120-2 帰ってきた御大臣
「ぶはははは。
よく似合うぜ、デニス~」
俺は、長い長いアル・グランド出張から一時的に帰ってきたシーフの冒険者を見て思わず笑った。
いや、こいつは爆笑物だった。
「いやいや、園長先生。
ちょっと笑い過ぎなんですけど」
そこには少し情けない顔をした『デニス大臣』がいた。
御大尽ではない。
見事なまでの御大臣様だった。
なんというのかね、いわゆる本物の大臣スタイルの格好だ。
立派な房付きのマントを引き摺って、服装も貴族のような豪奢な格好ではなく、ピシっとした貫禄のある格好だ。
もっとも当然の事ながら、まだ中身の方には貫禄がついていない。
最低でも、あともう十年は時間が必要だろう。
強いて言うならルーバ爺さんのように、いい趣味でありながら華美な物は抑えたという感じが理想だろうか。
爺さんのいつもの簡易なラフ・スタイルではなく、どちらかといえばエミリオと共に公式な行事に出る時のようなスタイルの方がイメージとしては近いか。
そう、こいつは人手不足のアル・グランド王国で大臣をやらされていたのだ。
王宮に属する宰相のような立場ではない。
主席宰相としての総理大臣のような役職ではなく、官僚のトップのような奴だ。
うちの国でいえば、王宮の隣にある国家総合庁舎のトップにあたるような地位なのだ。
国家の重鎮であるのは間違いないのだが。
実際には宰相に相当する正式な人物がいないため、時には宰相みたいに国王代理までこなさなければならないような役職だ。
国王顧問たる草原の勇者と王妃達に続く、ナンバー4かナンバー5くらいの要職だろう。
アメリカでいえば副大統領の次の役職くらいに当たるのではないか。
大統領の指導に当たるかなり重要な特別顧問やファーストレディを除いた、まあ国務長官あたりかな。
しかも副大統領すらいないような状態での。
「あははは、凄い出世だな。
よかったじゃないか」
「いや、僕って本当はここの警備をしている冒険者なんですが。
アル・グランド王国へは御手伝いに行っているだけなのですけどね」
そんな言い訳はもう通らない。
あの王国でシュワルツと共に若き国王を支えてくれる稀有な人材なのだ。
あの六人組だってデニスを手放すわけがない。
エドやロイスも体を揺すって笑いを噛み殺している。
「いや酷いな、エド。
ロイスも」
そこへバタバタと足音をさせて入ってくる者達がいた。
「うわあ、デニスが面白くなっているって聞いたから慌てて見に来たのよ~。
いや走ってきた甲斐があったわー」
そこには息を弾ませているエリーンがいた。
そして、もう一人。
「きゃあ。デニスさんが御大臣様だ~」
エリも爆笑もので体を折り曲げていた。
かつてアドロス迷宮で俺とチームエドに命を救われたエリが、久し振りに会うデニスの勇姿を見逃さないようにとエリーンが連れてきたのだろう。
「うっわー、二人共何気に酷いな。
僕はこの格好は嫌だといったんだけど、あの子達は聞いてくれなくって。
外出する際は、この格好をさせられるんだ。
まったくもう、あの子達と来たら本当に。
別に王様の前へ行くわけじゃないんだぜ」
もちろん、あの子達というのは俺が送り込んだ王都学園の卒業生どもだ。
特にナンバー2の奴がこういう事には人一倍煩いはずだ。
いやデニスよ。
アルスだってもう立派な王様なんだが?
