132-3 死の谷の行軍
という訳で、とりあえず砂漠の行軍から楽しんでもらうとするか。
俺がデスバレーに戻ると、奴はまだその地点でうろうろしていた。
思い出すな、俺が初めて異世界へ行った時の事を。
おい、おっさん。
もっと「異世界」を楽しめよ。
そこは地球人でも中々行けないような凄い観光地なんだぜ。
日本からの観光ツアー料金が一体幾らすると思っているんだ。
もっとも徒歩で行くようなところじゃないけどな。
それでも滅多に見られないような素晴らしい景観なんだぜ。
そして奴はしばらく呆然としていたが、仕方がないので、のそのそと歩き始めた。
俺はインビジブルモードのまま自転車で付き合っている。
エアコン魔法を使っているので涼しくて非常に快適なのさ。
ここって湿気も無いからカラっとしているしね。
水場も全然無いけど。
一回レンタカーで行ったきりなので、はっきりと覚えていないのだが、このデスバレーは砂漠の真ん中にあるラスベガスから車で一時間くらい行ったあたりだったろうか。
ラスベガスも大通りを渡るホテル同士を繋ぐ空中回廊で、ふと左右を見渡せば見事に地平線まで渇いた茶色の荒野が広がっている。
なんたって西部劇の舞台になるような地域なんだからな。
デスバレー、そこはアメリカにある観光パンフレットによく載っている代表的な奇岩地帯などと並んで、奇天烈な景観で有名な場所だ。
また夏季ではないにも関わらず、かなり暑いのがなんとも言えない。
俺が行ったのは十一月くらいのシーズンオフの時期だったか。
俺が訪れた時に二台でレースをやっている馬鹿者がいたが、あれで事故ったら誰も通りかからないからな。
有名な観光地のくせに、ちょっとシーズンを外すと何故か誰も通りかからない。
当時は携帯電話なんかもなかった。
自動車電話を積んでいたら幸いだったろう。
まあ衝撃で電話機器が壊れていたり、バッテリーが死んでいたら知らんがな。
とにかくアメリカは広いから、カナダ沿いの北方面の閑散とした場所なら、三日間くらい全周囲が三百六十度地平線となる御盆の上を走っていた事もあるのだ。
レンタカーにオートクルーズが付いていたのを知らなくて、ずっとアクセルを踏みっぱなしだったわ。
いやあ、さすがに走り甲斐があったなあ。
しかも、その御盆の上には完全に俺一人ときたもんだ。
さすがに過疎り過ぎだよ、アメリカ北部。
冬季には雪に埋もれてしまう準カナダみたいな地域だから仕方がないけどな。
カナダは八月の夏真っ盛りの時にバイクで走ったが寒さが半端ない。
バイク乗りはみんな真っ黒な革の上下とマフラー装着で、当然俺もその格好だった。
真夏なのに雲の下に入ると、途端に寒さが襲ってくるという異世界だった。
有名であるにも関わらず、そんな不思議と閑散とした場所であるデスバレーを、奴は汗を拭き拭き三十分ほど歩いていたが、いきなり立ち止まった。
何だろうと不思議に思ったが、その場に両手をついて座り込んでしまった。
ああ、もうへばったのか。
もう根性ねえなあ、陰険侯爵殿は。
さては日頃馬車に乗ってばかりなんだな。
「歩けば歩くほど健康」という初代国王の遺訓を忘れているとみえる。
俺は自転車に乗ったまま姿を現すと、とぼけて声をかける。
「やあ、ブラウンフォート侯爵。
こんなところで御会いするなんて奇遇ですね」
「貴様っ、ふざけるな。
こんな真似をして只で済むと思っているのか~!」
「ほお、それは一体何のお話なので?」
それを聞いて、真っ赤な顔をして踊りかかってきた奴をあっさりと取り押さえると、俺は次の目当ての場所へ転移した。
ゴーレムに探させていたのだ。
あいつらを。
「ウオオオー」
そこへ突如として踊りかかるライオンの群れ。
数頭のライオンに襲われ、ブルーフォートに改名してもいいくらい真っ青に青ざめる侯爵。
「ギョヘエーー!」
腰を抜かし、へたりこむ侯爵。
俺は侯爵を厳重にシールドで包むと、楽しく笑いながらライオンをじゃらした。
「どうだ、いいだろう。
ここは地球の自然公園で、この子達はその住人さ。
実に可愛いネコちゃん達だぜ」
そして俺は、そいつらをじゃらしまくった。
「ほれほれほれ。
貴様ら、実にいいネコミミをしとるなあ。
ほうれ、もっしゃもっしゃあ」
奴らも牙を剥き爪を立て、必死に百獣の王としての威厳を保とうとしていたようだったが、その反撃は俺の防御の固さの前には単なる爪研ぎにしかならなかった。
強化のかかった俺の服装は、いい爪研ぎ器になった事だろう。
そして異世界ではケモナーとして鳴らしたこの俺のマジック・ハンドの前に、王達は敢え無く平伏した。
可愛く臍天ポーズで御腹を見せて、手はこれまた可愛く頭の方へと伸ばし『にゃにゃんにゃん』的な感じにキメている。
もちろん後足は大股開きで肉球全開なのだ。
もう猫好きなら、むしゃぶりつきたくなるような可愛いポーズで、もうどうにでもしてくれモードだ。
「どうだい。
あんたも、この素晴らしいネコミミを味わってみないかい?」
頭から思いっきり甘噛みされても知らんけどね。
まあシールドしてやってあるんだから大丈夫じゃないか?
