138-11 禁断の出汁の素
甲板には無数の海産物、そして無数の鍋や竈が並んでいた。
「さあ、皆の衆。
祝いの宴だ。
最高のあてを迎える前祝いのな」
「親方、大丈夫なのか?
あのクラゲ、俺の探知も撒いたんだけど」
「ふ。案ずるな。
あれは、お前の蟹漁の邪魔をしにきたのだから、またいくらでもやってくるというもんだ。
今度現れたなら逃がしはせん!」
「あ、そう」
まあ親方達がやるというんだから、そっちは任すとするか。
確かに、あれは放っておいてもまた来そうだよな。
それよりも、俺としては今回の鍋の内容の方が気になる。
「あなた、はい」
そう言って女将さんが親方に渡していたものは、何かの固形スープのような物だ。
それはブロック状になっていて、革の袋にたくさん入っている。
さしずめ、【インスタント・ドワーフ出汁】とでもいうのだろうか⁇
「うむ。鍋には、やはりこれだな」
「いやそんなもの、いつもは全然使っていないだろ!
ところで、それは何?」
「ああ、これはな。
幾多の美味い海の魔物などから抽出したエキスを配合して作ったものでな。
こいつを入れると、それはもう美味い出汁が出る。
しかし、こいつには結構な中毒性があってなあ。
普段はあまり使わんようにしておるのだが、今回は特別に出そう」
どうやら相当にヤバい物だったらしい。
さては美味過ぎるあまり病みつきになって、規制しておかないと仕事もしないでそれを食い続けるようになってしまうような物なんだな。
あれだな。
きっと「危なかった。この鍋を食っているだけで、俺の人生が終わってしまうところだった」みたいな奴なんだろう。
「おもしれえ。
そのドワーフ特製鍋とやらを食わせてもらおうじゃないか」
この世界の食い物は馬鹿にならねえからな。
特にドワーフみたいな亜人の御飯は。
こいつは、ちょっと楽しみだぜ。
レミも初めて嗅ぐ出汁の匂いに鼻をくんくんさせていた。
ドワーフ達も、いつになく妙にそわそわしている。
もしかして『使用するのに王の許可が要るような物』なのか?
漁師さん達も鼻から気合が入るものか、新しい海産物を獲りまくっている。
あのクーラを見て、皆漁師魂が燃え盛っているようだ。
実際に奴の相手をするのは親方達なのだが。
俺はもうクラゲの相手はいいや。
気合の入った連中がいっぱいいるんだしな。
とりあえず、毛蟹捕獲の準備をしておく事にした。
今回は親方も蟹鍋をしてくれるのだし。
おっと、そういや蟹鍋用の鍋をまだ作ってなかったぜ。
俺は自分の船の甲板で鍋の製作に入ったが、普通の土鍋をスキルでそのまま大きくすると底が厚過ぎて火の通りが悪そうだな。
それに凄い重量になってしまう。
俺が強化するから、薄くても絶対に壊れはしない。
火の通りの具合だけ気にしておけばいいのだ。
少し薄い感じに作って、色々な厚みの鍋で試し煮をしながら、火の通りを確認しつつ試作していった。
御狐王子は、相変わらず俺の物作りの光景を見学しにきている。
レミはシルと一緒に向こうの調理風景の見学だ。
どうやらレミは鼻に根が生えてしまって、鍋の傍から動けないらしい。
あの出汁、相当なもんだな。
コピーして日本でも売るか。
「ちわあっす」
俺が鍋作りの作業用に取り出した生け簀船の兄弟船である全通甲板式の『鍋作り専用船』の甲板上で、巨大土鍋の試作品を空母の艦載機のように並べていると織原達がやってきた。
「おう」
振り向きもせずに、だだっ広い甲板の上で巨大な土鍋を検分している俺に向かって、不思議そうな声をかけてくる日本人の少年少女達。
「あの、園長先生。
何をやっているんですか?」
「見てわからんのか?」
日本人が見て、それが何かわからないはずはないのだから。
「いや、大きな土鍋を作っているように見えますが……」
「わかっているなら聞くな。
親方達が蟹鍋を作ってくれるというんだが、今回はあの超大型毛蟹を丸のまま煮込むつもりらしいんでな」
「へえ」
自分も料理をするので、感心したような顔で土鍋を触って仕上がりを確認する織原。