「あら、デニスさん。
御久し振りね。
いい格好をしているじゃないの。
どうせなら、その衣装でハンニバル祭に出ていただきたかったですわ」
何時の間にかやってきていた、うちのオバハンがそんな挨拶をしてくる。
「うわあ、王妃様。
何時の間に。
ううっ、酷いですよ。
確かに似合ってませんけどね~」
「そんな事ないですわ。
『最高の衣装』じゃありませんか」
高ランク冒険者クラスの能力を持つ一流のシーフの感覚を誤魔化してバックを取った、ピシっとドヤ顔をした現役冒険者の犬王妃様が真顔で言い切った。
「よせ、デニス。
そのオバハンに何を言っても無駄だ。
そういや、お前は五月病の時にどうしていたんだよ。
アルスなんかもう爆笑物だったぞ」
今更ながら、こいつが現場にいなかった事に気が付いた。
「発病出来るくらいなら僕もシュワルツも苦労はしていませんよ。
ベルベット王妃の『遺言』で、あちこちの始末に奔走していました。
ちなみにジェニュイン王妃を捕獲して早々と吊るしておいたのは僕です。
ベルベット王妃から直接頼まれて。
そんな事、バイトの大臣がやる仕事じゃないんですけどね」
おいおい、勝手に一国の王妃を殺すなよ。
まあ実際に死屍累々の有様だったけどな。
「はっはっは。
いや、もう正式にあっちへ転職しても構わないぞ。
アルスが心から信頼出来て仕事を任せられる人材など、そうそうはいないだろう。
気を抜きたくなったら、帰ってきてエリーンと漫才でもしていたらいいんだし」
「うわあ、雇用主にも見放された!?」
そして頭を抱える大臣がいた。
元幼稚園の護衛冒険者の輝かしい雄姿を拝むために子供達が大挙して集まって来た。
もちろん、同じく物見高い我が家の犬達も。
こいつらもよくデニスをおちょくって楽しんでいたからな。
「魚泥棒、か」
だが、その中でジョニーが珍しく真摯な表情で呟いていた。
俺もこの時は、そんな事は特に気にも留めていなかったのだが。
俺は軽い乗りでジョニーに相槌を打つと、デニスに向き直った。
「おう、そうらしいなあ。
じゃまあ、コントはそのくらいにして。
デニス、ちょっと頼むよ」
「わかりました。では」
アイテムボックス早着替えで、冒険者スタイルに換装するデニス。
「ふう、やっぱりこの格好の方が落ち着くなあ」
いつもの純粋に機動力を追求したシーフの軽装な冒険者スタイルに身を包み、首をコキコキさせながらデニスが深い息を吐く。
「ははは。
俺だって作務衣公爵なんだからな。
まあ、この世界の作務衣の普及には大いに貢献してやったぜ」
現在この世界には、主に貴族の間において作務衣が流行しつつある。
着物のように結婚式などのような肩の張るようなシーンではなく、また浴衣のようなイベントに着るスタイルでもない。
あくまで貴族の因習とは異なる日常の粋としての着こなしなのであった。
そして貴族の館で親しい客をもてなす際には、「貴方は私にとり近しい存在なのですよ」という親愛の情のアピールとしても用いられる。
気楽に寛げる畳の上にて胡坐などで足を崩し、日頃の鬱屈した貴族社会の雰囲気は置いておき、親しい友人貴族と楽しむのだ。
だから王都にも【作務衣専門店】なるものが数軒出来ている。
最近ではうちの直営店で、本場の日本からの輸入品の専門店もあるが、あくまで『国産』に拘る者も少なくない。
何しろ、エルフ新町で作られるオーダーメイドの一点物が多いからね。
目の肥えた貴族からすると、本家である日本製の方が安物に見えたりするのだ。
逆にそれが日本でも受けて、一着百万円を越える高級品もネットで売られている。
ハンボルトの当主も気に入って着こなしている。
外人は足が長いから見た目が今一つなんだがね。
絶対に思いっきり脛が出ちゃう。
特にあの一家は長身だからな。
ある意味で着物よりも外国人にとって着こなしは難しい。
作務衣は完全に短足民族の着るものなのだ。
まあ、中にはしっかりと足先までカバーしてくれる物もあるのだが。
着物と違って、作務衣が世界にあまり知られていない理由がそこにあるんじゃないかと思う。
御店のサイトでモデルになっている方も、大概はそういう短足タイプで、やや古風な日本人体形の方ばかりだ。
ああ、俺って悲しいかな作務衣が凄く似合うんだよね。
だから着ている訳なんだが。
これに関してだけは、俺自身もモデルが務まっちゃいそうな有様なのだ。
自分で言っていて虚しくなるわ~。
時折、そのエルフ謹製の超高級作務衣の偽物を売る地球の店を見つけては締めに行くのが俺の密かな楽しみだ。
如何に偽装しようがネットの広告とかを見れば、この俺ならば一目でわかる。
いや、『あいつ』が。
そいつは異世界で得たスキルじゃなくて、元々持っている能力だから魔素の無い地球でも使い放題なのだし。




