132-4 不毛な争いから帰ってみれば
「さあ、ブラウンフォート。
次は何のミミがいい。
あるいは、どんな過酷な地がいい。
お前が降参するまで、この地球を巡る旅は続くぜ。
次はアマゾンの大密林のオンサかオオアリクイか、それともアフリカの王者たる象や河馬で攻めるか。
あるいは地球最強の毒トカゲ、コモドドラゴンはどうだ。
あれにミミって、あったっけかなあ」
俺は、にいっと歯を剥きだして凄惨な笑顔をプレゼントした。
こんな奴は、同族同士で共食いすら平気でする獰猛な体長五メートルクラスのコモドドラゴンか、七メートルサイズのクロコダイルの群れの中に放り込んでやりたい気分だ。
「わかった。
わかったから、もう止めてくれ。
悪かった、お前の娘を侮辱して本当に悪かった。
心から謝罪する。
だが派閥の者の手前、どうしても黙っている訳にはいかなくてな。
別に本気で獣人に対して意趣に思っているわけではない。
貴族というものは、お前が考えるよりも遥かに厄介なものなのだ。
異世界から来た男よ、わかるかな?
いや、賢いお前ならばわかっているはずだ。
私の目は誤魔化せぬぞ」
奴は閉口して両手を挙げた。
くそ、奴がその見事なホールドアップ態勢だというのに、実質的には俺の方がギブアップなのかよ。
ここのシーンであんな風に手を挙げるのは、これは貴族王族同士ならば相手に降参するという意味だ。
そういう話だったのか、あちゃあ。
もう面倒くさいなー。
「いいけどな、ケモミミハイムでは、そいつはやめておけよ。
外交問題になるから。
あの髭爺のネコミミ大王も、その息子も食えない連中だからな。
わざと、お前みたいな奴にやりたい放題させておいて、後で上げ足を取りにくるぞ。
さっきも乳児院にいた連中の中に、俺にも見覚えのある、あの爺の間者がいたぞ。
あれは警告だ。
わざと俺の顔見知りを送り込んできている。
『親しき仲にも礼儀あり』とな。
レミの母親であるエレーミア王女の逸話、知らぬ訳でもあるまいに。
あの関係の話だけは、彼ら日頃は鷹揚なケモミミハイムの王族達も決して捨て置きはしないのだ。
そんなくだらない事で友好国家相手に無用なトラブルを招きミハエルあたりを怒らせたりすれば、お前らだって困るだろう」
その俺が叩き付けた懇切丁寧な解説には、奴も溜息を吐いて同意のために片手をあげた。
「ああ、気を付けよう。
さあ戻ろうか。
お前の娘だけではない。
私も公務の最中なのだからな。
私の派閥の者も向こうに残してきた。
あれが勝手に何かやらかして連中を怒らせていたら、また問題になろう」
俺は首を竦めて、異世界アスベータへのゲートを大人しく開いた。
これだから貴族の大物っていう連中は無下に出来ないのだ。
シェルミナさんやシルが危惧するのも無理はない。
彼女らの警告に感謝した。
いやまったく頭が痛いぜ。
そして戻った俺達が目にしたものは阿鼻叫喚の有様だった‼
「こ、これは~。
メイバル伯爵!
これは一体どうした事か」
「おいおい、シル。
これは、どうなっているんだい?」
あたりは、まるで盗賊に襲われたかのような、あれこれと散らかりまくる惨状だった。
今日の、この面子でここまでやらかす連中といえば!
「うきゃああ~」
「ほわーん!」
「うきゃっほ、うきゃわん!」
そう、この乳児院の主役達だった。
レミが何故かハイになった赤ん坊達の背中に担がれて、まるで御神輿のようだ。
シルやシェルミナさんに施設の職員さん達も総動員で、子供達というか赤ん坊達を追いかけ回している。
そしてファルと来た日には巨大なレインボーファルス体形になって、風魔法で赤ん坊を御手玉している。
「何やっとんのや、お前らは」
こっちは曲者貴族の相手で、地球全土を巡る秘境ツアーをやっていたというのに。
「あ、あなた。
お帰りなさい。
ちょっと手伝って~」
「いや、手伝うって、お前。
一体どうなっているの⁉」
「あー、なんていうかさ。
ほら!
