第127章 仏のポロ 異世界日本・任侠人情帳 127-1 あの人
俺は、リビングでビールを傾けながらも、ふっと考え事をしていた。
あの人はどうしているだろうか。
あの人。
それはもちろん、あのエリの父親であるポロのことだ。
彼には俺が地球の魔法使いフランネルから教えてもらって作った必殺のグリモワールを持たせておいたのだ。
そして一応、俺の魔法PCに何が起きたかという結果だけは自動的にデータで送信されてきてはいる。
ちょっと恐いので、まだその中身は見ていない。
依然として結果が送信されてきているので、そうおかしな事にはなっていないとは思うのだが。
エリからも、特別に何か変わった様子があったなどとも聞いていない。
毎日、朝出かけては夜には家族に御土産を持って『基本的には』必ず毎日帰ってくるのだという。
基本的というあたりの説明がちょっと怖い。
つまり、それは即ち、そうでない場合もあるという事を意味するのだからな。
今日は時間があるので、ビールの御伴に戦々恐々とファイルを開いてみるとするか。
◆◇◆◇◆
「本日は、『あの人』のところへ行ってみるか」
ポロはネクタイの乱れを片手で直しながら、そう呟いた。
今日の仕事に関しては少し気の進まない部分もあったのだが、そうも言っていられない状況なのであった。
彼の件は、自分が強引に引き受けた案件であったのだ。
少し、いや相当に難しい問題だった。
今日は社長からも思いっきり釘を刺されてしまった。
「おい、ポロ。
お前が人情家なのはわかるんだがな。
会社っていうのは遊びに来ている場所じゃないんだ。
特に、うちみたいなところはな。
下手を打つんじゃないぞ」
そう。
はっきり言ってヤクザの会社なのである。
本来ならポロのような情に溢れた人間が居ていいような場所ではない。
それは承知の上での、この居場所。
まあ、それは超強面な社長自らが許可しているので、他の人間がとやかく言う事など無いのだが。
腕っ節で、その辺のヤクザが異世界の凄腕冒険者に敵う筈などないのだから。
それはまた別として、事務所のみんなもポロのやる事は面白いと思っているのだ。
第一、その仕事ぶりが凄まじ過ぎてケチがつけられない。
要らん事を言おうものなら薮蛇になりかねない。
自分の仕事を顧みれば、それは一目瞭然なのだ。
何よりも社長自慢の5番アイアンが、そいつの尻を目掛けて唸りをあげるだろう。
何しろ、今からポロが様子を見に行く人というのは高齢だ。
七十代で年金収入しかない。
確か二ヶ月で十二万円も無かったのじゃないだろうか。
それでいて、そいつが抱えた借金の額ときた日には。
なんとかして借金を返させないといけないのだが、金利だけでも豪い事だった。
今はなんとか社長に頼み込んで返済を待ってもらっているのだが、正直どうしたものか、さしもの仏のポロもどうするべきか考えあぐねているところなのだった。
そしてその日も、その方を訪問したポロであったのだが。
「馬鹿野郎、帰れっ」
そんな罵声と共にスチール製のゴミ箱が飛んできた。
難なくそれの襲来を軽いステップで軽やかに躱し、ひょいっと受け止めると、その老人に手渡しに向かった。
まるで忍びの者であるかの如くの静かな足取り。
それはまるで、異世界で魔物に気配を気取られないようにするかのような。
そう、それがたとえ、あの怪猫プリティキャット相手であろうとも。
「広瀬さん、物は大切になさらなくては。
私の家も貧乏が長かったので、子供達にもそういう習慣がついていますよ。
全ては私の不徳のいたすところです」
だが老人は御構い無しに熱り立つ。
「喧しい。
ヤクザ者の説教など要らんわ」
「でも、そのヤクザからお金を借りたのですから、借りたものは頑張って返さないと」
「煩いっ。
どうせ、あと幾ばくも無い、この短い命じゃ。
好きに持っていけ!」
いつも、こういう対応である。
普通ならば、どたまに来たヤクザにボコボコにされているところだ。
だがポロはニコニコと笑顔でこう言った。
「今日のところは帰ります。
でも、もう一度、もう少しだけ頑張ってみましょうよ」
「煩い、とっとと出ていけー!」
そのまま、すっとバックステップで下がり、まるで煙であるかのように消えていくポロ。
さすがは手練の冒険者だけあって、隠密系の魔法やスキルには事欠いていないようだ。
あのプリティドッグをも煙にまくだけの事はある。
そして後には、どうする事も出来ずに俯くだけの老人がいるばかりであった。
滴り落ちる涙は悔し涙か、はたまた悲しさや寂しさを意味するものなのか。
震える老人の背中は何も語ったりはしなかった。
それをポロはそっと陰から見守り、溜め息を吐くと静やかにその気配ごと闇の中へと消え去るのであった。
「ただいま」
「あら、お帰りなさい。
今日はちょっと遅かったのね」
「いや、ちょっと仕事で踏ん切りがつかなかったのでね」
「お帰り、パパー」
「御父さん、お帰りー」
「ははは、ただいま。
これ、御土産だよ」
そう言ってエリに資料用の御菓子の御土産を渡す子煩悩な冒険者。
それはマリーも含めてあれこれと検分した後に、家族で美味しく頂く予定なのだった。
「御疲れ様、肩凝ってない?」
「ありがとう。大丈夫さ」
美しく優しい妻、そして可愛い子供達。
そもそも、今の仕事なんて無理をして続けなくてもいい仕事なのであった。
元々、異世界島流しの状態の中で生活のためにやむなく就いていた仕事なのだから。
こっちの世界へ戻ってきて働けば、今ならばいくらでも稼げるだろう。
殊に今はエリが、かなりの額を稼いでくれているのだし。
妻も、そのパート的にやっている御針子仕事の収入だけでも十分に家族を養っていけるくらいの収入を持っている。
だが、しかし。
日本に見捨てられない人達がいる。
どうする事も出来ず、ただ涙するしかない人達が。
自分に出来る事をして生きていこう。
この異世界アスベータでも、いつもそう言って生きてきた。
辛い時も苦しい時も。
彼らを見捨てたくないのだ。
そしていつしか、偉大なる主神ロスに向かって祈っているポロの姿があった。