西田ちゃんもコンコンと叩いたりしている。
生憎な事に、こいつは俺が製作した物なのでコンコン叩いたくらいじゃ割れたりしないし、東京にあるスカイツリーの天辺から落としたって割れやしないが、こいつをあの高さから落としたら地面の方がえらい事になりそうだ。
土台にも影響するだろうから、スカイツリーも倒れちまうかもな。
大隕石落下かよ。
東京中の恐竜が絶滅しちゃいそうだな。
「これだけ大きいと、ちょっと火の通りの加減が難しそうですねえ」
「おう、まさにそれだわ。
その辺りを、あれこれと加減しながら作っているところよ」
「ちょっと家庭じゃ使えないよねえ」
西田ちゃん、それなら親方もセットにしないと無理だな。
そもそも、こいつは人間の力じゃ持ち運びすら無理な代物だ。
下手をすると、大型道路に一夜橋をかけるための千三百トンクレーンが出動する案件かもな。
こいつはかなり重いから、1000トンから1600トンくらいあるかもしれない。
織原の魔法ならなんとかなるかもしれないが、これを家庭で使って一体何を煮込むつもりなんだい。
マンモスでもティラノでも超余裕だぜ。
「そういや、親方の作ったすり身は最高に美味かったぞ。
後で作ってもらえよ。
俺もまたあれが食いたいな。
あれは作るのが結構手間なんだが、今日は他のドワーフ達も大勢やってきてくれたし。
今回は日頃使わない特別な出汁を使うらしいので、それで煮込んでほしいな」
「へえ、それは楽しみだなあ。
ちょっと覗いてこようっと」
「いいねえ。早く行こうよ」
もうすっかりカップルで転移魔法を足代わりにしている織原達を見送って、俺は作業に戻った。
「さて、厚みとかはこれでいいんだが、ここの釉薬の塗りが甘かったかなあ」
俺の物品製造用のインベントリでは、こういった作業にかける時間は自由に融通が利くので、焼き物を作るのにもそう時間はかからない。
釉の塗り加減とか、デザインとかの出来の方は、また別の話なのだが。
それからなんとか鍋を完成させて船に戻ると、得も言われぬ良い香りが漂っていた。
「へえ、いい匂いだな。
嗅ぐだけで腹が空いてきたぜ」
「おう、アル。
来たか。
今、呼びにやろうと思っていたところだ」
親方が仕切る大鍋では、レミが御茶碗と御箸を持って待機中だ。
その鍋をじーっと見つめる集中力が凄い。
それだけで鍋に穴が開きそうだ。
ケモミミハイム王女の持つオッドアイに、そういうレーザー光線のような力はない筈なのだが。
「はは。
こいつは美味そうな匂いだ」
「おう。
まず、これから行くか」
そう言って、器に汁ごと入れてくれたのは『貝』のようなものだった。
殻はついていない。
大きな蛤のような物か。
そいつを噛み締めたら、口の中に沁み出してくる旨味成分が口いっぱいに広がった。
「ほお、こいつは!」
出汁の芳醇な旨味、そして貝の持つ旨味の凝縮された味。
またスープも、数々の海鮮の味を蓄えて旨味を増している。
一回噛み締めるほどに、信じられないほどの旨味が口中を刺激して止まない。
レミも夢中で、はふはふと齧り付いている。
「アルさん、こいつはね。
深いところにいる貝なので滅多に上がらないものなんですぜ。
今日は、先ほど親方達が頑張ってたくさん獲ってきてくれましたんで」
漁師の大将が実に嬉しそうに説明してくれる。
深海素潜りか。
相変わらず信じられん真似をするな。
どんな肺活量をしていやがるんだ。
六リッターエンジンを積んだアメ車並みの肺活量を誇る俺にだって絶対に無理な芸当だ。
そんな浮き輪を内蔵していたので、小学校の頃からプールでの潜水は苦手だしな。
今にして思えば、あんな風にすぐ浮いてきちゃうのは、子供の頃から体の割に肺活量が異様に大きかったのだろう。
当時はそんな事は知らなかったけどな。
俺の肺は魚の浮袋か!
しかし深海素潜りをやるとは、さすがは人外のドワーフだけの事はあるぜ。
良い子のみんなは絶対に真似しないでね!