メイバル伯爵、あなたが説明しなさい」
「は、ははーっ。
シルベスター王女殿下」
「もう!
今の私はグランバースト公爵夫人です!」
その様子を伺い、部下が何かヘマをしたのだろうという事に考えがまとまったブラウンフォートは、冷たい口調で彼を問い詰めた。
「私の留守中に一体何があったのか、きっちりと説明してもらおうじゃないか、メイバル」
冷たい汗を何筋も滴らせながら、そいつは体を縮込まらせながら言い訳を始めた。
「は、はあ。
その、なんといいますか。
【あなた様からの御指示の通りに】そのケモミミどもを蔑んだ発言を繰り返しておいたのですが」
その時点でブラウンフォート侯爵は両手で顔を覆った。
ああ、そうだよな。
地球ですったもんだするまでは、そういう流れで進んでいたもんな。
なあブラウンフォート侯爵、今更言い訳はしないよな?
もう部下を一方的に責める大義名分を失ったブラウンフォートは、のろのろと部下に説明を求めた。
「それで……ああ、どうなったのかね」
その部下は、見ているだけの俺が気の毒になるほどしょげて、こう答えた。
「その、何故こうなってしまったのか、我々にもよくわからないのですが。
ここの職員の一人が、いきなり、その。
変装を解いたら、そこにおられる【ケモミミハイムの国王陛下】になられてしまって……ですね」
思わず沈黙して、またもや両手で顔を覆って、それから髪を掻き毟るかのようにしながら天を仰いだブラウンフォート侯爵。
ああ、ああ。
ああ、ああ、ああああ。
はいはい。
間諜どころじゃなくて、変装した御爺ちゃん本人が居たわけね。
最初から全部、御見通しだったっていうわけだ。
そういや、この国にもミハエルみたいな奴がいたんだっけな。
それでどうするの、これ。
だが、自国の姫の忘れ形見の子供を公然と侮辱された、あのネコミミ大王は平然とこう言いやがった。
「いや、楽しいのう。
ほれほれ、レミのあの楽しそうな事」
言われるままに見たら、今度はレミの方が這い這いしてやりたい放題に散っていく赤ん坊達を追いかけ回していた。
さすがに今日は、ネズミ相手のようにハエ叩きを持って追い回すような訳にはいかない。
これがエリーンなら棒切れ一本振りながら、得意の歌で羊の群れのように操るのだろうが。
頑張れ、愛娘。
そしてネコミミを生やした爺が楽し気にこちらへ目線をくれる。
「貸し一じゃぞ」と。
はいはい。
まったくもう。
俺はもう一度大きく溜息を吐いて、ブラウンフォート侯爵とその子分を睨みつけたので、奴らは縮みあがって首を竦めた。
連中にも、あの爺の腹芸の具合はよくわかっているので。
それを見たネコミミ爺の、それはもう楽しそうな事。
はい、俺も本日はまたごっそりと舎弟が増えましたね。
特に舎弟に欲しいような連中ではなかったのだがな。
これにて任務完了。
少なくともシェルミナさんとの公約への義理は立った。
だが、どうせこれも裏でアルバトロスとケモミミハイムの各第二王子がタッグを組んで糸を引いているのに違いない。
そうでなかったらネコミミ爺も含めて、こんな胡乱な一派がここにいる訳がないのだ。
よくよく考えてみれば、連中に至っては一体誰が転移魔法で連れてきたのかという話だよな。
ここって他大陸なんだものな。
転移魔法でも使わなければ来れる訳がない。
俺が転移魔法を渡した奴らの中で、こんな権謀術数のような真似をするのは約一名しかいまい。
くそ、またしても嵌められたか。
見事に俺が連中を〆る羽目になったぜ。
あいつら王子共にも俺から貸し一かな。
そしてもう一つ大きく溜息を吐くと、俺は真っ赤になって奮闘しながら走り回る、うちの愛娘の応援に向かうのであった。