「け、結構だ。
それよりも元の場所へ早く戻せ」
「そうか。
そいつは残念だ」
そして次のゾーンへと進んだ。
「ガオーっ」
そいつは氷の上で吠えた。
そして侯爵は小便を漏らしまくったが、それすらもたちまちチンコもろともに凍り付いたのではないだろうか。
そこは北極付近となる蒼氷の上だ。
温度計の目盛りが氷点下を遥かに下方面へと超える氷の平原だ。
吠えているのは地上最強の哺乳類とかいう触れ込みの、あの連邦のじゃない白い奴。
つまりホッキョクグマだ。
だが、あれのチビ助は、また違った恐ろしいほどの破壊力がある。
あの可愛らしさだけで、この世の全てを落とせるかもしれないほどの可愛さなのだ。
生けるヌイグルミみたいなそいつに足元へ可愛くじゃれつかれたら、俺なんかは間違いなく悶死するぜ。
一回でいいからあれを抱っこしてみたいのだが、生憎な事に、ここには成獣(雄七歳)しかいないな。
こいつはでかいわ。
昔の俺だったら、そこの侯爵と同じ運命だったのだろうが、今は。
「ほれほれ、大人しくミミを差し出さんかい。
この可愛い奴め。
おい、この俺を一体誰だと思っているんだ?」
俺に半ば肩車状態で背中にしがみつかれてミミを狙われているので、これは堪らんと四つ足で逃走していくシロクマさん。
だが、しっかりと背中に乗ってバイクのようにニーグリップし、それから腹ばいの姿勢でミミだけは思う様に堪能させてもらった。
おっと、いけねえ。
シロクマのミミに夢中になっていて、うっかりと侯爵の事を忘れていたわ。
約束を違えて奴に何かあったなんていったら、剃刀シェルミナ様から折檻されてしまいそうだ!
慌てて元の場所へ戻ったのだが、幸いにして奴はまだ何にも食われていなかった。
半分凍り付いていて、半ば氷の彫像と化していたが。
そして奴の耳元で囁く。
「なあ、まだケモミミの魅力を認めないのかい?」
「ぐ、ぐぬぬ。寒い」
「そうか。
じゃあ、また温かいところへ行くかい?」
そして今度は熱砂の砂漠へと飛んだ。
お、いるいる。
「ぶもー」
背中にコブのあるミミ付きの生き物だ。
一転して急激な暑さに襲われ、温度差のダメージでまたへたりこむ侯爵。
「よー、あんた。
ちょっとラクダのミミに触らせてくれないか」
俺はラクダの持ち主に百ドル札を見せて頼んでみた。
相手は大笑いで手招きしてくれる。
「わっはっは。
ラクダのミミを触るためだけに、あんた百ドルも払うのかい。
これはまた酔狂な御方がいたもんだ。
まあ触ってもいいがな、こいつはとんでもなく気が荒いぜ」
そして奴は、見事に俺が差し出した手にガブリと噛み付いた。
そいつの機嫌がたまたま悪いのか、飼い主が言うように気が荒いのか、元々ラクダという種族が気の荒い生物なのか、俺にはよくわからない。
日本では、あまり一般的に馴染みのない生き物だしなあ。
日本にあるうちの街の動物園にいた奴は、もう凄い御婆ちゃんだったので大概は座り込んだまま動かなかったし。
殆ど巨大な鳥の丸焼きモードだった。
鳥取砂丘はよく遊びに行ったのだが、観光ラクダに乗る機会は無かった。
あれは観光客を乗せるように訓練されている奴なので参考外だけど。
ラクダは結構でかい生き物なのだ。
そいつに細身の俺が食われかかっているのは、ちょっとヤバイ構図であった。
とりあえず俺の腕に食いつきながらとはいえ、ちゃんと頭を差しだしたので百ドル分は反対側の手でしっかりともふっておいた。
馬にだって本気で噛まれたら、耳とか指とかが、あちこち欠損しちまうからなあ。
生憎と魔王たる俺はビクともしないがね。
しかも、こいつらって実はかなりというか、半端なく臭ったりするのだ。
侯爵は、かなりラクダの体臭が堪えているようだ。
俺もラクダの臭いはちょっと苦手かな~。
あいつらって、かなり離れていても凄く臭うんだよ。
今日は『スメル・シールド』を使用して誤魔化しているのだ。
馬だって結構馬臭いんだけどね。
パドックが観客席に近い競馬場なんかは良く匂う。
後に熱波が来ていた年に、ラクダの祖母ちゃんは熱中症でお亡くなりになったようです。




