127-8 アイドル
「では、広瀬さん。
本日のイベントではゲストとして宜しく御願いします」
そう言って、広瀬老の胸につけられた花を整えてくれる司会の若い女性。
本人は緊張して顔が百面相のようになっている。
無論、それは美味しくカメラの餌食になるのだが、本人はそれどころではないようだ。
「ああ、こんな時に婆さんがいてくれたなら!」
「広瀬さん、しっかり。
御婆さんは、きっとあの世から見ていてくれますよ」
「やかましい、お前なんぞに何がわかるか」
「いやいや、私も一時期は行方不明になっていましてね。
家族から、そんな風に思われていましたよ」
「なんだと!
この駄目駄目な極道者めが!」
何を言っても一事が万事こんな調子なのだ。
やれやれといった風で肩を竦めるポロ。
まあ広瀬さんの緊張は、その分解れたようなのでいいのかもしれないが。
そしてイベントには多くの人が訪れた。
まあ県庁主催の、県の特産品イベントみたいなものだけれど。
そのうちの職人さんによる工芸品コーナーの一角に、広瀬老はゲストとして参加しているのだ。
話を聞いた人達は、これが映画になると聞いて感心したようだったが、広瀬老を見て、それから少し首を傾げながら皆行ってしまう。
彼は別に俳優さんではないし、妙に緊張して変な顔をしているので。
芸能人的な空気は欠片も纏っていない。
中にはニュースを見て、この企画の事を知っている人もいたのだが、そう特に関心は持たれなかったようだ。
一応、国の企画として入り口に看板は出されていたのだが。
「まったく注目されていませんねー。
大丈夫かしら」
心配そうな村山さんを、ポロは体を軽く前後に揺すりながら笑い飛ばした。
「あっはっはっは。
村山さん、今更何を言っているんです。
そんなもの最初からわかっている事じゃあないですか。
それよりも広瀬さんの出演料なんかは頼みましたよ」
「ええ、それはもう。
第一、それが無かったらどうにもならないじゃないですか」
身も蓋もない。
殆んど税金の無駄使いだ。
しかし何かをやらないといけないのは確かなのだし。
激しく少子高齢化する日本、特に定年と同時に離婚された男性の孤独死とかが更に増えていきそうな按排だ。
仕事と伴侶を同時に失って、先を生きる気力を失くしてしまう人なんかもいる。
何らかの対策は必要とされていた。
広瀬さんも伴侶に先立たれた部分が考慮されているのだ。
元々、奥さんの入院費や治療代などが払えなくて借金が始まったらしい。
それは選出の際に大きなポイントとなっただろう。
彼は頑固一徹な堅物だったので、別におかしな借金などがあったわけではないのだ。
ポロも、そこに心を痛めていたのだった。
そして、またグリモワールが光った。
「今度はなんだ?」
すると、何か上品そうな着物を着た老婦人がやってきた。
そんな人が、このうらぶれた一角に一体何の用なのか。
「こんにちは」
突然に話しかけられてビクっとする広瀬老。
少し挙動が怪しい。
元からアレな人ではあるのだが。
「こ、ここ、おこんぬつわ」
これまた何を言っているものやら。
アカンなとは思いつつも、付き添いの二人は広瀬さんをそっと見守るような感じに眺めている。
「ここの企画が映画になると聞いたのですが、あなたが俳優さんなのですか?」
「は、俳優!?」
そういう事になるのだろうか。
ポロは物問いたげに村山さんの方を見たが、彼女も首を傾げていた。
ドキュメンタリーの出演者って、俳優さんとは言わないような気もする。
何しろ、何も演じてなどいない体当たり企画なのだから。
只のノンフィクション、いや単なるリアル映像の登場人物なだけなので。
「ああ、いや。
私はそういう者ではなくて、その、只の新入りの職人見習いです、はい」
まさにそれだなと頷くポロ。
とにかくポロとしては、この人が再出発出来ればそれでいい。
正直に言って、こんな日本のしょうもない国策映画なんかどうでもいいのだ。
彼は只の異世界人で、日本人ですらないのだし。
「まあまあまあ、それはまたフレッシュな人材ですこと」
そう言って上品に笑うその人。
無茶を言いなさんなと思ったポロであったのだが、当の本人である広瀬さんは嬉しそうだった。
普通は、こんな爺様にそんな事は言ってくれない。
さっきから皆に無視されっぱなしだったのが、実は結構堪えていたものらしい。
それを言ってくれたのが素敵な老婦人だったのが、また嬉しかったようだ。
爺さん、死んだ婆さんはどうした。
「いや、そんな事を言っていただくのは実に五十年以上ぶりの事ですなあ、わっはっは」
そこへプロデューサーと協会長さんがやってきた。
「おや、山吹さん。
もうこちらに来ておられましたか。
ああ、広瀬さん。
こちらの方は山吹美千代さんといいまして、あなたの共演者です。
もっぱら、あなたと一緒に映って、あなたを案内したり解説したりしてくれる役ですね」
「あはは、広瀬さん。
彼女は、こちらの業界ではアイドルなんですよ。
いろんなイベントに出ていただいたり、PR用の映像資料に出演していただいたりとかでね。
前の協会長の奥さんだった方でして。
その協会長も亡くなられたので、今では若輩者の私が協会長を務めておる次第ですわ」
アイドル……ポロも思わず呟いてしまったのだが、上品そうな和風老婦人、その所作こそはまさにこの業界にはぴったりだろう。
そして、この爺さんの御相手にも。
おまけに未亡人ときましたか。
ポロは、チラっとグリモワールを仕舞った胸の辺りに目線を走らせたが、ドヤ顔をしているのを感じる。
ポロは首を振りながら村山さんを見たのだが、彼女は楽しそうに笑っている。
もしかしたら、あの山吹さん登場は、この人の差し金だったのかもしれない。
それとても、グリモワールに操られての行動でないとは言い切れないのだが。




