第120章 プリティキャット登場 120-1 台所の異変
その突然の報は、ケモミミ園のコックであるランドさんから齎されたのであった。
「園長先生」
「あれ、ランドさん。
なんですかあ」
この人とも古い付き合いだ。
王都の商業ギルドで募集をかけて、ケモミミ園の開園当初から来ていただいていたのだ。
恰幅がよくて気もいい人なので子供達にも人気だし、顔付きや言動も穏やかで気の張らない人なので、俺も非常に懇意にしている。
きっと赤ちゃんやワンコにじっと見つめられちゃうようなタイプの人だな。
彼は俺が正式に公爵となった今でも、親しみを込めて俺の事を園長先生と呼んでくれている。
「いやね。
以前から、ずっと気になっていた事がありましてねえ」
「というと?」
彼はコック帽を頭から外し、俺に厨房にあるドワーフ造りの椅子を勧めてくれる。
何か子供に関係する事だろうか。
確かに、来て間もないような子は色々問題があって、そういうものは食事を摂る際にも現われたりする。
食前の挨拶を拒否する事もあるし、食事を手掴みにして一人で隅っこに籠もって食べている子もいる。
無闇に料理を散らかして食べたり、マナーをずっと覚えられなかったりもする。
日本でも、そういう風に魚なんかを散らかして食べる子は心の問題を抱えている場合が多いらしい。
他にも十人十色で色々だ。
だが、そんな事は今更だ。
子供達もすぐに慣れるのがわかってからは、俺も無闇に心配するのは止めにしたのだ。
どうせ、あの副園長先生がすぐに子供を拾ってきてしまうのだから、心配の種は絶えずやってくる。
何か言ったってしょうがない。
所詮俺達には温かく見守る事しか出来ないのだ。
大体の場合は子供同士で解決してしまうような問題も多いし。
だが彼が語ってくれた話の内容は、このSSSランク冒険者の意表を突く意外なものだった。
「いやね。
特定の食材が一部無くなったりするのですよ。
大した量でも無いので、あまり気にかけてもなんだなと思っていたのですが」
「子供が摘まみ食いをしているとかではなくて?」
あまりに日常過ぎる光景しか思い浮かべられないので、俺も首を捻った。
「ああ、そういう事は概ね把握できているんですけど。
それとは別の話ですねえ。
まあ、無くなる量は別に大した事ないんですよ。
エリーンさんのつま……ゴホゴホ、試食の量に較べたら、そう大した事はないのですが」
エリーン……。
相変わらず、食い物に関してはぶれない奴。
「なんと言いますかね。
明らかに無くなった、さっきまでそこにあったのに消え失せたというか。
そういう事象なのです。
物は魚です。
料理する前の生魚ばかりが消えます」
生魚ねえ。
うちにも魚に目が無さそうな日本産の猫が一匹いるが、あいつは。
「ショーじゃないですよね」
「ええ、あの子は贅沢者なので生魚は食べません。
以前、もしかして食べるかなと思ってあげたら見向きもしませんでした。
そして、その後で気になったのか、咥えて調理場の竈の方へ持っていって、それを焼いてくれみたいな仕草をしていますし」
だろうなあ。
日本の子でも、今時生魚を咥えていくなんて野良猫以外にはいなそう。
みんな御気に入りのキャットフードがあるのだ。
気に入らない新しい奴とかは高い物でも食わないしね。
猫は子猫の頃に食べた物しか食べないような話を聞いた事もある。
人懐っこいショーは、元飼い猫なんじゃないかと思うのだが、よくわからない。
見つけた時には特に首輪とかはしていなかったから、野良の懐っこい奴だったのかもしれない。
猫はよく毛繕いをするので野良猫でも小綺麗にしている奴も少なくない。
野良猫は特に女性から人気が高く、遊んでもらったり御飯が貰えたりするし。
「なんだろうな」
「ええ、本当に不思議でねえ。
離宮料理長のジョバンニさんもそんな事を言っていました。
