127-10 映画の都
「待て待て待て、こらこらこら」
周りの人達にも、宙に浮いたグリモワールと、それが放つ光が丸見えの状態だ。
もはや、己の存在を隠す気すらないらしい。
しかし誰もそれを気にした風ではない。
「なんだ? みんなの様子が少しおかしいな」
思わず、園長先生から貰った愛用のオリハルコン剣を収納から出して抜きそうになったポロ。
何かの魔法か、あるいは特殊な攻撃をしてくる魔物でも出たのか、と。
この地球でそんな筈などありえないのだが、そこは冒険者としての長年の習性だった。
皆が恍惚な表情で、そして陶然とした様子で、その場に突っ立っている。
そして村山さんの唇が、まるで本人の意思ではないかのように妖しく動き、声帯がマイクにでもなったかのような不自然な声音で、こう搾り出した。
「ハ……リ……ウッド……」
「ば……」
馬鹿な。
その言葉すら発する事が出来ぬ異様な空気が充満する空間で、ポロは戦慄した。
「貴様、やり過ぎだぞ、グリモワール。
今のままで、もう充分だ!」
だが、そいつを掴もうとしたポロの手を擦り抜けて、奴はヒラリっと体をかわした。
「な!」
【もっと、もっと福音を。
もっと、もっと、もっと……………………】
「うわあ、あかん。
こいつ、完全に暴走していやがる。
なんてこった。
こ、これはマズイ。
なんとかして止めなければ!」
だが剛の者であるポロ自身も、その強大に膨れ上がったグリモワールの力に抗えずに、次の瞬間には意識がそいつに向かって吸い込まれていった。
そして、全ての関係者が奴の力に飲み込まれていったのだった。
そう、遠い地に居る映画の都ハリウッドの関係者までもが。
国内外のスポンサー企業なども。
日本国も支援し、米国政府も大いに便宜を図ってくれた。
まるで吸い込まれるかのように、何一つ疑問も持たず、ただただ事の実現のために。
誰も彼もが。
狂進、猛突、狂躁。
そして……。
ハッとポロが正気に返った時には、それら狂気の全てが終了していた。
何故か、気が付いた時には霞ヶ関のビルの一室にいたのだ。
窓からは一目で東京とわかる馴染みの風景が映し出されているのが見えた。
「こ、これは!」
まるで転移魔法で景色が急変する場所へと跳んだかのように、突然眼前に現われた光景に目を瞠るポロ。
そしてどうやら、全てが終わった後であるらしい事を彼も悟った。
自分が意識を消失していた間に、一体何があったのかを知るのが非常に恐い。
不思議な事に、グリモワールは力を失ったかのように大人しい。
何かこう、ぐったりしている感じというのが、しっくりくる表現だ。
もしかすると、かなり無茶をしたせいで拡張空間に内蔵されたベスマギル製の超大容量魔力バッテリーを使い切ってしまったのかもしれない。
「ああ、ポロさんも正気に返られたのですね。
一体どうなってしまっていたのかしら。
とても正気の沙汰ではありませんでしたわ」
「ああ、まったくだ。
何故、あんな事に」
村山女史の上司であるおっさんも力なく項垂れている。
非常に聞きたくない。
絶対に聞きたくはないのだが、これは聞かないと済まない話なのだろう。
諦めて、おもむろに口を開くポロ。
「あのう、一体何がどうなって……」
「ええ、実は。
あれから何故か【ハリウッド】へ進出する事になって、【全米一斉公開】される事になりまして。
結果は、その……」
そこまで言って、唇を噛み締めて項垂れる村山さん。
その上司も、更に項垂れた。
「う……う……うわあーー」
無謀だ、無謀すぎる。
日本国内での映画興行だって相当厳しかったのに。
「あれに関しては、始めは省庁の間でも映画ではなくNHK放送で御茶を濁そうという意見もあったのですが、最後には【何故か】ハリウッドにて公開する運びになってしまったのです」
更に項垂れる村山女史に、ポロは声をかける術さえ持たなかった。
「もちろん、結果は惨憺たるものでした。
国内分だけで、かなり黒字になっていたんですよ。
それを一体、何故。
人から聞いた話なのですが、私もそれはもう熱狂して、あちこちから沸いた反対意見を強引に押さえ込んで、とうとう実現させてしまったようです。
私、一体どうしちゃったのかしら。
当時の事を、あまりよく覚えていないんです。
もう正気を失っていたとしか思えませんわ」
あ、あ、あ、ああー!
