119-15 芸術の息吹
エルフ新町。
そこはかつて、只の荒野であった。
五千五百人ものエルフを勢いで引き取ってきたのはいいが、どこに住んでもらうか困って王宮から許可を貰い、俺が即席で作り上げた街であったのだ。
何せ、元はケモミミ園で使ったパーツを使い回して作ったブロック長屋、いや工房長屋のような街なのだ。
だが彼ら精霊の末裔であるエルフは色々な魔法を使い、見事に街を変貌させた。
建物は何時の間にか、大小の個性豊かな造形に作り変えられ、街に敷かれた適当な石も美しく、また形や色も様々に作り変えられていた。
当初、特に材料は与えていないのだが、これだけの事が出来てしまうのだ。
概ね鍛冶一本やりのドワーフとは方向性が異なるが、また彼らエルフも匠に心を寄せて生きていく者達であった。
ドワーフも結構木工や皮革細工には執心しているが、やはりその方面はエルフの方が繊細で雅やかだ。
もっともドワーフの荒々しいまでの情熱を叩き込まれた工芸品も、また非常に素晴らしいものであり、日本の総理やハンボルト家などからも度々納品の要請が入る代物であった。
エルフはまた服飾関係にも一日の長がある。
和服関係はエルフの専売特許とでもいうべきものだ。
またこの世界のエルフとドワーフは精霊族同士で仲がいいので、その合作という物もある。
水と油ほども違う作風の中で御互いに持ち味を殺さず、ギリギリの部分で引き立て合う方向で落とし所とする芸風は、まさに芸術的だ。
そしてエルフ新町といえば、なんといっても酒処だ。
何しろ、エルフといえばドワーフと飲み比べが常というのが、この世界におけるデフォ。
エルフさん達は、その繊細さを生かして最高の料理を提供してくれる。
山本さんから指導を受けた和食の店が多いのも特徴の一つだ。
その繊細でシンプルなのだが丁寧にただ丁寧に処理される料理も、手間暇かけて精進の末に作られる料理も、どちらもエルフの感性に合ったものであったのだ。
そして、今。
彼らは地球からやってきた客人である、日本人以外の『外国人』達を賓客として迎える事になったのである。
「いや、これは緊張しますね。
彼らは私達の料理やもてなしに満足してくれるでしょうか」
代官は少し心配そうに、そう言った。
「心配ないさ。
エルフの料理は日本人の俺達から見たって素晴らしいものなんだから。
彼らはアメリカから来た。
連中は日本料理なんて御馴染みさ。
みんな、ちゃんと箸が使えるんだぜ。
中華料理や日本料理をよく食べているからな。
アメリカの和食の店へ行くと大人から子供まで皆上手に箸を使っているよ。
東京へ遊びに来たがるアメリカ人も多い」
「それを聞くと、また心配になりますね。
きっと本場の日本料理で目が肥えているでしょう。
まあ心配したからって始まらないのですがね」
「ま、案ずるより産むは易しさ。
そう心配しなさんな」
ははは、これだけ長生きし過ぎると心配性にもなろうってもんだな。
このエルフ新町の水道や下水システムは、俺が魔法で作り上げたものだ。
簡単に壊れるようなものではないし、魔力コンバーターを使用しているため、動力切れで止まる事はない。
たとえ周囲の魔素が薄くなったとしても、近くにアドロスのダンジョンがあるため少々の事では魔素の供給が止まる事はない。
日本の現代人である俺が作った機器は、まるでヒートポンプのように、薄い魔素をも凝縮してくれる。
基本素材はアルバコンクリートに置き換えられているため、この街自身にも自己修復機能がある。
彼らエルフはアルバコンクリートそのものを作り出す事は出来ないが、魔改造する事は出来るらしい。
改造する度にそのサンプルを貰っているのだが、それがまた凄い種類になっている。
これを船橋武が見たらびっくりするだろう。
AI武の奴は「アンビバボー!」とか叫んでいたな。
これが本人でも似たようなリアクションをくれるんだろうな。
魔素を動力源とした街灯システムも俺が作ったので夜も防犯が効いている。
やはり夜道が暗いと心理的に影響を及ぼす。
この街は王都から通う貴族の若様連御用達なので、その方面からも防犯効果がある。
常時浄化のシステムが働くようにしてあるので、街はいつも清潔だ。
だが、それで店の前を毎日掃除する美しい心が止まる訳ではない。
そういった心映えがまた、俺達日本人には大変心地よい街であるのだ。
「いい街ね」
街を一目見るなり、ジョゼママ・サンダーキャットは言ってくれた。
さすがは超一流を知る大人の女だ。
「本当。
ここは初めて来たけれど素敵な街ねー」
ジョゼ、お前は犬のいる所へしか行かないよな。
「おー、中々ワンダフルな街ですねー」
「うむ、上質な香りのする街じゃ」
感性豊かな総監督も、お金持ちのプロデューサーも気に入ってくれたようだ。
「素晴らしい。
これを作った人々は素晴らしい芸術家です」
街の造形を見て、美術監督はそう褒め称えてくれた。
悪かったね。
俺が作るとブロックハウスの群れというか、まるで簡易住宅が立ち並ぶ大地震の被災現場みたいになるんだよ。
まあエルフ達も初めは惨憺たる有様だったのだが。
俺は中学時代、美術は五段階評価で二だった。
しかも、それは曲がりなりにも作品を提出したからという御情け評価による。
つまりちゃんと出していない奴が、それなりの数いてくれた御蔭という事だな。
中学までは絶対評価ではなく相対評価だったから、俺の実力では評価一を食らっていてもおかしくなかったのだ。
彫刻刀や鑿で木彫りなんかを作ると、必ず何か呪いのアイテムのような物体が完成したものだ。
むしろ、そっちの方面へ進むべきだったかもしれない。
よくぞここまで、俺が作った味気ない街を改造出来ちゃうもんだな。
本当に感心するよ。
エルフの代官に案内されて、俺達は大きめの和風料理屋へと案内された。
そこはヘレンがやっていたような小料理屋とは違い、沢山人が入るタイプの店だ。
今日はメインフロアを貸切にしてくれた。
他にも小部屋や中部屋があるので、ふらりと店へやってきた他の客にも迷惑はかからない。
「よし、それじゃあ皆の者。
乾杯だ」
飲み物が運ばれるや否や、いきなり立ち上がり叫ぶ親方。
「おい親方、まだ飲み物を配ってねえだろうが。
もう本当に親方はしょうがねえなあ」
仕方がないので俺は風魔法で瓶ビールをふんわりと配った。
酒を飲まない人のためにジュースや御茶も配置するこの気配り。
この俺は、手先は大変不器用なのだが、魔法とかだけは大変器用なんだぜ。
全員がコップを持ったのを見て、親方は親指で瓶ビールの蓋をピンっと開けて叫んだ。
「エル・サット!」
「エル・サット!」
俺も一緒に叫んでおく。
他の人もなんとなく察して共に叫んだ。
プロデューサーが尋ねてくる。
「今のは、この世界の乾杯ですかな?」
「いや、これは飲兵衛なドワーフの言葉で乾杯という意味なのですが、まあ同じようなものという事で。
エル・サット!」
俺が笑って、またその乾杯の言葉を口にすると、彼も笑って同じようにして杯を重ねてくれた。
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