121-6 エキシビション
俺が虎さんのところへ真っ直ぐ向かっていったので、皆が驚きの声を上げていたが、ネコミミ爺の国王は御手並み拝見といった感じで杯を手から離さずに面白そうな顔でこちらを見ていた。
エルム公爵やシュテルン公爵は、やれやれといった感じで見守っている。
第二王子のアルンストは、それに加えて少し面白げな顔で。
彼らは俺の性格をよく知っているからな。
熊とライオンも静かに見守っている。
ライオンの方はやや楽しげな顔付きをしている。
彼は俺の戦を知る武人だから楽しみなんだな。
アルバトロスの魔王が、今度は何をおっぱじめるものか興味津々といった趣だ。
「サイモン公爵、少しよろしいですかな」
「ふむ、何だね」
特に荒ぶるでもなく、若干の戸惑いを表情に載せて、虎族の彼はテーブルに杯を置いた。
「いや何、この国の王家の方や公爵達とはあらかた親交を暖めたのでね。
次はあなたの番だというだけだ。
それで一つどうだろう。
獣人の国では力の強い者は尊敬されるのだろう?
この魔王公爵と一勝負といかないか?」
虎公爵サイモンは、しばし目を瞠ると嘯いた。
「はっ、馬鹿も休み休み言え。
お前の噂は知っているぞ。
まるでドワーフの国王のようにドラゴンを投げ飛ばすような圧倒的な力、相手の国ごと吹き飛ばさんばかりの強大な魔法、そして怪しげな武器の数々。
お前とやりあって無事にいられる者などこの世界にはおらぬ。
魔界の鎧を着込んだ、あのベルンシュタインの瞬神でさえ倒された。
そうでなかったら、とっくに儂の方から喧嘩を売っておるわ」
「あっはっは。
いやあ、俺の事をよく知っているな。
それじゃあ、こういう趣向はどうだい?
俺はパワーを普通の人間並みに制限する。
今もそうしているがね。
そして魔法も武器も使わない。
その代わり、あんたは何でも得物を使っていいぜ」
サイモンは目を見開いたが、困惑と共に一人の武人として誘惑にも駆られたようだ。
「正気か、貴様。
痩せても枯れても獣人最強クラスである虎族の長たる我に、人族風情が並みの力で、そして魔法も武器も無く挑むのだと?
馬鹿にするのも大概に……」
だが、彼は途中で言葉を切った。
俺の本気を肌で理解出来たのだ。
彼ら獣人は感覚が鋭い。
俺の表情、纏う雰囲気、オーラ、そのような物からそう察したのだ。
「よかろう、面白い。
儂の力を皆の者に見せつけて、お前の娘の誕生日に華を添えてやろうではないか」
「そうこなくっちゃな」
おおおーっと、響く大広間。
獣人の国だけあって、この手の催しには目がないようだ。
ビンゴ。
盛り上げてくれよ~、観客ども。
「やれやれ、やはりこうなりましたか」
諦め顔のエルム狸公爵の溜め息に向かって俺は笑顔を返した。
「こういう時には一気に膿を出してしまいたいというのが俺のやり方です。
まあ見ていてくださいな」
「御手並み拝見、稀人公爵どの」
彼、気真面目そうなシュテルン公爵にも、プリティドッグの特質たる野次馬根性が無い訳ではないようだ。
「とくと御覧あれ」
この展開にシルは呆れたような顔をしていたが、本日の主役である愛娘からは熱い声援が飛んだ。
「がんばれー、パパー」
もちろんさあ。
可愛い娘の誕生祝いに、パパのスペシャル格好いいところを見せてやるぜ。
俺は笑顔で娘に手を振って、次の展開へ期待を膨らませていた。
参加者一同は御飯を一旦中断して、皆で中庭の方に移動した。
この国も大概だな。
公式行事を中断して、いきなりのエキシビションマッチ見物かあ。
まあ、いきなり飯の最中にそれを始めたのは、誰あろうこの俺なんだけどね。
「それでは審判は、不肖この山崎が勤めさせていただきます」
「じゃあ副審はこの秋山と」
「わし、近藤で勤めさせていただきまする」
いやいいんだけど、普通は局長たるものが主審をやるよね?
