132-2 公爵様よりの地球出張命令
レミの公務の話を聞いたファルがこんな事を言ってくる。
「へえ、あのレミちゃんが公務ねえ。
ファルも一緒に行っていいかな」
「ああ、来てくれると助かるな。
あそこの赤ちゃん達も遠慮がないからな。
みんな、いい根性をした奴らばっかりだし」
「あはは。
それくらいじゃないと、この厳しい世界を渡ってはいけないよ。
このレインボーファルスたる者が、そんな事を言うのはなんだけどね」
地上における神の代行者たる神聖エリオン様が、そのように現実直視な事を言っておられる。
この子は地球、殊に平和な日本を見ているからな。
まあ日本だって最近は落ち目で治安も悪くなっているし、もともと暮らしにくい、せせこましい島国根性の国なのだ。
傍から見ると、まだまだいい国に見えるらしいが。
そういう訳で、俺達は気軽な気持ちで乳児院へと出かけていった。
シェルミナさんも、あれこれと見届けたいものか一緒にやってきた。
シルも一緒に来てくれて、レミは両親に手を繋がれて大張り切りの様子だった。
今日は、いつものようなラフな御洋服ではなく、気合の入ったワンピースだ。
普段はケモミミ園にもあまり下の子がいないからな。
『妹』のはずだったファルも、いつの間にやら巨大なレインボーファルスに成長してしまったし。
本日はレミも『御姉ちゃんモード』なのだろう。
「きょうは、レミちゃんもがんばるの!」
うちの御令嬢は、そのように仰られていたが、こういう時は大概の場合気合が空回りするものなのだ。
俺もシルも、その事はよくわかっていたので、その可愛らしい様子をにこにこして見守っていた。
別に、特段素晴らしい成果が出なくてもいいのだ。
レミが確かに乳児院を訪問して、『公爵令嬢が慰問いたしました』という履歴さえ残れば。
まあ半分くらいは御遊びみたいなものだな。
帰ったらクリスマスを皆で楽しめばいいのだし。
俺達がゲートを使って現地に着くと、いつもの職員さんが院長先生のネコミミおじさんと一緒に乳児院の玄関口で待ってくれている。
大変忙しいはずの、ここの院長さんがいるのは珍しいな。
いつか絶対にあのミミをもふってやろうと考えて機会を狙っていたのだ。
これはチャンス到来なのか?
「やあ、こんにちは」
「あ、ああ。
いらっしゃいませ」
あら?
なんか、いつもと雰囲気が違うな。
豪く他人行儀な挨拶だ。
するとウサミミの彼女が小声でそっと耳打ちしてくれる。
「あ、あのう。
すみません。
実は今ちょっとマズイ事になっていまして」
「ええ?」
なんだろうな、マズイ事とは。
俺はシルと顔を見合わせたが、シェルミナさんは心当たりがあるとみえて少し難しい顔をしながら、ずいっと中へ入っていった。
そして中にいる人物を見て眉を上げて顔を顰めた。
「あなたですか、ブラウンフォート侯爵」
「おやおや、これはこれは。
前王妃の懐刀、『剃刀シェルミナ』その人ではありませんか」
何、その物騒な呼び名は。
そんな二つ名は初めて聞いたぞ。
娘もきょときょとして、シェルミナさんとそいつを交互に見上げている。
「おやおや、そちらが噂の獣人公爵令嬢ですか。
生意気にネコミミなんぞ生やしおって」
はあ?
このウルトラ・ケモナーパパである俺の眼の前で、愛娘のネコミミを侮辱するのだと?
そこに可愛いネコミミを生やした院長先生もいるというのに。
俺は自分の顔色がどす黒く変わったのではないかと思うほど形相を変えた。
殺しておくか、こいつ。
俺は比較的温厚な人間なので、滅多な事でこのように強烈な殺意を抱いたりはしないのだが、やる時は完全にボルケーノ・モードよ?
だがその猛烈な殺気を察知したものか、俺の肩を華奢な手がぐいっと掴んで抑えた。
「シル、なぜ止める」
「手を出しちゃダメ!
