138-12 宴は続く
「レミ、こいつは美味いぞ」
そう言って親方が娘に直接食べさせてくれたのは海老?
口に入れてもらって、むぐむぐしていた娘が目を見開くと、突然立ち上がって催促した。
「おいしい~。
おやかた、もっと~」
「はっはっは。
任せておけ。まだまだあるぞ」
そう言って鍋からお代わりを掬ってくれる親方。
「ほれ、アルも」
親方が俺にもよそってくれたので、受け取って眺める。
確かに小さめのエビチリサイズのエビっぽい物が浮かんでいる。
見かけは普通に皮を剝いて煮込んだ海老だな。
「なんだい、これは」
「魔界海老よ」
「ぶふっ。
なんだ、そりゃあ。
おいおい、これは食っても大丈夫な物なんだろうな」
「安心せい。
名前の由来はな、あまりにもの美味さに魂を魔界へ持っていかれると言われるものよ。
これがまた北の海にしかおらんのだ。
わしらも、あまり北海の方には来ぬものでな。
今日はこいつを感知できたので、それはもう掬いまくりよ。
人が漁に来るようなところではないので、いくらでも獲り放題だったわい」
さっそく俺も食ってみたが、これがまた何という喉越しか。
甘い。
喉越しが甘い。
つるっとした感じがするのだが、噛めばねっとりと舌や粘膜を刺激する感じで、食感で既に素晴らしい快感がある。
そして火を通した物の身の甘さ。
噛み締めるとドワーフ出汁とも相まって、まさに至福の一瞬だぜ。
「そういう物があったのか。
これ、生の刺身ではどうなんだい」
甘エビとは違うが、是非とも刺身で食ってみたいもんだな。
「むう、そいつは稀人風の食い方だな。
わしらには生で海老を食う風習はないので何とも言えんが、この舌触りを得るには火を通さぬと無理だぞい」
「そうか。
では、試すのは止めておこう」
最高の素材には最大の敬意を払わないとな。
一番美味しい食べ方をしてやるに限る。
娘はもう夢中で海老に齧り付いている。
「酒が進むな。
いや、ドワーフ料理なんだから当たり前なのか」
織原達も夢中で食っていた。
「な、遥。
この海老凄くねえか」
「うん、これは凄いわ」
北陸富山生まれの、格別な海の幸に恵まれた連中にも好評だ。
あそこは海老も結構有名だからなあ。
特に織原なんかはボンボン育ちなので、食道楽な奴は目が真剣だった。
「この団子も凄いよ~」
遥ちゃんは、親方が作ってくれた、あのドワーフの海鮮団子を味わっていた。
「ああ、とんでもねえ代物だな。
まさに手作り海鮮団子の真骨頂ってところだ。
人間には作れそうもないけど」
魔法なら作れるかもしれんと、俺は密かに思っているのだが。
通なトーヤ達は敢えて魔法を使わずに楽しんでいる。
こいつもそれに気付くだろうか。
ちょっと楽しみにしておこう。
他にも鍋には鱈のような感じの魚や、カレイのように脂が乗った魚などもあって楽しめた。
「ねえ、親方」
「おお、どうした番長」
「わあ、その呼び方はやめてください。
名前で呼んでくださいよ。
あのう、そのスープの素って売っていただく訳にはいかないでしょうか。
御代は、こちらの富山の日本酒などでいかがでしょうか」
そう言って織原が取り出したものは、米処富山の有名な地酒ばかりだ。
不良番長ではなく魔法番長である高校生の織原は酒なんか飲まないが、親方達との取引用に持っているのだろう。
そういや俺も昔やっていたな。
普通に酒を通貨代わりに出来る相手なんてドワーフくらいのもんだ。
「お、美味そうなのを持っているじゃないか」
俺が愛用のぐい飲みを取り出して差し出すと、奴は酒瓶を抱え込んだ。
「あ、駄目ですよ。
これは親方用なんですから」
「ちっ、ケチくさいな」
「なあに。
それ織原よ、これくらいあればどうだ」
そう言って親方はスープの素の入った革袋を山のように積み上げた。
「おい、親方。
どれだけそいつを持っているんだよ」
「何、試し切りに行った時などは、時間があったりするのでな。
漁の成果を濃縮したりしておるわけよ」
それ、手で力いっぱいに濃縮してねえ?
