118-2 子煩悩な空気
その日は、ざわざわと空気までが慌しいかのような雰囲気で、離宮やケモミミ園の人間達まで気もそぞろといった有様だった。
「どんな可愛い『犬』が生まれてくるのかしらね」
もう生まれてくるのが犬だと勝手に決め付けている御義母様がいたが、出産担当なのはどちらかというと猫科の魔物なのですがね。
少なくとも、メルも顔と肉球は猫だ。
「犬もいいけど猫も捨てがたいな」
自宅をドッグハウスとか呼ばれながら、犬に負けないくらいの数の猫とも暮らしている金髪美少女が言った。
「まあ、ジョゼったら。
いつから私を裏切って猫派になったの?」
少し眉を顰めた感じのどこかの王妃らしき人物が、ジョゼと同じ美しい金髪を指に絡めながら物問いたげに、彼女が後輩と呼ぶ美しい犬好きな少女に訊いた。
「いやいや、うちのママが猫派なんだから仕方が無いじゃないですか。
うちには猫もいっぱい居るんですからね。
猫だって私にもちゃんと甘えてくれますから」
いかにも心外だと言わんばかりに少女は答える。
あの家の支配権を握るのは、おそらくその人物なのだから。
あんただってそうなんでしょと言いたいが如くに、眉を顰めて『その道の先輩』を眺めるジョゼ。
何気に最近、アルバトロス王国通の彼女。
「まあそうよね。
ここだって猫もいるんだし」
「そういや、ここには次元の隙間から迷い込んだ地球産猫も居るんでしたね。
有り得ないような話なのだけれども、現実に居ますものね」
そう言いつつ、「呼んだ?」と言いたげに寄ってきたショーの頭を撫でるジョゼ。
特にジョゼからは懐かしい地球猫の匂いも沢山するので、ショーもよくこの子に寄ってくる。
「ふっ。
どうでもいいけど、あんたら。
この館の主である俺は猫派のスパイなんだぜ?」
もし将来、人でない者に生まれ変わるのなら、NNNの職員になりたい。
間違っても類似品である偽物の、最近何故か出回っているらしい「ねこねこネットワーク」ではなく、あくまでも本物である「ぬこぬこネットワーク」の方にだ。
リーンカーネーションに関して、実際の転生者を調査している科学者の人達によると、動物などへの人外転生は現実に存在するらしい。
あるいは、その逆バージョンも。
もちろん猫に生まれ変わるというのならば、その転生はセブンスセンス能力持ちのSSSランク冒険猫に限るがな。
「まあ、アルったら。
この裏切り者~」
「いやいや、犬も結構好きなんだけど。
強いて言うなら、俺は只のケモナーさ!」
獣・魔物・動物・【その他】もろもろ、とにかくモフモフするチャンスは絶対に逃がさないぜ。
そういう意味では、俺もこの残念な人達と同じ穴の狢なのだ。
向こうも、それは十分過ぎるほどわかってくれているとみえて、それ以上の追求はなかった。
そもそも、大量のケモミミ獣人の子供を集めて幼稚園をやっている段階で、もう限りなく手後れだ。
ケモミミの子供ばかり集めてくる人外の相棒や、可愛いものを集めてくる事が使命の『神の御使い』などが身内にいるのだし。
とにかく新たな『可愛いもの』がこの離宮にて誕生するという事で、我が家の関係者全員のありとあらゆる者が浮付いていたのであった。
「やあ、ギルマス」
俺は唐突にアーモンを訪ねた。
「何だ、久し振りだな」
相も変わらずに机の上で書類仕事をしているおっさん。
だが、その目には若干の余裕が見受けられない事もない。
この俺よりも遥かに年下であるそいつが俺を見るその瞳には、何と言うか慈しみのような物が時折浮かぶ。
なんと言うかな、手のかかる子供を見るかのような?
単に俺が奴の管轄の冒険者とか、そういうんじゃない感じで。
まあ別にそれでもいいのだけれど。
それはそれで嬉しい事さ。
「いや目出度い話さ。
実は、うちのキメラのメルがフェンリルのフェルドの子供を産むんだ。
今までにもそういうような話がどこかであって、ギルドにも何か伝わっていないかなと思ってさ。
初めてのケースなのかな」
アーモンは体を起こし、ふうーっと息を吐いて、徐に考えを巡らせている。
「まあ、そうだな。
だがな、アル。
そもそも、迷宮魔物を自分の家に招き入れて家族にするという発想自体が、この世界には無いとだけ言っておこう」
「今はあるんだけどな」
「稀人が存在するという前提でな」
「お前の先祖も同じ了見の人間なのは、奴の親族から確認済みだぜ?」
「そんな話は今更だ。
こっちは千年レベルで、そう、お前の言うところのDNAレベルの御話で身に染みているのだからな」
俺達は御互いに顔を見合わせて笑ってしまった。
こいつとは碌な出会い方をしていないのだが、何故かこんな感じで楽しくやれている。
これも俺が契約中らしい主神ロスの御導きなのか?
「それはそうと、レッグさんは?」
「ああ、出張中だ」
まあギルマスって、大概はこんな具合で机に縛られている感じだからね。
自分が出張には行かないんだ。
本当は行きたいのかもしれない。
出張先なら息抜きし放題だろうしな。
「そうかあ。
そういう前例みたいなのとか無いかと思っていたんだけど。
いや、そういう場合の【新生児の病気】とかの症例が無いかと思ってなあ」
ギルマスは、笑って俺が出したコーヒー(新銘柄)に手を伸ばすと言った。
「まあ、稀人っていうものが子煩悩だというのはよくわかった。
そういう話は初代国王の伝説にもある」
「はっはっは。違いねえ」
あったのかよ。
さすがは武だな。
「まあ、それも魔物赤ちゃん達が無事に生まれてからの話だ。
レッグが楽しみにしているそうだから、ギルドからも何か御祝いを出そう」
「それは、ありがたいな。
メルとフェルドには伝えておこう」
魔物を退治する役割である冒険者ギルドから、魔物出産の御祝いをもらうというのも何か可笑しな気がするが。
まあそれを言ったら、この飼い主たる俺こそが階級で言えば世界一の冒険者なのだからな。
せっかく王都に来たのだ。
メルの気分が良くなるようにレモンブレスタの花でも土産に買って帰るか。
そいつは猫科の魔物が喜ぶというか、そいつの匂いを嗅ぐと出産時には気分が落ち着くのだ。
このモンブレスタの花は雄の猫系魔物が見つけると雌のためによく持ち帰るのだとは、レッグさんからの聞き齧りだ。




