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127-9 晴れの舞台

 それからの毎日は、ただひたすら広瀬の爺さんの修業を撮影する日々だった。

 しかし、伝統の作業にというか久し振りの木工にというか、そもそも久方振りの御仕事に体がついていかないようだ。

 もう映画どころの騒ぎではないのだが、その大変な様子こそ映さねばならない物らしい。

 そして、それを励ます美千代さんの姿。


 それ自体はどうでもいいのだけれど、子煩悩で愛妻家のポロは自分が家に帰れないのが思いっきり堪えている。

 異世界転移で、さっと帰ってしまってもいいのだが、グリモワールの存在をここから外すと結果がどうなってしまうかが気になるので帰るに帰れないのだ。

 ここまでなんとかやってきた、その全てが崩壊する可能性があるのだから。


「はあはあ、儂はもう駄目だ。

 婆さん、今儂もそっちに」


「しっかり、広瀬さん。

 私がついていますよ」


 当然それも撮影されているわけなのだが、美千代さんが広瀬さんを励ましている姿を見ながら、村山さんに聞いてみるポロ。


「こんなんで映画を見る人達、主に御老人方に受けるんでしょうかね」

「さあ。でも、昔ってこんな感じの映画とかが流行っていたんじゃないでしょうかね」


「最近の老人は、結構派手好きな気もするんですがねえ……」


 実に地味な映画だった。

 今時のドンパチばかりで派手なだけの映画と比べたら、それなりに文学的な内容と言えない事もないのだが、やはり地味なのは否めない。

 普通のテレビドラマならば、まあこれでも良いかなと思うのだが。


 そして伝統工芸展とか祭りとか、碌に修業もしていないのに(それ以前の状態なのだが)イベントに駆り出されて、とうとう寝込んでしまったのだ。


 譫言(うわごと)に婆さんの名を呼んでいたが、甲斐甲斐しく美千代さんが世話をしてくれているので、ポロも余計な御節介はしなかった。


 ポロの腕輪のアイテムボックスには回復魔法も各種ポーションもあるのだが。

 一体どういうつもりなのか、園長先生は秘匿アイテムであるはずの奇跡の霊薬エリクサーまで大量に突っ込んである。

 これをミハエル王子が聞いたら、また目から火を吹いて怒るだろう。


「まあいざとなったら、死なない程度のところで助けに入るか」


 この人は甘やかしても為にはならないだろうと思い、ポロも敢えて彼に苦労を積んでもらう事にしている。

 やっとここまでの状態に持ってきたのだから。

『仏稼業』も、中々大変なのだ。

 ただ単純に助けてあげればいいというものではないのだから。


 こういう性分なので、アドロスにいた頃もポロは苦労の連続であった。

 だが、その苦労を支えてくれた優しくて美しい妻の事を思うと、もう少しくらいは頑張れそうな気がしてくる。


 このグリモワール、ポロが思っていたよりも案外とヤバかったので、必ず最後まで付き合わねばならない。


 時々、娘のエリが差し入れの愛妻弁当や自作の御菓子を持って遊びにきてくれる。

 そして父親から園長先生が作ったグリモワールの引き起こしたアレなお話を聞いて、大爆笑して帰っていくのだった。



 そんなこんなで月日は経ち、映画も無事に完成の運びとなった。

 そして、ついに映画の封切りの日がやってきた。

 広瀬さんは、この地元仙台の映画館の舞台で御挨拶をする事になっている。


 だが緊張しまくった広瀬さんは、また百面相をしていた。

 それについて、ああだこうだ言ったってどうしようもないので、ただ静かに見守るに留めるポロ。


 だがグリモワールの奴は違う了見だったようだ。

 何かこうピカピカと光っている感じだ。


(何をする気だ、こいつ)


 不審に思ったポロだったのだが、如何ともし難い。

 大人しく事態の推移を見守る他はない。


 そして爺さんの挨拶の番が来た。

 さらに一際ピカピカと、自己主張も激しく怪しく光るグリモワール。


「わ、わし、広瀬功は、この美千代さんと結婚する!」


 一瞬静まり返った場内だったが、次の瞬間に大爆笑した。


「いいぞお、爺さん」

「すてきー、この婆殺しー」

「このリア獣(老)」


 思わず、両手で顔を覆ってしまうポロ。


「もう。

 何をやっているんだ、広瀬さんは」


「な、なるようになったんじゃないかしら。

 御互いに伴侶を亡くして寂しい身の上の訳だし。

 え、映画の撮影じゃ、出演者同士でこういうのはよくある事よ」


 強引に、めでたしめでたしという風に纏めようとする村山嬢。


「そんな事は舞台の挨拶で言う事じゃないですって。

 まったくもう広瀬さんったら」


 そもそも、そういう事は芸能人の領分なのであって、彼のような世捨て人である爺さんがするような事ではないと思うのだ。


「ま、まあ、そうなんだけどね。

 観客には受けているから、まあいいんじゃないかしら」


 強引な挨拶をして大いに観客を沸かせたので、満面の笑顔を湛えた広瀬老。


 美千代さんは笑ってしまっている。

 まさか、ここでやらかすとは思っていなかったようで超サプライズだったらしい。

 それでも楽しそうに笑っているが。


 爺婆引っ込めなんて誰からも言われなかったし。

 そもそも観客そのものが、ほぼ爺婆の集まりのようだった。


 そして映画は何故か大成功だった。

 何がどうなったものか、爺婆のハートを鷲掴みだったらしい。

 それは、まだ若いポロには絶対に理解出来ない年輪の彼方の世界であった。


 グリモワールのせいなのか超特急のスピード命で事態が進んできたので、どうなる事かと思っていたのだが、なんとかなったようだ。

 現地協会で浮かべた村山さんの笑顔も実に晴れやかだ。

 後の企画なども順調に進んでいるようだった。


「これで、やっと家に帰れるかなあ」


 だがその時、グリモワールがまたもや妖しく光りだした。


「おいおいおい。

 もうこれでいいだろう。

 充分だよ、これ以上は止めておけって。

 なあ!」


 だが、そんなポロの困惑は置き去りにしたまま、溢れんばかりのドヤ顔をしていそうなグリモワールは、内ポケットから抜け出し宙に浮き上がって、既に常人の目にも映るほどの強烈な可視光を放っていた。


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