122章 バカンスの島 122-1 宰相リヒターの夏休み
「リヒター」
たまたま皇帝執務室に来ていて皇帝専用プリンターのインク・カートリッジを交換していた、そう呼ばれた若き帝国宰相が振り向いた。
「何でしょうか、皇帝陛下」
「いや、お前もまた働き詰めだからな。
少し夏の休暇を取ってきたらどうだ?」
だが、彼はキッパリとした表情で自分の上司を見た。
「御戯れを。
また次回、エリーンさんと会える機会のために休暇は残しておきますよ」
ガンとして譲らない部下の言動に皇帝は溜め息を吐く。
それに、あの魔王は言ったものだ。
「有給休暇はちゃんと取らせろよ。
地球だと有給は使わないと消えていくから、それをちゃんと消化させるのも上司としての大事な仕事だ。
使わせないのは法律違反だぞ」
稀人の国の法律はまあ置いておくとして。
皇帝ドランとしては、自分は休みをしっかり取るタイプなので、なるべく部下にも休む時は休んでほしい。
そうでないと自分が休み辛いではないか。
正にその一点においてまったく困った話だった。
特にこのリヒターなどは、放っておけば休み無しでずっと働いていそうなタイプだ。
仕方が無いので、ドランは机の引き出しから切り札となる、ある物を取り出した。
「実は魔王園長から、こういう招待状を貰ったのだが」
そう言って、ドランはそのやたらと稀人式(PC印刷的な意味で)に豪華な招待状を机の上で差し出した。
少し怪訝そうに眉を寄せ、それを受け取った宰相リヒター伯爵。
「何でも夏のバカンスを過ごす場所らしい。
あのエリーンとかいう娘も招待されているみた『それでは、今からバカンスに行ってまいります。どうか御元気で、皇帝陛下』いなのだがな、おい。
こら、仕事の引継ぎくらいはしていかないか、この大馬鹿者めが」
そんな皇帝の言葉は何するものぞという風体で、気が急く中その場でスマホを使い、あれこれテキパキと三分で留守中の指示をすべて終えた優秀な宰相は、何故か皇帝執務室に置かれた皇帝執務机の後ろの壁を、コンココンコココと不思議なリズムでノックした。
「何だ、お前は一体何をしているのだ」
そんな皇帝の不審そうな声に被せるように、その声が返ってきた。
「おや、これは宰相様。
どうなされました?」
そして執務室の壁から一体のゴーレムが現われた。
以前の用心棒ごっこをしていたガンマン姿の男ではなく、いかにも使用人、下男でございといった感じの格好をした小男だった。
さっきの合図は、どうやらそいつを呼び出すための暗号だったらしい。
「いやあ、リップス。
ちょっとこの招待状にある場所まで行きたいんだが、転移魔法で送ってくれるかい?」
「へい、ようがすよ」
そういうや否や、彼は気色満面の笑顔を浮かべたリヒターの手を取り、転移魔法で皇帝執務室から空気のようにかき消えた。
「うーむ、リップスって一体誰なんだ。
うちの皇宮というか、エルフの里にあんなゴーレムがいたかな。
まああれこれと忙しい中で個々のゴーレムの事などを一々気にしてはおれんのだが」
自分のところの宰相に、あんな風な皇帝執務室の使われ方をして何か釈然としない心持ちである皇帝を、フランチェスカ皇后が皇帝業務の監督をしつつ宥めた。
今でもそれが大切な皇后の仕事なのらしい。
「ああ、結構いろんなゴーレムがエルフの里に来ているみたいですよ。
今のリップスという方は、御使いでよく皇宮にも出入りしていますので知っています。
彼は下男風のロールプレーをしているゴーレムですわね」
しかも、夫君の知らないところまで奥方がしっかりと把握していたらしい。
「そうだったのか。
まあ、あの魔王のところから来ている奴なのだから別にいいのだが。
連中には、以前にここで危機一髪のところを助けてもらった事もあったくらいなのだしな。
じゃあ、うちも仕事は早めに進めておいてバカンスにでもいくか?」
それを聞いて、思わず表情も綻ぶ皇后フランチェスカ。
最近は若き皇帝ドランも心に余裕があるというか、自らを追い込むような事は無くなった。
国も随分と落ち着いてきた事だし。
「いいですわね。
でも仕事はまだまだ沢山ありますからね」
昔のような険のある表情は鳴りを潜めて、にっこりと微笑んではいるのだが、相変わらず容赦のないフランチェスカであった。
皇帝ドランは顔を顰めて亀のように首を竦めながらも、幼馴染の夫婦で過ごすバカンスの予定を想像したものか、滑らせるペンの速さを増していくのであった。
◆◇◆◇◆
「あれ、ここは確かケモミミ園じゃないか」
「そうでやすよ。
まずはこちらからでがす」
そう言いながら、寄ってくる子供達の頭を笑顔で撫でていくリップス。
「わーい、リップスだー」
「ひさしぶり~」
以前はこっちで幼稚園の用務員さんみたいな仕事をしていたのだ。
その辺の手慣れたところを買われて、現在はエルフの里へ出張中である。
「あれ? リヒターじゃないか」
魔王園長が目聡く見かけて声をかけてくる。
今日は離宮でビールと遊んでいなかったようだ。
「やあ、御招きどうも。
あの、エリーンさんは?」
「ああ、例の招待状の件か。
そっちの準備は出来ているがね。
あ、ロイス。
エリーンはどこだい?」
たまたま通りかかった警備責任者のロイスが答えてくれる。
しかし!
「ああ、それなら多分キッチンエリに出かけているんじゃあないかな。
またエリが最新スタイルのケーキを開発したようだし。
何しろ、日本から情報や現物までもが大量に入ってくるのだから。
彼女のパパさんが、毎日娘のためにあれこれとスイーツを買ってくるらしいしね。
最近はエリーンがまたキッチンエリに結構入り浸っている。
相変わらず、本当に困った奴だ」
「う、うおう。
ロイスが四行以上も喋った!?」
思わず衝撃に固まる魔王園長。
「まあまあ園長先生、そう言わないでくださいな。
たまにはいいじゃないですか。
私なんて最近は出番も碌に無いのですからねえ。
デニスだって、この間久し振りに登場したくらいなのですから。
まったくもってチームエドの陰が薄くていけない。
ああ、そういやエドの奴も最近は出番が非常に少ない気がする」
「またこの人が四行以上喋ったよ……」
エドがよくこう言っていたものだ。
「あの寡黙なロイスが四行以上も喋ったら、きっと何かが起こるのですよ。
以前は空中庭園が落ちましたし、ダンジョンのスタンピードも起きましたね。
あとは何があったかなあ……そうそう、その度に魔界の鎧が現れていましたよ。
まあ大概は大事なんですよね」
その言葉を思い出し、思わず呟く園長先生。
「えー、本当かいな。
まあ、そんな大問題が起きる予定は無い筈なんだけどなあ。
しかし油断は出来ないぞ……」




