124-7 チェックポイント
「ふう、腹減ったな~」
いつしかパウルはそうボヤいていた。
集合に遅れないようにと朝早く出てきたので、腹が減ってしょうがない。
もう時刻は昼にかかる頃だろうか。
「言うな。
余計に腹が減るだろ」
そう言いつつ、自分も御腹を押さえるベン。
この二人を比較すると、どちらかといえばベンの方が大人というか、少し達観している感じだ。
彼は王都の孤児院で育ったのだが、教会や孤児院で勉学に励み、非常に優秀であったため教会から推薦されて王都学園に入る事が出来たのだ。
元は優秀であったのだが、お金の関係で色々と整える事も出来なかったので学業の方もどんどん遅れていった。
小遣いも無いので、簡単な仕事もしないと着替え一つ買えない。
最近は、そういう平民苦学生の現況を顧みたアルフォンス先生が、改善策としてアルフォンス商会からの無償奨学金を出してくれたので随分とマシになった。
彼が頼んでくれたので、王国も貧乏学生向けに補助金を出してくれているらしい。
最近はこの王国も通商の拡大によって富を拡大しているため、そういう内容の話も通りやすくなっていた。
それもアルフォンス先生が大きく貢献してくれている案件であったので、彼から頼んでくれたせいで王国も太っ腹だ。
御蔭で彼らのような平民苦学生も学業の追い込みをかける事が出来、普段着もなんとか今までよりはマシな格好を出来るようになった。
ここでは平民の身分でとやかく言われる事はそう無いのだが、身なりをしっかりしていないと陰であれこれと言われてしまうので辛い。
その辺の事情は別に王都学園の生徒でなくても同じなのだが。
それに、ここは王宮に隣接している区域に在るので、身分の高い人もよく通るような特別な場所なのだから。
だが、なんとか卒業見込みは出来たものの時既に遅し、成績は色々と怪しい感じではあるので、こういう追加評価を受けられる講習には是非参加しておかないといけない。
当然そういう事は就職にも影響が出るだろう。
そういう人間であったので、当然の事ながら本日は大した装備も無しでの『手ぶら講習』である。
これで講習のステージがダンジョンなるものでさえなければまだいいのだが。
ベンは開き直っていたので完全に普段着である。
棒切れ一本持ってはいない。
迷ったのであるが、なんとなく中古で買った革の帽子を被ってきたのは、まだ幸いだった。
だが、そんな空きっ腹を抱える二人の前方で、なにやら人の声がざわめきを作り出していた。
「ん? なんだろうな、あれ」
「さあなあ。
行ってみようぜ」
ここまで一匹も魔物に会っていないので、実に御気楽な二人。
一緒にはいないものの(実際にはいる)グランバースト公爵家のゴーレム隊はいてくれるのだ。
命の心配だけは要らないだろう。
というか、そういう心配があったのならば気持ち以前に装備面から、その場で全面降伏するしかない二人なのであった。
もう仕方がないので、彼らの行く手に現れる魔物はゴーレムによって全て掃討されていた。
その御蔭で、それに関するプラス評価は二人とも一切無いという、本人達さえ知らない悲惨な状況に陥っていた。
もっともチャンスを与えられたところで徒手空拳では如何ともし難い。
この二人では魔物どころか猫と戦ったって勝てそうにない。
アドロス名物である蜂の大群に襲われたりしたら目も当てられない。
フレイ達のような上級パーティには、敢えてチャンスとして魔物が与えられていたのだ。
そこは、やや広めの空間となっておりテーブルが並んでいて、それなりの数の人間が食事休憩をしていた。
「はあい、チェックポイントよ~。
カードを出してスタンプを押していってねー」
真理先生がパンパンと手を叩いて学生達に呼びかけていた。
いつもの幼稚園のノリそのままであった。
パウルとベンも首にぶら下げていたカードケースからカードを取り出して、可愛くデフォルメされたチビドラゴン絵柄のスタンプを押した。
チェックポイントは一階層に一つの五十箇所。
頑張れば片道十日くらいで踏破出来るのではないだろうか。
