファルを招いて通訳を頼んだようだ。
「えーとね、『儂はどうなってもいいが、クラブプリンセスの命は助けてやってくれ』って」
「いや、別に取って食ったりはしないさ。
雌の蟹は獲れないように法律で決められているのだから。
単に邪魔されたくないから連れてきただけで。
女は本当にしつこいからな」
そしてクラブエンペラーはまたボソボソとファルに言う。
「おいちゃん、『それならもう他の蟹は連れていくが、出来ればそこにいる私の息子は助けてくれないか。今年はもうこれで終わりにするので頼む』だってさ」
見たら、甲板の上で今まさにドワーフにバラされそうになって観念したらしい、手足を縮めて小さくなっている一際立派な蟹がいた。
それを聞いて顔を顰める親方達。
確かに逃がすには惜しい最高の蟹だ。
「どうするのです? 公爵」
シドもそう聞いてくるのだが、おそらくは彼の考えも既に決まっているのだろう。
「えー、どうするって言われてもアレなのだが。
ま、まあ今回は、あいつを放流しておこうぜ。
そこの皇帝陛下も今年は若い者に任せていたくらいだしな。
皇帝陛下の跡継ぎ様がいなくなっちゃ、これからも蟹漁が楽しめないだろう」
それを聞いた親方は顔をくしゃくしゃにして笑った。
そしてシドも笑った。
ふんじばられたままで毛蟹の皇子様も身を震わせて笑っているかに見えるが、あれは単に悔しくて震えているのかもしれないな。
そして、晴れて自由の身になった皇子様は横歩きにファルの傍にやってくると、こう言った。
「あのね、
『おのれ、生き恥を晒すとは、まさにこの事。
だが来年に雪辱する機会があるのはいい事だ。
覚えていろよ、魔王。
落とし前として、鋏は一本置いていく』
だってさ」
その台詞を言い終えた奴は、自ら片側の鋏のついた腕を挟んで、ぐいっと引き抜いた。
これまた天晴な奴だな。
あれって強引に引き抜いて痛くないのだろうか。
確か、自切って言うんだっけ。
あれはポセイドンの御使いとしても有名な深海魚リュウグウノツカイなんかもやるんだよな。
あいつの場合は切れると、ほぼ体が真っ二つになるのでパッと見には死んでいると思われがちなのだ。
まあ蟹の身の千切れたところって蜥蜴の尻尾の取れたところの肉みたいな感じもするので、きっと大丈夫なんだろうな。
最初から上手に切り離せる設計になっているのだ。
まあ蜥蜴の尻尾だって血が滲んでいるような感じで痛そうなんだけど。
それでも喰われて死ぬよりはマシってか。
あいつらが遭遇率の高そうな野良猫相手には非常に有効な手段だな。
猫って小さな獲物の先っぽを押さえて、相手がジタバタするのを見て楽しむタイプの生き物だからな。
「はっはっは。
しっかりと覚えておくぜ。
クラブプリンス、じゃあまた来年な」
そしてドワーフ達の手で、皇子様と拘束を解かれた皇女様は凄まじい水飛沫を上げて海に放り込まれた。
そして自ら飛び込んだ皇帝閣下ともども、深海の住処に向かって泡と共に消えていった。
「今年も一筋縄じゃいかなかったな」
「まあ、本当に賢い連中です。
なればこその好敵手なのですが」
この人なんか、蟹なんて軽く魔法で冷凍加工して御持ち帰りしそうなんだけどな。
毛蟹は伝統漁で持ち帰らねばならないとかいう気概を持っていそうだ。
すまんね、いつも邪道な手段ばかりで。
「では、お待ちかねのドワーフ蟹鍋といくか」
生け簀船からドワーフ数人がかりで大蟹を一匹引きずり出した。
もうクラブエンペラー達が引き上げていったのは見聞きしていたので、皆諦めたようだった。
いつもは〆る時にもうちょい暴れるのだが、今年はやけに往生際がいい。
それにしてもファルって蟹と話せるけど、あまり気にせずに食べるんだよね。
今回は俺も、クララと食う側食われる側同士の非常に際どい話をしていたわけなのだが。
まあ、それで蟹を食わなくなるなどというような柔な精神は元々持ち合わせていない。
ドワーフ達が気勢を上げて生き蟹を料理している。
いくつか並べられた大型の魔法鍛冶炉みたいな物の上に載せられた鍋の中に、真っ赤な香辛料をどぼどぼと入れているし。
「おいおい、親方。
それって本当に子供が食えるものなのか⁉」
「ふふ、安心しろ。
この儂が子供の期待を裏切った事が一度でもあったか?
