121-7 エレーミア王女
こうして今までの蟠りを水に流すというか、汗を流すというか、酒で誤魔化したというか。
一応は虎の公爵とも和解は成し遂げられたのであった。
元から武闘派公爵の中でも比較的単純系の人だったので、こうなってはさっぱりしたものだった。
結構色々な武術のビデオとか見せてやると、甚く感心したように見入っていて、大広間で見様見真似をしているうちに、なんと幾つかの技は覚えてしまったようだった。
とにかく全ての公爵に納得してもらえたので、うちの娘は正式にこの国出身の姫である認定を受けられた。
この国の事なので、それ以下の侯爵とか伯爵とかは文句を言わない。
理由は言わずもがな、その辺は結構ドワーフ的な国なので。
だから俺も、わざわざ腕っ節で決着をつけたのだからな。
まあ、うちの奥さんもさすがに文句は言わなかった。
パパが体を張って娘の名誉を守り抜いたのだから。
この国の場合は、このやり方が一番遺恨も少ないのだ。
レミの王女としての地位復権は国民にも広く布告され、エレーミア王女の境遇に心を痛めていた多くの者達が涙を流してくれていた。
「そうじゃ。
わし、レミちゃんがここへ来てくれたら、是非連れていきたい場所があったんじゃよ」
「なあにー、おじいちゃん」
「いいから一緒においで」
御爺ちゃんに手を引かれて連れていかれる娘の後を、俺とシルも一緒についていった。
多分、この先にあるのはエレーミア王女所縁の物なのだろう。
レミにとって母親の香りのする物は、俺と出会った頃に着ていたボロボロの、これも擦り切れたレミという文字の刺繍が入れられた服だけだった。
その先は行き止まりになっており、そこには大きな、心なしか少し悲しげに見えるエレーミア王女の物と思われる肖像画が飾られていた。
それは差し渡し縦三メートル横一・五メートルにも渡り描かれた、大切な家族の肖像であった。
なんとなく絵の人物には精気が無いように感じられ、残された者が描かせた物のように見える。
「レミちゃんや。
これがお前のママ、儂の娘エレーミアじゃ」
レミも初めはきょとんとしていたのだが、やがて自分の祖父に向かってこう言った。
「レミちゃんのママならそこにいるよ。
シルママだよ」
そう言って、可愛い人差し指でシルを指差すレミ。
「おお、そうだ、そうだね。
でもな、このエレーミアもお前のママなのじゃよ。
だから、わしがレミちゃんの御爺ちゃんなのじゃから」
そして涙ながらにレミを抱き締める、年老いたネコミミの国王。
「エレーミア……ママ?」
「ああ、そうじゃよ。
長ければミーアママでもよいぞ。
あの子は皆からミーアと呼ばれておったのじゃから」
そして娘は突然にこう言った。
「ミーアママはどこ?」
その無邪気な問いに、思わず言葉に詰まる爺。
この歳だとまだ死という物が、はっきりと理解出来ていないのだろう。
例え、この命の安い世界であったとしても。
日本でも、葬式で御爺さんとかを見送る五歳くらいの子供が「御爺ちゃんはどこ?」とか訊いて回りの人の涙を誘うシーンなども見た。
動かなくなった棺桶の中の大切な故人に、一生懸命に呼びかけていた子もいた。
レミも、目の前にいる人が倒れて動かなくなったりしたならば大変な事だと騒ぎもしようが、記憶も定かではない幼い頃に死に別れた母親の話はピンとこないのだろう。
この子とは一歳六か月の時に出会ったのだし。
少なくとも、その二ヶ月前にはもう浮浪児の仲間入りをしていたのだから。
「ママ! ミーアママ。
いたらへんじして!」
だが、その悲痛な叫びに爺さんが肩を震わせるばかりで、誰からも応えは無い。
「パパ、ミーアママはほんとうにレミのママなの?
どうして、よんでもきてくれないの?
レミのことがきらいなの?」
真っ直ぐなオッドアイで俺を見つめる愛娘。
俺は、不安そうに俺を見上げる娘に近寄ると膝をついて、頭を撫でてやった。
「そんな事は無いよ。
ミーアママはお前の事を愛していたさ。
これを見てごらん」
俺はレミの昔の服を出して見せた。
洗濯はしてあったが、擦り切れてボロボロになった昔の服だ。
だが愛情を込めて縫い込められた刺繍の文字が入っている。
母親が、自分の名前から取って娘に名付けたレミというその名前が。
「女の子はね、女親から見たら自分の分身のようなものなのよ」
姉が昔、そんな事を言っていた気がする。
「ママ……ママ、ミーアママ」
レミはみるみるうちに、その綺麗な母親譲りのオッドアイに涙を溜めて、母親の肖像画の前で大声をあげて泣き出した。
「わあーーん。
レミのママ、どこへいっちゃったの。
あいたいよ、ママどこにいるの」
死に別れた当時は、真面に言葉すらほとんど発する事は無かっただろうに。
唐突にいなくなってしまった母親。
ある日突然に消えてしまった温もり。
思い出してしまったのだろうか、その寂しさを。
「レミ……」
「レミちゃん……」
俺とシルは、そっと両側からレミを抱き締めた。
「レミちゃん。
レミちゃんの本当のママは遠い遠い所へ行ってしまって、もう会う事は出来ないけれど、きっとレミちゃんの幸せを願ってくれているわ。
それに、パパも私も御爺ちゃん達もいるわ。
副園長先生やケモミミ園のみんなも」
「パパ、ママ、おじいちゃん……」
レミはギュっとシルに抱きついて、そして何時の間にか泣き疲れて眠ってしまった。
「ねえ、あなた。
綺麗ね、エレーミア王女。
レミちゃんも大きくなったらこんな感じになるのかしら」
「ああ、そうだな」
そして、「うちの子はまだ嫁にはやるまい」などと場違いな事を考えていた馬鹿な俺がいたのだった。