その人はちょっとマズイのよ」
「そうか。
じゃあ手は出さないが、出張していただくとするかな」
「え?」
そう言い残して、俺はそいつの襟首を掴んで地球へ跳んだ。
「こ、ここはどこだ」
少し慌てたそいつは、きょろきょろと辺りを見回した。
ははは。
どうだ、いいところだろう。
『デスバレー』は有名な観光地なんだぜ。
ある意味で風光明媚な場所さ。
そう、一種の奇岩地帯なのだ。
しかもモニュメントバレーのような、単なる奇岩ばかりの場所ではない、少し変わった風景がたくさん見られる素晴らしい景勝地なのだから。
異世界の人間がそうそう来られるようなところではない。
ここは夏場なら日中は物凄い気温になって、とんでもない事になる。
特に水場も無いしね。
冬でも結構な気温になるのさ。
観光シーズンを外れると通りかかる車もない。
通ったとしても、ここアメリカでは、そう簡単にはヒッチハイクさせてくれないぜ。
拾うとヤバい奴が多すぎるからな。
俺はセブンスセンスと一緒に旅をしていたので、若い時分にアメリカ横断をしていた頃にはヒッチハイカーを普通に拾っていたがな。
あれも中々楽しかったぜ。
乗せる人選をミスると、車や全ての金品を奪われた挙句に、生きたまま切り刻まれて惨殺されるかもしれんがな。
我ながら一体どういう神経をしているものやら。
あの頃は俺も若かった。
ああいうのを若気の至りっていうんだろうな。
冒険旅行みたいな事はしょっちゅうやっていたし。
「ここはアルバトロス王国初代国王がいた世界さ。
あんたもアルバトロス王国の人間なんだよな。
初代国王に敬意を表し、この世界を堪能してくれ。
それでもって頭を冷やせよ、バーカ」
この冬場でも結構高温なデスバレーで頭が冷えるかどうか知らんがな。
なんなら北極や南極の極点踏破でも構わないぜ。
あるいは異世界人初のエベレスト登頂者になってくれても構わない。
あそこも究極に寒いからな。
アメリカの巨大クレーターの壁の上も滅茶苦茶に寒かったし、冬場にラスベガス郊外の荒野を長々と歩いたら極寒の風が吹きすさんでいて結構きつかったっけなあ。
そして戻った俺を心配そうな表情の人々が出迎えた。
「あなた、あの人をどこへ連れていったの?」
「地球の有名な荒野に置き去りにしてきたが、何かまずかったのか?」
「え、ええ、ちょっと。
彼は今回の公務の審査官よ。
そして反グランバースト派貴族なの。
しかも家柄的に性質が悪くて」
「そうなのか?」
頷いたシェルミナさんも心配そうに、こう言い添える。
「ええ、本当に根性が悪くて思い上がっておるのですが、貴族の間でもかなりの発言力を持っておりまして。
ここで何かあった場合には国王陛下も少し御困りになるになるのではないかと。
姦計を巡らす者達との関係を拗らせると、かなりマズイ事になるかもしれません。
あやつは今回も強引に、この御役目をもぎ取ったのに違いありませんので」
だが、俺はにまあっと黒い笑いを浮かべて剃刀様にこう言い返した。
「つまり……奴の心をへし折って、俺の傘下に加えれば勝ちという事だな」
「そう来ましたか」
「もう、あなたったら、またそういう事を言ってー」
シルは呆れたような顔をしていたが、シェルミナさんは思うところがあるようだった。
彼女は両腕を組みながら思案し、それから片手を顎の下に持っていき、しばらく考え込んでいたのだが唐突にこう言った。
「それもようございますね!」
「あ、やだ。
シェルミナさんったら、何かスイッチが入っちゃったの?」
彼女はにっこりと笑顔を見せると、こんな怖い事を言ってくる。
「旦那様、やるというのであれば徹底的に奴の心をへし折ってくださいな。
半端な真似だけは絶対になさいませんように。
この際ですので、御止めはいたしません。
後顧の憂いはスパっと絶っておきましょうか。
ただし、あやつに絶対怪我とかを負わせてはなりません」
そして俺は開き直って、そっくり返った。
「当り前さ。
このケモミミ園園長たる俺の前で、うちの娘の可愛いネコミミを侮辱したんだぞ。
折る。
ロシア軍特殊部隊の兵士が、公開訓練にて角材で体を打たせて角材をへし折らせるくらいの勢いで必ず折る」
ここはもう、ぼっきぼきに折っておこう。
せっかく、また後で娘と一緒に可愛いケモミミ赤ちゃん達と遊ぼうと思って楽しみにしていたというのに、もう頭に来ちゃうぜ。
ヒッチハイクの件は、作者の実地体験ですね。
三分の一世紀は昔の前世紀の話ですが、やっぱりアメリカだけあってヒッチハイクしている連中の中には明らかにヤバそうな奴もいましたので、良い子は絶対に真似をしないでください。




