127-2 願いを込めて
そしてポロは、ついに決心した。
こういう時にこそ、これは使われるべき物なのではないだろうか。
あの魔王園長先生に頂いた『幸せのグリモワール』なるものが。
これには数々の加護が秘められているのだという。
彼はそういった事に造詣が深いとは言えないので、よくわからないのだ。
だが書いてみた。
『そこに私利私欲なく書き込まれた願いを、加護の元に叶える秘密のグリモワール』に。
「どうかもう一度、広瀬さんに素晴らしい人生を。
そして借金も無事返済できますように」
後半はこのグリモワールの制約的にどうなのかなと思ったのだが、別に私利私欲から取立ての成功を願っているわけではないので大丈夫だろうと、その立派な革表紙で趣き深く装丁された手帳サイズのグリモワールをポケットに仕舞った。
「そう言えば、自分はいつも主神ロスに対して祈ってしまっているが、こっちの世界にも神様はいるよな。
いいのかなあ」
そのようにぶつぶつと言いながらも、他の世話をしている人のところも見て回っているのであった。
午前中の仕事を終えて昼飯にする事にしたが、手早く済まそうと辺りを見回した。
駅であったので、手近な立ち食い蕎麦をチョイスした。
御同輩のサラリーマン達が、同様の思惑で立ち並ぶ中、すぐに茹で上がってきた蕎麦を啜っていると、テレビが高齢化社会について話していた。
「この世界は立派なものだ。
皆が長生きしているので年寄りが増え過ぎて困っているくらいだからな。
うちの世界などは命が安くていかん。
まあ、どこの世界にも困った問題という物はあるものだが」
そう小さく口に出しながらも、自分の子供達には絶対に長生きしてもらいたいと願う彼なのであった。
続いてテレビのニュースは、面白いニュースをやっていた。
「続きまして、本日のホットなニュースをお届けいたします。
足立区に御住まいである広瀬巧さんの話題です」
思わず、ぶふっと蕎麦汁に咽るポロ。
(広瀬……さん?)
彼の写真がでかでかと、御昼休み時間のテレビのニュースを飾っていた。
「いったい、なんだ?」
「えー、広瀬さんは選ばれし者なのです」
「誰にだよっ」
「実は、この高齢化社会に悲観する多くの国民を鼓舞するため、政府が進めてきた秘密のプロジェクトがありました。
その名も『爺さん、あなたがスターだ』です。
高齢の年金暮らしの老人の中から無作為に選び出された老人を国家の力でスターに仕立て上げる、まさにドリーム企画。
キャッチコピーは『あなたに、もう一度夢の人生を』。
今回は東京都民を対象にして、年金収入のみの男性の方から選ばせていただきました。
その企画に、今朝選ばれた幸運の寵児。
それがこの人、広瀬巧さんなのです」
あちこちで、「何だよ、そりゃあ」とか「何故、爺さんなんだよ。ここはせめて婆さんにするシーンだろう」などと居合わせた客達が騒いでいた。
対象が男性なのは、女性の方が老後は結構楽しくやっているケースが多いからだろう。
男性は退職するとボーっとしてしまうというか、自信を無くしてしまうような人も多くいるようだし。
社会そのものから疎外されたように感じてしまうのだろう。
「こ、これは。
もしかして今朝使ったグリモワールの効果なのか??
いやに効果が早いが、これは元からあった既存のプロジェクトに乗ったという事なんだろうか。
しかし広瀬さんはどうなるんだろうな?」
心配になって彼の家へ行ってみると、思った通り既にマスコミが駆けつけていて……。
そして当然、広瀬さんに怒鳴りつけられていた。
「帰れっ、このマスコミ屋どもがっ。
わしはテレビなんか見んのじゃあ」
「うん。
テレビは質に入れたまま流れちゃいましたものね」
そんな事を呟きつつ、引き続き推移を見守るポロ。
「まあまあ、広瀬さん。
今の御気持ちをどうぞ」
だが、突きつけられたマイクに「かーっ、ぺっ」をやられて、痰でべったりなマイクを呆然と見ているリポーターの女性。
「あーあーあー。
テレビ局の奴ら、世捨て人も同然の広瀬さん相手に何をやっているんだ。
しかし、いかにグリモワールの効果とはいえ、ちょっと無謀すぎないか?
なあ、お前」
そう言って、ポケットの中からグリモワールを取り出して話しかけてみるが、「そんな事を言ったって、わたしゃあ知りませんよ」みたいな顔をしているようにしか見えない。
「こりゃあ、どうしたもんかねえ」
とにかく、カンカンになってテレビ・クルーを追い払おうとしている広瀬さん。
だが、そこへ政府の関係者がやってきた。
まだ若い女性の方だ。
どうするのかなと思って見ていると、資料を見せて企画の説明をしようと思っているようだが、広瀬の爺さんが見境無く暴れているので、話しかけられずに一旦帰ってしまうようだった。
慌ててその後を追い、話しかけるポロ。
「あの、すいません」
「ま、まあ。
なんでしょうか」
少し渋い男っぷりの、体も引き締まって体格のよい外国人であるポロに話しかけられて、少し顔を赤らめるその女性。
元々態度物腰の柔らかいポロは、丁寧な口調も相まって人からあまり警戒されない。
「広瀬さんは一体どうなるのですか?
あ、私は彼のちょっとした知り合いなのですが」
借金取りと客の関係だとは、さすがに口が裂けても言えないポロだった。
「え、ええ。
御心配なく。
政府がじっくりと支援いたしますので。
一応、民生委員の方の意見なども参考にして選ばせていただいたのです。
なんというか、ちょっと荒れていらっしゃるような方をね。
その立ち直る姿を、同じ高齢者の方や、これから老後を迎える国民の方にも見ていただこうという企画なのですから。
あ、私は担当の村山と申します」
そう言って彼女は名刺を渡してくれたが、自分もうっかりと借金取りの名刺を返しかけて、慌てて止めた。
その立ち去る彼女の後姿を見守りながら、「これ、本当になんとかなるのかなあ」と、半ば呻くように呟くポロなのであった。