ポロの声にならない叫びが虚空に木霊する。
(す、済まない。
本当にスマン!
ったく、このやり過ぎグリモワールがっ)
まさか本当の事を言う訳にはいかないので、心の中で苦しく詫びるポロ。
なにしろ、そのグリモワールを起動したのは他ならぬ彼自身なのだから。
「そ、それでも、プロジェクト全体ではなんとか黒字になったんですよ。
ほ、ほら」
そう言って差し出された彼女の手の中には『十円玉』があった。
「その、これが今回のプロジェクトの収支の全てです。
その、何と言ったらいいのかわかりませんが、どうか黙ってこれを受け取ってください。
あなたには本当に御世話になりました。
そして御免なさい」
思わず眩暈がするポロ。
御免なさいと謝られるどころか、こっちが申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが、とてもではないが受け取りを断れる雰囲気ではなかった。
よく見たら、大変貴重なギザ十だった!
コインショップで買えば六万円くらいはするだろう未使用品の綺麗な物で、まるで大事な指輪を収めるような箱に入っていた。
せめてもの気持ちという事らしい。
省の関係者である誰かのコレクションだったのだろう。
「あ、ありがたく頂いておきます」
それ以上は何も言えず、もう黙ってその貴重なコインを受け取るに留めたポロだった。
どうしようもないので、これは息子への土産にするとしよう、と。
あの息子と仲のいいドワーフの王子達だけは、こいつの希少な価値を理解して羨ましがってくれる事だろう。
またそれが、せめてもの自分の心の慰めとなるだろうと思う事にした。
そしてポロは一番気になっている事を確認した。
「あの、広瀬さんは?」
「ああ、今は向こうで修業の日々ですわ。
それはもう、はつらつとなされていました。
もう一人ではありませんしね。
ハリウッドの映画会社が莫大な契約金をくれたので、その分だけでも税引きで二億円ほど入ったでしょう。
借金を全て清算し、今までの家は処分して仙台に新居を定めて美千代さんと一緒に暮らす事にしたようです。
今、御二人とも大変幸せですわ」
そうか。
あの人は幸せになれたのか。
自分の目的は果たした。
しかし、そのために犠牲になった物は大きかったのだ。
少し割り切れない複雑な気持ちに、少々心が撓むのを感じたポロだった。
このグリモワールは、決して万能のアイテムではない。
何かを究極に達成する事は可能なのだが、そのために何かを犠牲にする事をまったく厭わない。
確かに広瀬さんはハリウッド進出で、より幸せになった。
しかし、その他の犠牲があまりにも厖大だった。
せめて等価交換であったならば良かったものを。
これでは、まるであの課題達成のために気違いじみて魔力を馬鹿食いするゴッド系魔法ではないか。
そこでポロは気が付いた。
これは、まさしくそのように作られてしまった物、諸刃の剣のような代物であるのだと。
それこそは、あのゴッド系魔法の発明者が製作した物なのだから。
その願いが真摯であればあるほど、その度合いは究極に強くなるのではないだろうか。
何かを贄、強烈な対価として、とことんまで要求するのだ。
その原資が枯れ果てるまで。
さすがは、あの魔王園長渾身の作だけの事はあるのだと、ポロも今更ながらに思い知るのであった。
もちろん真摯の塊であるような仏のポロとの相性は最悪だ。
あるいは、目的に対する効果に限って言うならば至高の組み合わせと言えない事もないのだが……。
「こいつの威力のほどは、よくわかった。
つ、使い方は、充分気を付けるとしよう」
ポロはそう心に決めて、内ポケットの中で達成感に満ち溢れたかのように寝息を立てている感じのグリモワールを優しく撫でてやるのであった。
「お疲れさん」
◆◇◆◇◆
以上の顛末が、今回見た最初のファイルの中身だった。
「な、なんてこった。
俺はまた豪い物を作ってしまったな。
しかもポロの奴め、気を付けるとかなんとか体のいい事を言いながら、ファイルは全部で十個もあるじゃないか。
それはとりもなおさず、そこまで追い詰められた結果、結局は止むを得ずこいつを使ったっていう事だよな。
まさか、その全部が今回並み、あるいは今回以上の騒ぎとか言うんじゃないだろうな。
他のファイルを見るのが恐すぎるぞ。
それを見るのは、またの機会にしようっと。
あの男の世話好きにも、ほどがあるよな」
自分の世話焼き癖は脇に置いておいたまま、そんな事を呟いている俺なのだった。




