119-2 異世界へ行った猫派
「あら、ジョゼ。
家にいないと思ったら、こっちにいたのね」
「あれー、ママ。
撮影でイギリスに行ったんじゃなかったのー?」
フェメラの毒蛇尻尾を西田ちゃんと一緒にじゃらしていたジョゼが驚いたような顔をしている。
そういや母親とは滅多に会えないような事を言っていた気がするが。
「映画の方は馬鹿やった奴がいて少し延期になったのよ。
まあ、この業界ではよくある事で、スキャンダルの巻き添えになるのも仕事の内よ。
それで、ここって本当に異世界なの?」
「ああ、うん。
パパも仕事の絡みで一回異世界へ視察に来る来るって言っていて、もうそれっきりよ」
顔を伸ばして、悪戯で鍔付き帽子を咥えて取ろうとするヤンチャなフェメラのアズールを手で制しながら、どうやら久し振りらしい母親との会話に勤しむジョゼ。
「そんな事はいいから、わしと遊べー」といった感じでジョゼにじゃれつくフェメラのアズールの頭が、キメルの女王様レーヌから「ちょっと弁えなさいよ、あんた」という風に、たしたしと後ろから前足で小突かれている。
「あの人も相変わらずねー。
今日も顔を見られなかったわよ。
オフィスにも空港から直行で顔を出したんだけどね。
タッチの差で会えなかったわ。
一分前に出たところだって。
もうすぐ帰るからっていうビデオメッセージは残しておいたのに間に合わなかったわ。
うちのビジネスジェットだから飛行機自体はいくらでも待たせておけるんだけど、超緊急の仕事が入っていたみたい」
「あははは、もういっそ空港で会えばよかったのに」
「それが違う空港の方へ降りちゃったのよねー。
あっちの方が空いていたし、他の関係者がそっちの空港の方が都合よかったのよ。
うちの機体は、いつもそういう感じで降りる空港が決まるから。
まあうちの機体は無理な変更が利くだけ他よりもいいんだけど。
今回は彼女がCM撮影まであと十分だって言うから。
まあ、その辺は御互い様だからね」
「へえ、女優さんは大変ねえ」
そう言いながら暴れん坊のアズールの首に腕を回し、横座りな感じで軽く仰向けにしてから態勢を変えてマウントしにいくジョゼ。
どちらもかなり楽しそうだ。
彼女の頭の上にはチビドッグのサンクが鎮座ましましている。
「へえ、それが新しい魔物の子ってやつ?
御母さんにも貸して頂戴よ」
自分の娘と話しているというのに、どっちかというと少し媚びの入ったような声で笑いかける。
日頃、あまり子供に会えていない引け目のせいだろうか。
「欲しければ探せば、その辺を何頭かうろうろしているわよ。
この子は、一番最近生まれたプリティドッグの子なの。
この大きな犬っていうか狼っぽい奴がフェメラで、そっちの猫っぽい子がキメルだよ。
その子はレーヌ、女王様なのよ」
「そう。
こんにちは、女王陛下。
私はサンダーキャット・ヘルメス。
私は猫派なの。
宜しくね、レーヌ」
ウインクしながら、白い鍔付き婦人帽の下から悪戯っぽい笑いを浮かべる。
中々の美人ぶりだった。
なんという自己紹介の仕方だ。
わざと言っているんだろう。
だがレーヌは笑っていた。
毒尻尾甘噛みではなくペロっと手を舐めにいく。
アズールの頭を後ろ足で踏んづけながら。
アズールの奴は真横になってじたばたしているが、なんとなく敵わないので諦めて、かろうじて姉の足下から逃れると仰向けに寝そべる。
こういうのも子供同士の只のじゃれ合いなのだ。
この子供魔物達は大変頭がよく、人間の言葉というか、特にニュアンスをよく理解する。
動物にもそういうところはあるが、魔物の場合はもっと顕著となる。
ゴン太などが良い例だ。
非常に賢い魔物であるドラゴンの場合、果ては腹芸の名手たる白銀竜バルドスまでいってしまう。
あれは寿命の短い人間などには、到底辿り着けない境地だ。
「まあまあ、可愛い猫ちゃんだこと。
地球でも犬と猫のハイブリッドは出来ないものかしら」
大層気に入ったらしくて、まるで若いライオンのように大きなレーネの首に両手を回して抱き締めている。
まるで少女のような仕草だが、見ていてもまったく違和感を覚えない不思議な人だ。
レーネも何だか嬉しそうだ。
この子は気位が高くて、中々人間には媚びない子なのだがな。
かなり猫っぽい感じの性格をした子なのだ。
「さあ。
でも無理に作るより、うちみたいに自然に交配されて生まれてくるのが正解だと思いますよ。
無理な事をすれば人間だって心が死んでしまうのだから」
彼女は少しの間真剣な表情で、実感の籠った俺の言葉について考えていたが、すぐに顔を上げて笑顔を見せてくれる。
「そうね。
まったくその通りね。
あなたは面白い人だわ」
ははは。
神様達にもそう言われるくらいだからな。
素直に褒め言葉ととっておこう。
なんとなく気配を察して、他のフェメラとキメル、それに母親のメルも集まってきた。
「まあ、この子達は大人になるとこんなに大きくなるのねえ。
凄いわ」
メルも初めて見る巨大魔物である自分に対して屈託の無い笑顔を向け、恐れ一つ抱かないその人物に好感を持ったとみえて、「ぐるう」と一声鳴いて鼻面を寄せた。
それを見た他の子供達が、わーっと集まっていって『毒尻尾』の洗礼をジョゼママにカプカプカプと。
「あ、あら~!?」
それを見たメルが「こりゃあ~!」といった感じに、足でチビ共をうりうりしている。
だが子供達は歓迎の挨拶をし終わったので、ジョゼママを気に入った様子で夢中でジャレジャレし始めた。
それもベルーナの時のようにむしゃぶりついて無体な真似をするのではなく、なんとなく彼女に対して尊敬を含んだような態度であった。
また不思議な感じの人物だな。
その様子を見ながら解説してくれるジョゼの話だと、映画女優だった(今もそうらしいが)彼女にジョゼの父親が夢中になってしまい、なんとあの世界一の企業経営者であるハンボルト家の仕事を半ば放り出して彼女の後を追い回していたらしい。
当然、彼の父親はその付き合いにいい顔をしていなかった。
そして彼は、とうとう彼女ヘルメスから強烈な平手打ちをバシンっと食らってしまった。
呆然とする彼に向かって、彼女は毅然としてこう言い放ったそうだ。
「あなたには、あなたがやらなければならない大切な仕事があるんでしょう!
それも全う出来ないような半端者と結婚なんか出来ません。
とりあえず仕事に戻りなさいっ。
結婚申し込みの話はそれからよ」
それから彼は、しゃにむに仕事を片付けて、厳しい父親からも彼女との交際を認められた。
父親にも懇願して彼女を自宅へ招待した時に、そのジョゼの祖父は彼女にこう言ったそうだ。
「息子から話は聞いています。
あなたは本当に素晴らしい方です。
宜しければ、どうか息子と結婚して私達の一族へ仲間入りを。
今の御仕事は、当然そのまま御続けになっても結構です」
ジョゼはそんな母親が誇りなのらしい。
無論、犬好きな愛すべき父親も大好きなのだが。