ただし、進めば進むほど疲労も溜まり、また帰り道は当然の事ながら登りの厳しい道程である。
もっとも、五十個のスタンプを集めさえすれば後はギブアップしても構わないのだが。
転移魔法により地上へ送ってもらえるのだ。
その代わり、帰りも自力で登ってこれた強者は、当然その分は大幅なプラス評価となる。
「へえ、他のみんなも結構のんびりしているんだな」
「そりゃあ、お前。
ゴールが地下五十階なんだぞ」
「そりゃそうだな。
とても僕達が辿り着けるとは思えないけどね」
「まあ、行くだけ行くさ。
前向きな姿勢だけでも評価してもらおうぜ」
それを聞いて楽しそうに笑う真理。
「あはは、いいわね。
あなた達、その意気よ。
はい、御弁当」
そう言って、かなりボリューミーなサイズの御弁当が入った白いビニール袋を渡してくれる。
その手にかかる重量に思わず顔を綻ばせる二人。
「あ、ありがとうございます。
うわあ、御飯があるなんて嬉しいなあ」
「これはまた、なんという幸せ!」
「そりゃあ、合宿講習ですもの。
御弁当もなかったらやれないわよ。
いっぱい歩くんだから」
それから続けて真理がこのような事を告げた。
「この先、一階毎にチェックポイントがあって、そこで補給が貰えるからね。
三階以下のチェックポイントには宿泊所も設けてあるから、頑張って最低でも三階までは行かないと今夜ベッドで眠れないわよ。
下の階層へ行くと広くなっていくから、補給所はチェックポイント以外にも用意してあるから頑張ってね。
順路はきちんと守ってちょうだい。
まあ分かれ道にはゴーレムが立って指示してくれているから、道を間違える事はないはずだけど」
彼女がにっこりと笑って結構えげつない事を言うので二人は顔を引き攣らせたが、園長先生がエミリオ王子を救出した時には女性の足でも十五階から三日で上がってこれたのだ。
初日は半日分程度の時間になるとはいえ、下るだけの道を若い男だけのチームで三階まで辿り着けなかったら、本来なら落第物である。
戦闘する時間も体力も必要ないコースなのだから。
二人はやれやれと思いながら、アドロスのフードコートにあるような地球風の真っ白な丸テーブルの空いた席について弁当を広げてみる。
「どれどれ。
うわあ」
「んー、なんだよ。
うはあっ、これは!」
その重い中身といえば。
まあ温めてくれてあるパックの特盛り弁当はいいだろう。
ペットボトルの御茶もよし。
だが、その他びっしりと中に入っていたのが、なんとスティックタイプの携行食及びスポーツドリンクだった。
そして禁断の栄養ドリンクが入っていたのだった。
これがいよいよという時に使うものだというのも、アルフォンス商会が売りに出しているので今ではよく知られている。
この国の激務に耐える王子達の愛用品として、国民から非常に服用を恐れられている品だ。
その体に無理をさせてしまう無体な性質も、あっという間に人々の知るところとなった。
「そ、その携行食って、確かあの精鋭である王国騎士団が激烈な訓練中に使う奴だよな」
「ああ、王国騎士団員の親父がいるドノヴァンがいつも言っている奴だな」
これもアルフォンス商会で売りに出されている物なので世間でも知られてはいるのだが、地獄の精鋭・王国騎士団が訓練中に齧ることでもまた有名な代物なのだ。
そんな物をてんこ盛りで突っ込まれているのだから、二人が目を剥くのも無理はない。
「この先はきっと大変だなあ」
「あ、ああ。
俺達って成績は崖っぷちだからさ。
多分、下まで降りて終わりじゃなくて、往復コースくらいやらないと駄目なんじゃないのか?」
そう言ってからパウルは、ふと胸のスタンプカードの裏面を見た。
そこにはこう書かれていた。
「何々?
【ようこそ、神の道へ。
アドロス登山オリエンテーリング・裏コース。
ここを登り切れたらあなたは神に一歩近づく】だと~!」
二人は顔を見合わせて叫んだ。
「「ひえ~~」」
神は神でも死神なんじゃないのか? とか、つい思ってしまう凸凹コンビなのであった。