一度なんかは、国王陛下から直々に頂いた大きな鯛を丸ごと一匹やられた事があって、彼が真っ青になっていた事もありましたね」
それって普通の貴族家だと打ち首物だよな。
状況を頭の中で思い浮かべて、少し彼に同情した。
「その時はどうしたの?」
「ゴーレムに頼みこんで緊急で船を出してもらい、彼自ら立派な奴を釣ってきましたよ」
それはまた。
まあ彼は王宮から派遣されてきた人材だから、無理も無い話なのかもしれない。
これを日本の大会社の社長と平社員とかの何かのエピソードに当て嵌めたら、俺も笑えないような話になる。
「あはは、それは彼も災難でしたね。
もう、そんな事は私に相談してくれればいいのに。
彼って気真面目な性格だからなあ。
しかし面妖な話だ。
今も続いているんですか、それは」
ランドさんも腕組みをして、少し考え込む様子だ。
「ええ、エバンス爺さんもそんな事を言われていましたしね。
山本さんも、奥さんの為に魚料理を作ってあげようとしたら材料が無くなっていた事があったそうで」
うちの子供達にも生魚をつまみ食いする奴はいないのだ。
それくらいなら昆虫採集をしに行くような連中だから。
いい加減、あれは止めさせないと寄生虫問題がなあ。
あと、うちの子が芋虫や蝉を持ってきてくれるのがまたな~。
きっと大人になったらやらなくなると思うんだが。
俺の父親のように。
うちの親はヘボ(ハチの子)やカミキリムシの幼虫だったか。
他にもあったのかもしれんが、メジャーどころ以外は聞いていない。
前に親父の在所近くにある温泉施設で、スズメバチの成虫をプラスチックの大瓶に大量に入れて焼酎か何かに漬けた物を売っていたな。
あれは戦争がいけなかったんだが。
あの時代は本当に食い物に困っていたみたいだからなあ。
「まあ特に実害が無いならいいんですがね」
それにしても奇妙な話だ。
まったく知らなかったぜ~。
「ええ、このグランバースト公爵家では子供達や使用人などのために、厖大な食材が消費されています。
それを考え合わせれば、別に大した問題ではないのですがね。
ドラゴンや他の魔物達のとんでもない量の御飯もあるのですから。
まあ、なんだかよくわからないのが気持ち悪くてね。
明らかに挑戦的なまでに奪い取られていく雰囲気なので」
何者かが、このグランバースト公爵家に対して挑戦を?
しかも生魚泥棒という奇天烈怪奇な方法で。
そんな馬鹿な~。
きっとどこかに泥棒猫でも潜んでいるのに違いない。
これでハクビシンとかアライグマなどが屋根裏にでもいるのなら笑うところだ。
日本の家の近くに出没するハクビシンは、小さな川の中の島(川州)に足跡を付けまくりだった。
姿無き猫か。
何かの児童文学にでも出てきそうな話だな。
そして俺は警備の冒険者詰め所へと足を運んだ。
「よお、エド。
実は調べてもらいたい事があってね」
「へえ、なんですか」
俺が魚の件を説明すると、エドも思いっきり首を捻る。
「このグランバースト公爵家の縄張りで、そんな胡乱な話があったとは。
いや驚きです。
警備責任者の私も初めて聞く御話です」
「いや実を言うと、俺もランドさんから聞いて今日初めて知ったんだけどね。
ただ、そんな真似を出来る奴が自由に園内を動き回っているとなると不穏だ。
これからも、そいつが妙な悪さをしないとも限らないからな」
子供達に何かあっては困るのだ。
「まったくです」
「そこでデニスを呼んでもらえないか?
もう向こうも少しは落ち着いた頃だろう。
一回彼に探索してもらえないかなと思ってさ」
だがエドの顔が微妙に曇った。
「彼は今、ああいや、一応は頼んでみましょう」
「え、彼がどうかしたの?」
エドの妙に彼らしくない、歯切れの悪い雰囲気に俺も首を捻る。
「ああ、彼が帰ってくればわかりますって」
「なんだい、そりゃあ」
デニスに何かあったのかな。
まあいいや。
しかし、ロイスが何か噴き出しそうな顔をしているのが非常に気になる。