なあレミ」
「うんっ。
おやかたのごはんは、すっごくおいしいの!」
そういや、そうだったな。
しかし、なんか物凄い雰囲気なんだけど。
なんというか、唐辛子たっぷりな韓国の辛口タイプのチゲか、あるいはタイの辛いスープを作るかのような勢いなのだ。
なんつうかもう【×20】っていう感じの雰囲気というか。
鍋がでかいから余計にそう感じる。
そして漂ってくる凄まじい香り。
エリーンが目を瞑って匂いを確かめ、そして美味しい物を食べる時の、あの素晴しい笑顔を垂れ流した。
うん、これは……辛過ぎるものではないな。
うちの子も涎が止まらないようだ。
ファルは子供用テーブルの一番端っこで、既に一人だけエプロンをかけて正座して待っている。
うちの執事二人も御母さん風のエプロンをして、いつでも神の子に対して高速給仕にかかれる体制で待機していた。
だからファルもちゃんと端に座っているのだ。
「これは……そうか。
香辛料の中でも辛さではなく香りと旨味に偏ったものなのか」
「その通り。
これは長年苦労して開発したものでな。
ドワーフ秘伝の代物よ。
本来であるならば身内でしか使わぬ調味料でな」
そう言って親方は豪快に笑う。
ドワーフ調味料の懐の深さに俺も思わず笑みを溢した。
俺達は既に身内扱いされているらしいし。
蟹鍋はドワーフの魔法鍛冶炉を改造した特殊な超大型調理器具でしばらくの間煮込まれていたが、他の子供達を呼んでくるように言われた。
やがて野菜などと一緒に豪快に土鍋で煮込まれた蟹に刃物を割り入れ、次々と配膳してくれる。
煮込んだ具材の蟹を斧で叩き割るのは、ちょっと異様な光景なのだが。
レビテーションの魔法で蟹を浮かび上がらせ、それを生板代わりにしての作業だ。
ファルの分は執事どもが交代で取りに行っており、ドワーフの奴らも優先で回してくれている。
一々口で言う必要もない。
精霊が崇める神の子に対するその心配りは、やはり奴らも精霊族の一員という事なのだろうか。
いやたぶん、単にファルの食いっぷりに対する配慮だろう。
あいつらって食の細い奴に対しては手厳しいが、よく食う奴には目を細める連中だし。
毛蟹もでかいから食いでがあるので、いかにファルが飲みまくろうとも量が足りないという事は絶対にありえない。
なんたって毛蟹は母親のレインの二倍はある図体だからな。
しかも、みっちり身が詰まった感じの体形なんだから。
その代わり給仕が大変だけど、うちの執事達はもう慣れているからな。
この大きな蟹は、日本でも大きく感じるほどのサイズの毛蟹を百万個合わせたくらいのサイズがあるからなあ。
むしろ、あの香辛料の方がよく足りるもんだと感心するわ。
そもそも、そういう細かい事って、あまりぐだぐだ言わない豪快な連中だしな。
あの鷹揚な精霊連中が呆れ返って近寄らなくなってしまうくらいアレな連中だったのだから。
「いいけど、最初から蟹をぶつきりにして煮込んだ方が早くないか?」
「馬鹿だな、アル。
それだと、せっかくの蟹の旨味が逃げてしまうではないか。
これでもスープには蟹の味が十分以上に染み込むものよ」
「まあ、確かに料理ってそういう物なんだがな」
そして今回も、船上で賑やかな祝宴が開かれるのであった。




