127-3 オールド・ヒーロー
そして、また翌日。
マスコミはいなかったのだが、あの村山さんという日本政府から派遣されてきた女性はやってきていた。
そして、やはりにべもない対応をされたようだった。
きっと、そういうものをどこかで映像に撮っているのかもしれない。
だからポロも、自分がやたらと出ていってはいけないだろうなと思ったのであるが、広瀬さんが女性に水の入ったバケツを向けたので、慌てて止めに入った。
「広瀬さん!
そ、それはちょっと待って」
だが待ってくれなかったので、村山さんを庇ったポロは自分が頭から水をかけられてしまった。
「ああ……」
さすがにがっくりときたポロなのであったが、もうそこは諦める事にしたらしい。
しかも爺さんときたら、彼の顔を見るなりこうだ。
「なんじゃ、またお前か。
帰れ!」
「はあ、そうしますね」
軽く村山さんに会釈して、帰る振りだけするポロ。
彼女の同情の視線が背中に痛いが、彼女だってこうなるのは時間の問題なのだ。
物陰に潜んで生活魔法で身なりを整えると、またそのまま陰から推移を見守る。
「広瀬さん。この企画、やってみるだけやってみませんか?
今のままじゃあ、あなただって御困りでしょう。
だからね、ちょっとやってみるだけ」
村山女史は必死に説得を試みたが、けんもほろろの扱いだ。
まだ本物の雉を説得した方がマシだろう。
「わしはそんなもんは知らん。
もう放っておいてくれ。
今、儂がこうあるのは、全てこの儂自身の責任よ。
政府に責任を求めたりなどもせん。
だから政府も儂なんかに構うな」
それを見たポロは思わず呟いた。
「広瀬さん。
潔いのはいいんだけどね。
本当にそれでいいのかい……」
広瀬さんの焦げ付いた分の補償くらいなら、自分が異世界でちょっといい魔物でも狩ってくればなんとでもなる。
それこそ、安請け合いで仕事を請け負ってミスした自分の責任なのだから。
でも、それでは会社はよくても、この人の心は救われないだろう。
ポロはもう一度グリモワールを持ち出すと、そのいかにも古びたという感じで角も綻んだ、不思議な佇まいの革表紙に向かって仕事仲間にでも言うように話しかけた。
「おい。
頼むぞ、お前。
あの人の人生がかかっているんだからな」
なんだか、それを聞いたグリモワールが首を竦めたような気がしたのだが、それはきっとポロの気のせいなのだろう。
その後マスコミがやってきて、また大騒ぎになっていたのだった。
また性懲りも無く迫った昨日のマイクに痰を食らった女性が、今度は犬の、その、『アレ』を食らったのである。
今度は頭の上に。
どこかでビニール袋に入れた奴を貰ってきていたらしい。
さすがにレポーターも悲鳴を上げて逃げていった。
広瀬さんが、まだ一袋手に持っていたので、それを見た他のマスコミ連中も逃げていった。
「あーあーあー。
広瀬さん、それはやりすぎだって。
もう、本当に困った人だな」
その後も村山さんがやってきて、またしばらくすったもんだしてから帰っていった。
幸いにして犬のアレは食らわなかったようだったが。
仕事とはいえ、村山さんは広瀬さんのために来てくれている人で、マスコミ連中のように図々しくも厚かましくもない人なので。
彼女の広瀬さんに向けられた敬意は、ちゃんと本人にも伝わっているようだった。
ポロは、おもむろに物陰から出ていって広瀬さんに声をかけた。
「広瀬さん。
そんな事をしていると、もう本当に構ってくれる人がいなくなってしまいますよ。
いいんですか、それで」
「うるさい。
儂に構うなと言っただろう。
お前も、もう来るな」
「いや、来るなと言われましても。
私って借金取りなものですから、私だけは来ない訳にいきませんよ」
「くう」
そして広瀬さんはしばらく睨んでいたのだが、ポロが帰らないので諦めた。
マスコミよりは借金取りの方がマシだと思ったのだろう。
「何か、御話でもしましょうよ。
あ、その前に、犬のそれは捨ててくださいね~」
広瀬爺は必殺のアイテムをさりげなく袋ごと取上げられたので、かなりブツブツ言っていたのだが、ポロはなんとか家に上げてもらう事に成功した。
「茶なんか無いからな」
何か睨むようにそう言っていたが、ポロがペットボトルの御茶を差し出すと、それを黙って飲んだ。
しばらく無言でそうしていたのだが、やがて沈黙に耐えられなくなったものか、爺様の方から話しかけてくる。
「お前は本当に変わり者だ。
こんな爺にずっと関わり合って。
借金を取り立てる当てさえないものを」
「あはは。
あるじゃないですか。
ほら、今勧誘に来ている奴とか」
「馬鹿野郎、あんな物は儂を見せ物にしたいだけだ。
虫唾が走るわ!」
「まま、そう捨てたもんじゃないですって!」
それから、しばらく俯いていた広瀬爺さんは、顔を上げるとポロを睨みつけた。
「儂に、あんな芸人みたいな真似が出来るとでも?
儂は芸人なんかじゃなくって職人だったんだからな」
「じゃあ、その職人スタイルでいきましょうよ」
「なんだと!」
「明日、村山さんがやってきたら相談してみましょうよ。
ね、ね?」
あくまで下手に出ながら説得を試みるポロ。
「いや、しかしな」
「まあまあ、ここは御試しという事で。ね?」
「まったく、お前と来た日には……」
広瀬爺さんも、にこやかなポロの柔らかい押しについ押されて、溜息交じりに一応やってみる約束をしてしまった。
これで相手がゴリ押し力押しでくるというのなら、絶対に大人しく言う事なんて聞きはしないのだが。
これはもうポロの人徳としか言い様がない。
こんな奇特で殊勝な人間が、あの悪徳はびこる棄民都市アドロス在住の冒険者だっただなんて、異世界アスベータの住人ならグランバースト公爵家の人間を除けば誰も信じまい。
「ええい、お前のしつこさには負けたよ。
結果がどうなっても知らんからな」
なおもブツブツ言いながら、ポロが差し入れした握り飯と和食おかず詰め合わせを頬張っていた。
「はいはい。
まあ何もやらないよりはマシですって」
もっとも、説得した本人にも、これっぽっちも自信など無いのであったが。
日本政府も無茶な企画を立てるものだと妙な感心をしながら、ポロは家族の待つ異世界への遅めの家路についたのだった。