キャラ的に道場主という設定(史実)なんだしさあ。
まあ山崎ちゃんがやりたがっているんだからいいか。
いつのまにか、アル・グランドにいたはずの秋山君も息抜きに来ているようだ。
俄然盛り上がってくるケモミミ観衆。
俺は軽くストレッチしてから、アイテムボックス早着替えで道着姿に変身した。
そう、『武道』で勝負しようというのだ。
もちろん、この俺に武道の心得など一切ない。
高校の部活で剣道を軽く齧った事があるくらいだ。
「ではゆくぞ、魔王よ」
そして素手で掴みかかってくる巨大な虎獣人。
人族の相手が素手であるのに、武器を持つのは彼のプライドが許さないようだった。
確かに虎獣人なんてものに、しかも武闘派公爵なんていう猛者に対して、普通の条件であれば、ひ弱な人族が無手で勝てるような相手ではない。
だが。
「てえーいっ」
俺は組んだ瞬間に自ら背を床に落とすと、彼の腹に足をかけて『巴投げ』で放り投げた。
奴は生まれて初めて受ける奇天烈な技の前に、見事に宙を舞って背中から落ちた。
この技は引っ張られてバランスを崩されたら、後は力の入らない間抜けな態勢に持ち込まれちゃうからな。
おまけに普通の技ではないから初見殺しにはピッタリな技だぜ。
なかなか見栄えもするしな~。
更に、自分の勢いを利用して無様に放り投げられて一回転近く回って大地と仲良しになり、動物的な因子を持つ彼らにとっては弱点を晒す形での屈辱的なスタイルである御腹見せを披露する羽目になった訳で、まさに今回の勝負の皮切りとしてはこれ以上ない選択なのだった。
唐突に未知の技をかけられたので受身はまったく出来ていないのだが、ここは庭の柔らかい土の上なので、一族で最強の肉体を持つ獣人がダメージを負う事などありえない。
「一本。アルフォンス」
高々と上がった赤旗と共に山崎ちゃんのジャッジが宣言され、副審の旗も二本共俺の方へ軍配を上げていた。
奴は強烈で屈辱的な衝撃に、しばらく呆然として動けないでいたが、少し震えたかと思うとムクっと起き上がって、恥辱に燃えた真っ赤な顔で掴みかかってきた。
「貴様~」
その我を忘れて両手を前に突き出して向かってくる体勢の、片手の手首を瞬間掴まれたかと思うと、虎さんは綺麗に回転して見事に転がって飛んでいった。
今度は合気道だ。
こいつがまた、ころころと転がっていくからビジュアル的に映えるんだよね。
「ぬおお~っ」
そして今度は、向かってきた虎公爵に対して寝転びながら柔術のように足を絡めて倒すと、あっという間に腕を抑え込んで腕挫十字固めの体勢に入った。
これから何をされるのか全然わかっていない相手だったので、あっさりと完全に技が決まってしまった。
「ギブ? ギバップ?」
主審の山崎ちゃんが腹這いのような態勢になって、虎公爵の耳元で楽し気に訊いてくる。
「何のこれしきー! アイタタタ」
だが、すっとその傍に腰を落としたライオン公爵が、鬣を突き出して彼に囁いた。
「サイモン、もうそのくらいにしておくのだな。
せっかくのアルバトロスとケモミハイムの縁を壊さぬようにと、グランバースト卿が御主の気持ちを慮って、わざわざお前に流儀を合わせてくれたのだから。
その時点で既にお前の負けだよ、サイモン。
さあ、いい汗をかいたから酒が美味かろう。
行くぞ」
それを聞いた俺に必殺の拘束を解かれ、ライオン公爵リオンに立たされて渋い顔をしているサイモン虎公爵。
「あ、こら。
襟首を摘まんで連れていこうとするんじゃない。
俺は猫じゃない。
わかったわかった、潔く負けは認める。
もうグランバースト公爵に対して意趣には思わぬから離せ。
こら、離せというのに。
お前と来た日には、ほんに昔から!」
「ふん。
お前だって、その一本気で猛突一直線な性格がまったく変わっておらんではないか。
まあ、その方が男としてわかりやすくて良いわ」
俺はその猛猫科な彼らのやりとりをニヤニヤしながら見送っていた。
「あの二人は幼馴染なんで、昔からいつもああなんですよねー」
何時の間にか俺の傍に来ていたシュテルン公爵が、達観したかのように若干遠い目をしながら解説してくれた。
「まあ、たまにはいい薬ですな」
狸公爵も賑やかな二人組を見送りながら、半ば楽しそうに呟いた。
「どうも御世話をかけます、グランバースト公爵。
しかし、貴方があのような凄い武術の達人であったとはね。
一体どのような手品を御使いになられたので?」
少し訝しそうな表情で、値踏みするように俺の顔を覗き込むネコミミの曲者第二王子。
「あっはっは。
やっぱりあなたにはバレちゃいましたか。
もちろん、ズルをしていましたよ。
あれは稀人の国の達人技を真似る事が出来る特殊な魔法なのです。
魔法自体は攻撃に使っていなかったので、まあセーフという事で」
そう、そのうちにこういう事もあろうかと、日本でお金を払って武道家の達人から技をキャプチャーさせてもらってあったのだ。
まあセブンスセンスの大勝利といったところか。
ありふれた技でも達人が使えば必殺技なのだ。
ここはやっぱり王道たる背負い投げとかでいくべきだったかなあ。
でも個人的に柔道は巴投げが好きなのだ。
なんか格好いい技だし。
学校の体育の時間では、あれが上手く決まらなくって残念だった。
不器用な俺は、うっかりと支え足で学友の腹を思いっきり蹴ってしまいそうだったので、結構遠慮がちにやっていたので態勢が崩れちゃうというか、潰れちゃうんだよねえ。
あれってタイミングが本当に大事なんだよね。
苦笑いしていた王子様の表情も、やがて素晴らしい笑顔に変わっていった。
「さすが噂に名高い魔王様ですな。
どんな手を使ってくるのかまったく読めない。
さあ、あなたも汗をかいたでしょう。
向こうで一緒にビールでも一杯やりましょうか」