だが、織原は大喜びでそれを仕舞い込んだ。
ありったけの日本酒と交換で。
「それを一体どうするんだ?」
「ああ、今度富山のアンテナショップで、試食販売のやり方で売って御小遣いにしようと」
「それ、別に富山産じゃねえんだがな」
「そこは富山の食材とセットという事で!」
そして俺達は続けて宴の続きをするのであった。
ついでに、富山の美味い日本酒の御相伴にも与った。
うはあっ。
こりゃあ堪んねえな。
さすがは富山の酒、そしてドワーフの鍋だ。
やっぱり鍋には日本酒という事なのかね。
親方も実に美味そうに自作の器で飲んでいる。
その器だけでも凄い価値があるはずだ。
地球なら一体幾らの値が付く事やら。
そいつは自分用だから絶対に売らないんだろうけど。
「ねえちょいと」
だが皆は食うのに夢中で、その声に気付かない。
「ねえったらさあ」
「ん?」
そこには、甲板に置かれたままの例の伝統漁業具に捉まっているクラブプリンセス・クララがいた。
わざわざ船上に置いてある蟹漁の仕掛けに自ら捕獲されにやってくるとは、殊勝な心掛けの蟹だな。
しかも宴会の最中に。
「おい、みんな。
蟹鍋の具材が自らやってきてくれたぞ」
「「「おーー!」」」
「やかましい!
あんたら、やる気があるの?
ずっと飯ばっかり食っていやがって」
「まあまあ。
あんな大物が現れたんだからな。
漁師としては気勢も上がろうというものよ」
「ふざけやがって。
いいけど、食い終わったら早く来いよ!」
なんだよ、焦れてやがったのか。
どうも若い蟹は修行が足りなくていけないな。
そして奴は海中に戻ろうとして、何故か一歩も動けなかった。
「あれ⁉ どうして動けないの」
「そりゃあ、その疑似蟹に、蟹が鋏で捕まったら離れないように魔法接着の効果を持たせておいたからさ。
後で使ってみようと思ったのに、まさか船上でトラップに引っかかる間抜けな毛蟹がいるとは思わなかったぜ。
いや大笑いだな、あっはっはっは」
すると、奴は目玉を真っ赤にしてグルグルさせながら怒りだした。
「こんのう、クソ爺があーーーー‼」
そして奴は、信じられない事をやってのけた。
全ての手足を瞬時に切り離し、その反動で海縁に置かれていた仕掛けから離れ、まっさかさまに海中へ落ちていった。
そして水中ジェットですっ飛んでいった。
「覚えてろ、爺いーー!」」」」」」 」 」 」 」……
ドップラー効果付きの捨て台詞を残して。
「やれやれ、冗談のつもりで作ったジョーク魔法だったのに。
後でリリースしてやるつもりだったんだがな。
なあ、シド。
毛蟹って、あんな非常識な真似ができるの?」
「ええ、危なくなると手足を切ってよく逃げるんですよね。
まあ、あれは後でちゃんと生えてくるのですが。
手足だけでも結構量はありますし、そう悪くない習性ですね」
それなら養殖して鋏ばかり取るのも手だよな。
日本だと、蟹味噌以外の本体なんかオマケみたいな扱いだしな。
俺はあれをよく雑炊用に使うんだ。
まあ毛蟹の場合はズワイガニなんかとは違って手足が小さく、また立体的な造形の本体もみっちりと身が詰まっていて、むしろそっちの方がメインっぽいけどな。
最近は討伐で毛蟹と知恵比べをするのが漁のメインイベントというか、もはや醍醐味になりつつあるのだが。
だから蟹の養殖なんかは風情が無さ過ぎる。
やはり毛蟹は、真剣勝負で勝って水揚げした物が最高だ。
でも、せっかく手足を置いていってくれたんで、後から皆で楽しむとするかね。
雌の蟹は滅多に食べられない物なんだからなあ。




